第11話 護りの術をかけ直す幼馴染みと私
そして案の定、最後までテーマが決まらないのがオルティス先輩だ。
「そもそも付与魔術覚えたいですか? そういうつもりでうちを選んだとは思えないんですけど」
「う……それは、まあ……」
リディア先輩の情け容赦ない質問にたじたじになっている勇者様の姿は、なんというか……なんとも言えない味わいがある。
「何かしたいことがあるなら、理由をこじつけてそちらの研究をしてしまって良いと思います。ディータ先生はたぶん何も仰いませんので」
「僕の……したいこと……?」
困惑するオルティス先輩の姿に、共感とも同情ともいえない微妙な感情を抱く。
わからないでもないのだ。
生まれてすぐ勇者になるだろうと予言されたからには、それ以外の生き方は許されない。
オルティス先輩は王族という身分があって、本人も割と何でもそつなくこなせてしまうせいで、私と違って厳しく育てられたというよりはむしろ甘やかされていたみたいではあるけど。
何とも言えない複雑な気持ちでオルティス先輩を見ていると、ふっとクライスが立ち上がった。
「申し訳ありません。そろそろ委員会の打ち合わせがありますので、私は席を外します」
「この時期は風紀委員は忙しかったものねぇ」
おっとりとうなずくパメラ先輩にうなずいて、クライスは私の方に身をかがめた。
「リアナ、出かける前に護りの術をかけ直しておきたいのですが」
「ああ、うん、いいよ」
軽くうなずいて立ち上がると、研究室のみんなが一斉に目を見開いてこちらを見た。
「先輩、それ、人体への付与魔術じゃないですか」
「ディータ先生でもほとんど成功しないって言ってたのにぃ、すごいわねぇ」
「ディータ先生は人望ないから……いやでも、普通はできない……」
「そうですか? 少なくとも自分自身への付与魔術はさほど難しくはないと思いますが……」
困惑する三人に、クライスは少し考えこんだあとで、明らかによくないことを考えている満面の笑みを浮かべた。
「これをオルティス殿下の研究テーマにするのはいかがでしょうか。自分自身や武器への一時的な付与魔術によって戦闘力を高めるのは、魔王と戦う上でも有効な手段となるはずです」
魔王本人が何言ってるんだー! とはもちろん叫べないので、私は内心の動揺を押し殺しながら様子を見守る。
「そう……だな」
なんだかずーんとした空気になってしまったオルティス先輩に背を向けて、クライスは今度は私にうさんくさい笑顔を向けた。
「では参りましょう」
護りの術はかけ方によって解除の方法が知られてしまうこともあるので、かけるところは人に見られない方が良い。
そんなわけで私とクライスはひとまずクライスの部屋に入って、護りの術をかけ直す。
「十回分はかけておいたはずなのに、なぜ残り三回になっているのです?」
「よ、よく覚えてるなァ……」
そっと目を逸らして私は笑う。
そう、最後に護りの術をかけてもらったのは、七年前……あの魔物退治の日だ。
三回分くらいはその日で使い切っていたと思う。残りの三回くらいは……まあ、修行中にいろいろあって消費して、最後の一回は入学初日の人質事件のときのアレだ。
発動ワードが「クライス、助けて!」なので、そりゃ修行中にはあんまり使いたくはなかったわけだけど。そこで連絡もできていない幼馴染みに頼ってしまうのもどうかな~と思って。
「七年も前だからやはり術が未熟ですね。今ならもっと……」
「い、いやぁ、でもさ、今は私、ただの庶民だし。そこまでガチガチにしなくても良いんじゃない?」
「そうもいきません」
クライスは難しい表情で首を振る。うさんくさい笑顔は部屋に入った瞬間から消えていた。
「申し訳ありませんが、私は恨みを買いやすい立場にいますので、貴方を巻き込んでしまう可能性があります」
「ああ、風紀委員長だから? でもせいぜい学生が嫌がらせしてくるくらいでしょ?」
「いえ……」
珍しく言い淀むクライスに、私は首を傾げる。
「風紀委員は、己の立場を利用して学生に無理難題を出したり嫌がらせをしたり……己の欲望のために利用したりする教員も、取り締まっています。全学生の権利と安全を守り、学園の規律を維持するのが、私たちの役目なのです」
「つまり……逆恨み?」
クライスはうさんくさい笑顔を貼り付けて肩をすくめる。
この顔……本心を見せたくないときの表情だな。
「それに、先日の征服部過激派以外にも、盗賊部など公認されていない組織もいくつか暗躍していますしね」
「……ここ、学園だよね……?」
平和な学び舎だと思ってたんだけど、まさかの見込み違いだったか~! いや、研究室の配属とかもいろいろ黒っぽいみたいだったしな……。
「いろいろあるのですよ」
「……過激派じゃない征服部もあるの?」
「ええ、世界征服のためにまず学園全体の人心掌握を図るとかで、ボランティアや人助けに精を出していらっしゃいますよ」
「良い人たちじゃん」
「良い人たちですね」
クライスは今度はどこか面白がっている表情でうなずいた。
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