第15話 大ネズミ退治とお風呂に行きたい私

 当日。私たちはまず食糧委員会のみんなに人払いをお願いし、それから作成した結界石を食料庫近くの空き地に設置した。


 私とリディア先輩とパメラ先輩とエミリオくんで、四方の結界石をあとは発動させるだけというところまで準備して待機し、オルティス先輩も眠りの術を準備して、空き地から食料庫の入り口まで全体を見渡せる位置に陣取ったクライスの合図を待つ。


 現場と周辺は人払いしてもらったけれど、それ以外の場所には手が回っていないので、いつの間にか周囲の建物の窓やらバルコニーやらに野次馬が集まっている。


「な、なんでこんなに人が……?」

「クライスウェルト先輩とオルティス先輩が共闘するという噂が出回っていたみたいですね。どこから漏れたのかまでは調べられませんでした。まあ、上手く行けば宣伝になるんじゃないですか?」


 困惑するリディア先輩に、エミリオくんが答えている。

 エミリオくん、なぜかいろんな噂や情報を知ってるよね……。


「では、そろそろ始めましょうか」


 ギャラリーの多さに慣れきった感じのクライスがいつも通りのにこやかな調子でそう言う。


「みんな、準備は大丈夫?」


 リディア先輩がそう言って、全員がうなずくのを確認する。


「よし、じゃあクライスウェルトくん、お願いします!」


 クライスが私の作った魔道書を広げ、魔術に集中する。それでもその横顔は、何かを隠すように微笑んだままだ。


「クライスウェルト・アル・シルヴェスティアの名において汝らの名を奪う。従え!」

「来るぞ! 構えろ!」


 オルティス先輩の叫びに、結界組の私たちは一斉に結界石に魔力を込め始める。


 直後、大ネズミの群れが開け放たれた食料庫の入り口から飛び出してきた。十数匹の膝丈くらいのでっかいネズミ……思ったより迫力があって怖いわ、これ。


 ちょっと(だいぶ)びびっている私たちの目の前で、大ネズミたちは結界の範囲内に飛び込み、その中をぐるぐると回り始める。

 一匹たりともはみ出さないって、クライスの魔術、めちゃくちゃ精度高いな……


「これで全部ですね。結界を」

「「「「ディータ・トリビューティア研究室の名において結界術を行使する。集い、流れ、発動せよ、ディータの石!」」」」


 クライスの合図を聞いて、私たちは名前を考えるのが面倒で不在のままのディータ先生の名前を使わせてもらった石を、全員で一斉に発動させる。

 上手く全部のネズミを結界の中に閉じ込めたら、最後の仕上げはオルティス先輩だ。


「オルティス・ヴィル・エルグラントの名において汝らに安らぎを与える。眠れ!」


 精度を上げるための詠唱つきの呪文が、ブレなく結界の中を覆い尽くした。キィキィ走り回っていたネズミたちが、ぱたりと動きを止めてその場に倒れていく。


「すごいすごい、成功よぉ~!」


 パメラ先輩が飛び上がって喜んで、それにつられるようにギャラリーのみんなも拍手を始めた。

 う~ん、なんかちょっとした英雄気分かもしれない。


 とはいえ、その後にやることといえば、捕らえた大ネズミをまとめて革細工研究部に持っていくことだ。


 本当ならなめすところまで依頼して、できた革を魔道書に加工して売りたいところだけど、私たちには先立つものがないので、無傷の大ネズミをそのまま売却することになった。


 なめした革はきっと革細工研究部とか、そこから素材を仕入れているリッチな研究室とかで活用されることだろう。……羨ましい。


 できあがった革をもらえない代わりに、さっきクライスが使った魔道書を見せて、革細工研究部で作った革細工や本に魔術を付与したい場合はぜひうちに依頼を! という宣伝はしておいた。


 もらった報酬はもちろんみんなで山分けだ。オルティス先輩も、もちろんお手伝い扱いじゃなくてちゃんと仲間として頭数に入れている。


 この報酬で小さなプレス機なら買えそうだから、小振りで簡単な魔道書なら作れるようになるはずだ。


 まず何を作ろうかな~。せっかく宣伝してきたし、クライスに貸した魔道書……をもうちょっとマイルドなセッティングにした制御系に強いやつとか? 素材をまず集めないといけないけど……

 ああっ、大ネズミの革、一枚くらいもらってくるんだった……。


 そんなことを悶々と考えながら、私は今、自室でごろごろしている。連日の夜更かしと久々の魔術行使のせいで、疲労が結構来てる。


「今日は早めに寝とくかあ……」


 つぶやいてお風呂に行く準備をしようと立ち上がった途端、ふっと嫌な気配がした。大ネズミのときよりも嫌な感じが強い。

 下手に手を出さない方がいいかもしれないけど、でも放っておく訳にもいかない、よね。これは。


 でも理由を話して人を呼んだらなんで魔物の気配がわかるんだ? という話になって、そこから聖女の力を失ってないことがバレてしまうとそれはそれでマズい。


 どうしよう……どうしたらいいんだ……どうするのが一番いいのか……


 ぐるぐる考えながら部屋の中をぐるぐる回る。


「……いやダメだ、これは考えてても答えが出ないやつ!」


 こんなときはまず行動するに限る!


 というわけで、私は風呂道具一式を抱えて部屋を出た。


 だいたいの寮は建物の中にお風呂もあるんだけど、ここは庭の奥になぜか温泉が湧いていて、露天風呂を楽しむことができる。


 ……ここ、クジラの背中の上なんですけど。いったいどこ由来のお湯なのか。


 気になりすぎて露天風呂を楽しむどころじゃないんだけど、水質は全然問題ないらしい。ほんとにどこから湧いて出てるんだ?


 いつかその謎を突き止めたいところだけど、今はそれよりも魔物の気配だ。


 お風呂に行くふりをして寮を出た私は、気配の方へ用心深く向かう。

 とにかく正体だけでも突き止めないと対処法も考えられないもんね!

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