第38話 まんなかの気持ちと見つけられない私
何のためにクライスに魔力を制御できるようになってほしいのか――改めて考えると、言葉にするのは難しい。
「魔王の力を制御できなくてクライスが魔王だってわかってしまったら、クライスは神殿から狙われることになります。それを避けたい、というのが一番の理由です」
「神殿からの刺客くらいあいつは返り討ちにできるだろう。今までの歴史からしても、聖女と勇者が手を組まなければ魔王に勝つことは不可能だった。ただクライスウェルトの安全を確保したいだけなら魔王の力を解き放ってお前も魔王側につけばいい」
めちゃくちゃに過激なことを言いだした先生に、私は目を見開く。
「な、何言ってるんですか。だいたいクライスは……ほんとは戦うのとか好きじゃないと思う、し」
「本人に確かめたことは?」
だってクライスだよ!? 確かめるまでもないよね!? という気持ちと、たぶん先生が言いたいのはそこじゃないだろうな、という予想がぶつかり合って、私は思わず口をつぐむ。
「間違ってはいないのだろうが、お前たちはどうも互いのことがわかりすぎるせいで言葉が足りない。わかっているようでわかっていないところも絶対にあるぞ。ちゃんと話し合え」
それと、と言葉を切って、先生は行儀悪く自分の膝に頬杖をつきながら身を乗り出す。
「お前の場合は自分の気持ちだ。お前はクライスウェルトとどうなりたいんだ」
「どうなりたいって……?」
「ずっとこのままでいられると思っているわけじゃないだろう。ここを卒業すれば、お前は聖女として神殿に戻るか、逃げ出すかの二択だ。どちらにしろクライスウェルトはついていくだろうが、神殿に戻ればお友だちごっこはもうできないし、逃げ出すならば生涯をかけさせる覚悟が必要だ」
――神殿に戻る。
その言葉にがんっと胸を突かれたような気持ちになる。
……そうだよね。半分とはいえ、聖女の力が戻ってきてしまった私を、神殿が野放しにしておくわけがない。
クライスも昔の誓いを守ってそのまま護衛でいようとしてくれるだろうけど、私が聖女として勇者と結婚することになったら、今までみたいな距離感で接することは許してもらえないだろう。
結婚――したくないな。
オルティス先輩のことは今はそこまで嫌いではないけど、結婚して四六時中一緒にいて言うこと全部に従って、とかなると正直きつい。
何よりそこにクライスがいないってだけで、私が何もかも嫌になってしまいそうだ。
「クライスと……一緒にいたいだけなのにな……」
思わず零れ落ちた本音に、自分でびっくりしてしまう。
な、なに? 今のこの弱々しい声……ほんとに私が言った!?
「一緒に、今のままで、か?」
困惑しているところに畳みかけられて、やっぱり弱々しくうなずくことしかできない。
「なら、本人にそう言ってやるといい。そして二人で考えるんだな。互いの願いを叶えるために、どうするのが最善か」
ディータ先生は前屈みになっていた姿勢を正し、再びえらそうにふんぞり返ってしっしっと手を振った。
「よし、面談は終わりだ。研究指導はその辺の方針が固まってからな」
「……はい。よろしくお願いします」
混乱したままなんとか頭を下げて、私は教官室を後にした。
頭の中は完全に真っ白だった。
なんだかふわふわした心地で教官室を出ると、そこにクライスはいなくて、代わりにすっかり片付いた棚の前で、ニーメアが行儀良く両前足を揃えている。
「我が主なら風紀委員とかいうのに呼び出されて不在です。護衛は任されましたので、あとはわたくしが面倒を見て差し上げます」
「うん、ありがとう」
つんと顔を上げるニーメアの頭を撫でて抱き上げると、ニーメアは抗議の鳴き声を上げた。
「おやめなさい! わたくしを誰だと思っていらっしゃるの!?」
「ニーメア」
「そういう事実確認をしているのではありません!」
さらに盛大な抗議をされたけど、それにどう反応するか考えている余裕はなくて、私はニーメアを抱き上げたままぼーっと寮に向かって歩き始める。
「ちょっと、大丈夫ですの? どう見ても心ここにあらずなんですけれど!?」
「う~ん……悩んではいるんだけど、ニーメアに相談するのはどう考えても人選ミスなんだよねえ……」
「貴方、失敬ではなくて!? わたくしを人として選ぼうとか何事!?」
「うん、もうさっそく視点がずれてるから」
この場合の人選は人の中から選ぶという意味ではないんだけど、そういうツッコミを入れている場合ではないのだ。
実を言うと、さっきクライスがいなかったことに、私はちょっとほっとしてしまった。
どう話を切り出せばいいかさっぱりわからなかったからだ。
――卒業後も一緒にいてほしい。
――神殿に戻らなくてすむ方法を一緒に考えてほしい。
どっちも完全に私のわがままだ。だからこそ、クライスに言うのが怖い。
拒絶されたら立ち直れなくなりそうだし、受け入れられても自分のわがままでクライスの将来や自由を奪ってしまったようでいたたまれない。
じゃあどうしたいんだろう、私は……。
そして、クライスは……。
いつも「私の護衛をすること」を最優先にしているけど、どうしてクライスはそれを選んだのだろうか。
私に命を救われた恩返しなのか、シルヴェスティア家に引き取られたことからくる義務感なのか。
どちらもなんだか違う気がしているけど、じゃあ何なのかというと全然わからない。
本当に先生の言うとおりだ。
私はいつも、クライスの芯のところがよくわかっていない。
聞いたら教えてもらえるのだろうか。
そんな自分のまんなかのところを教えてもらえるくらい、私はクライスに信用してもらえてる……?
「聞いていらっしゃいますの!? アリアーナ・フェリセット! 苦しいと言っているのです! 締め上げないでくださいませ!」
腕の中のニーメアがひときわ大きく身をよじって、私ははっと立ち止まって腕の力を抜いた。
「ご、ごめん。無意識だった」
「ごめんですめば魔王はいりません。まったく、これだから野蛮な人間は」
……いらないの?
ツッコミは不要だとわかっていつつも、釈然としない気持ちで私は立ち尽くす。
いつの間にか研究棟を出て本部棟に向かう渡り廊下に来ていて、見下ろすと中庭で二人の男女がすごく近い距離で話しているのが見えた。
……あれ? 女の子の方はヘレナ先輩みたいだ。
ニーメアの抗議の鳴き声を聞き流しながら、私は無意識にそちらを見つめていた。
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