第14話 家内制手工業をする研究室の面々と私

 そして、勝負は二秒くらいで終わった。


「くそっ、なんで、なんで勝てないんだ……ッ!」


 オルティス先輩がそれはもう悔しそうに地面を叩いている。


「むしろいつもより強いじゃないか!」

「詠唱なしで足下を凍らせて足止め、そしてやはり詠唱なしで召喚した喉元に氷の刃を突きつける。さすがですね」


 悔しがるオルティス先輩の背景で、エミリオくんが解説の人みたいになっている。


「これだけ制御しやすいと詠唱なしでもイメージした通りの場所で正確に術を発動できますね。威力が下がる分、威力低下に割いていた集中を制御に回すこともできますし」

「……待て。お前、いつもは威力を抑えていたのか? あれだけ情け容赦なく氷の矢を降らせておいて!?」

「当然ですよ。威力を加減しないと鯨の背を傷つけてしまいますから」


 クライスはいつも通りのにこやかさと隙のなさで、掴みかかるオルティス先輩の手をさっと避ける。


 そう、この学園は世界クジラの背中の上に建っている。つまり、足下はすべてクジラの背中だ。傷つけたりしたら大変なことになってしまう。


「……くそ。予言された勇者でもないくせに……何なんだ、お前は」

「さあ。魔物の類かもしれませんね」


 毒づくオルティス先輩に、クライスは軽く肩をすくめてみせる。


 ……魔物の類。

 クライスが昔からよく貴族の子どもに言われていた罵倒の言葉だ。出自がわからないからって……いや、実際クライスは魔王の生まれ変わりだし、クライスが何者であっても私はぜんぜん気にしないんだけど。


 ただ、悪意を持った言葉がクライスに向けられているとやっぱり腹が立つ。その悪意に満ちた言葉を、クライスが自分自身に向けてしまうのも。


 もやもやした気持ちを振り払うように、私は一歩踏み出した。


「それで、どう? 使えそう?」

「ええ。これなら食料庫内のみの狙った種類の魔物を集めることができそうです。威力が下がる分、範囲を絞るのも容易でしょう」

「問題は集めたあとよね」

「まとめて眠らせて安楽死っていうのが理想の流れだと思うわぁ」


 リディア先輩とパメラ先輩の期待のまなざしがクライスに向かう。


「そうですね……眠りの魔術はオルティス殿下に担当していただけると助かります。他の皆様には大ネズミの群れを集めたところで結界を張って、ネズミと眠りの魔術を逃がさないようにしていただければ」

「眠りの術ならば問題ない」

「あらかじめ結界石を作っておいて、それぞれで発動させるのが一番確実ね」


 オルティス先輩とリディア先輩がうなずいて、作戦が決まった。


 まず私たちは魔道士科や錬金術師科を巡って、廃棄されるくらい力を使い切った魔石や実験の失敗で使い物にならないほど砕けた屑石なんかを大量にかき集めてきた。

 廃棄されるはずのものなので、事情を話せば快く譲ってもらえる。食糧の安全というカードは強い。


 廃棄寸前の屑石でも、数を集めて形を整えて組み合わせて並べて魔力を高める魔法陣を作れば、結界石としての役目を果たせるくらいにはなるから、教養科目の授業の合間や夜の自由時間を使って、私たちは突貫工事で魔石を磨きあげていった。


 指先でなんとかつまめるくらいのビーズ大の石をきれいな形に磨いていくのは、なかなか骨が折れる作業だ。


 慣れた手つきで素早く丁寧に魔石を磨き上げ、みんなにコツも伝授してくれるエミリオくん。


 速さも技術も平均的だけどとにかく真面目にちょっとした空き時間でも戻ってきてこつこつと終わらせていくリディア先輩。


 のんびりお茶を淹れたりお菓子を出したりしてみんなを和ませつつ、「わたしは教養科目はもういらないから~」とマイペースにずっと作業し続けているパメラ先輩。


 こんなのやったことないとかなんで僕がこんなことをとかぶつぶつ文句を言いながらもそつなくこなすオルティス先輩。


 魔道士科の授業やら委員会活動やらでなかなか時間は取れないものの、あっという間にコツを掴んでいつの間にかびっくりするほど作業を進めてくれるクライス。


 そんな感じでどんどん作業が進んでいくので、磨き終わった魔石を鑑定して最適な組み合わせと魔法陣のデザインを考える係になった私もなかなか大変だ。


「私もお手伝いできれば良いのですが……」


 作業が始まって三日目の夜、遅くまで共用スペースに残っていたら、部屋から出てきたクライスがテーブルの向かいに座ってふっとため息をついた。


「さすがにこれは分担が難しいからねえ……」


 屑石の微弱な魔力を読み取って、魔法陣全体のバランスを見ながら最適な位置に並べていく技術は、さすがに一朝一夕で伝えられるものでもない。


 私がこの技術を身につけているのも、封印術を徹底的に叩き込んできた副産物みたいなものだ。


 もちろん、魔道書を作るにも魔法陣を組み立てて描いていく技術は役立つから、そのために身に着けたんだと言っても不自然ではない、はずだ。


 クライスがじっと手元を見つめているのを感じながら、粘土で作った板の上に小さな魔石を敷き詰めていく。


「見事なものですね」


 結界石の板は、完成すれば確かにビーズ細工みたいできれいだ。


「でしょ? なかなか会心の出来だと思うんだよね」

「本当に……そう思います」


 クライスが目を細めて微笑する。

 なんだかその笑い方が、いつものわざとらしい感じじゃなくて、優しいのになぜかさみしそう、にも見えて、胸のあたりがそわそわした。


「……でしょ?」


 なんだかよくわからないその感触をどうしたらいいかわからないまま、私は得意げな笑顔を作ってみせた。

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