第39話 線を引く幼馴染みと知りたい私
二人はどうやら何か言い争っているみたいだった。
というか、男の子の方がヘレナ先輩に詰め寄られてたじたじになっている……?
「だから、全部強火で調理するのはダメなんだって!」
ちょうど風がこっち側へ吹いてきたタイミングでヘレナ先輩の声が強くなって、ここまで内容が聞こえてきた。
強火。
そういえばヘレナ先輩に恋人の話を聞いたとき、食糧委員会で一緒だけど料理の火加減がとにかく下手! 全部強火! という話をなぜか楽しそうにしてたっけ……。
ということは、たじたじになっているあの人がヘレナ先輩の恋人……?
体格が良くて、ほかに派手なところはないけど優しくて穏やかな良い人、って聞いてたけど、確かにそんな雰囲気の人だ。
推定ヘレナ先輩の恋人は、なんだかとても申し訳なさそうに大きな身体を小さくしながらヘレナ先輩に何か話している。その様子がとにかく良い人そうで、なんだか微笑ましい。
ヘレナ先輩も同じことを思ったのか、だんだん怒った表情が柔らかく……笑い出しそうになっていく。だけど男の子の方はそれに気付かずに、一所懸命両手を動かして何かをヘレナ先輩に訴えている。
な、なんか……ごつい男の子に対する評価じゃないけど、かわいい人だな……?
そう思っていたら、ついにヘレナ先輩が笑い出した。男の子の方もそれに怒ったりするんじゃなくて、つられたみたいに二人で笑い出す。
ついついそこまで見守ってしまったところで、これってもしかして覗きなんじゃないかと気付いて、私は慌てて目を逸らした。
目を逸らして歩き出しながらも、どうしても気になって横目で見てしまう。
恋人、というけど、仲の良い友だちみたいだ。でも、二人の立っている距離は確かにお互いしか目に入っていない感じで……なんというか……これが恋人同士ってやつなのかな……?
今まで抱いていたイメージと全然違うその姿は、素直にいいな、と思えるものだった。神殿で聞いていた物語みたいに運命的でも激しくも苦しそうでもない、穏やかな雰囲気がとてもいいものに見えて。
クライスにもっと心を開いてもらえたら、私たちもあんな雰囲気になれるんだろうか。やわらかくて親密で幸せな、あんな感じに……?
……いや、でも、クライスって恋をしている相手がいるんだよね? それはつまり、あんな感じになりたい相手がいるってことで……それってやっぱり、私の護衛なんかしている場合じゃないのでは……?
考えているうちに、だんだん鼓動が早くなって、それに急かされるように歩みも早くなっていく。
追い立てられている、ような気分になる。
私はクライスとずっと一緒にいたい。
でも、クライスの願いはそうじゃないかもしれない。
当たり前のことなのに、そう考えただけで指先が冷たくなって、足下がぐらぐらするような感じがした。
落ち着かない気持ちを抱えたまま寮についたけれど、クライスはまだ戻ってきていなかった。ほかのみんなもそれぞれ授業やディータ先生との面談に出かけているみたいだ。
珍しく静まりかえった寮で部屋に戻り、ベッドにごろんと横になる。
私は、クライスの本当の気持ちを知った上で、二人にとって一番いいかたちで一緒にいられる道を探したい。
そうするためにはクライスとどんなふうに話せばいいだろう。どうしたら本当の気持ち、話してもらえるかな。
私じゃだめかもしれない、という弱気な気持ちとそれじゃダメだという気持ちの間で揺れている間に、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
「リアナ」
静かな声に呼びかけられて、意識が覚醒する。
目を開けると、すぐ真上からクライスがこちらを見下ろしていた。
感情の読み取れないその青い瞳に動揺して、一気に目が覚める。
「うわ、寝てた!?」
「ええ。夕食の時間になってもいらっしゃらなかったので、失礼ながら入室させていただきました」
「いや、それはいいんだけど……寝過ごしてる、ね……?」
慌てて身を起こすと、クライスは自然な仕草で私の手を取って手伝ってくれた。ごく当たり前にその手を取って、ふと気付く。
――こんなに自然に側にいるのに、卒業したら当たり前じゃなくなるんだ。
胸がぎゅっとなる感じがして、思わずうつむいてしまった。
「リアナ……?」
心配そうに声をかけられて、いや、まだなんにも聞いてないのに勝手に落ち込んでちゃダメだと自分を叱咤する。
「あ、あのさ」
顔を上げて声をかけたら、思いっきり空元気みたいな調子になって、クライスがめちゃくちゃ微妙な表情になった。
でもそれに怯んでいたら何も聞けなくなると思ったから、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「クライスは、卒業したら、やりたいことってあるの?」
クライスの表情が、微妙から困ったことを聞かれた、という感じに変わる。
「卒業後はシルヴェスティアの本邸に戻り、許されるならば貴方の護衛をしているとは思いますが……」
そして与えられた答えは、やっぱりクライスの本当に願っていること、じゃない。
そこで一線を引かれている。
いつも、どんなに側にいても、クライスが遠く感じるのは、この境界線があるからだ。
それを越えたいと思うのは……やっぱり、私のわがまま、なんだろうか。
「私……クライスが本当にしたいこと、知りたい」
かすかな希望にすがるみたいにクライスの手をぎゅっと握ると、クライスはどうしてかとてもつらそうに目を逸らした。
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