第10話 研究計画を立てる研究室の面々と魔道書と私

 翌日からは担当教員の指導で教養科目の授業スケジュールを立てたり、研究室ごとの研究テーマを決めてその計画を立てたりするはずだったんだけど、研究室の先生が行方不明となっている我が研究室では、もちろん先生に相談するという選択肢はない。


 どうせ先生はいないし、研究室は教材を差し押さえられて空なので、私たちは寮の共用スペースに集まって、それぞれ年間計画を立てることにした。


 そこで頼りになるのはリディア先輩とクライスだ。

 パメラ先輩は……一番年上なんだけど、なぜかリディア先輩から指導を受ける側に回っている。


 パメラ先輩、今年こそ卒業させなきゃと必死になっているリディア先輩に、「助かるわぁ」と何にも危機感がない様子でにこにこしてるんだけど……いいのかな、あれで。パメラ先輩らしいと言えばらしいんだけども。


「私は出向ですから、ここでの経験を踏まえた上で魔道士科として研究成果を出せば良いということになりますが、オルティス殿下は付与魔術師科としての研究成果を出さなくてはいけませんね」


 共用スペースの広いテーブル。向かいの方ではクライスにきっぱりとそう言われたオルティス先輩がなんか青い顔をしている。


「付与魔術師科の研究目標は、最終的にはもちろん魔導具を作成することです。でもいきなり魔導具を一から作成するのは難しいから、初級クラスのうちは既にある魔導具を修理したり改造したりするのが普通ですね」


 手慣れた様子でパメラ先輩の履修計画を全部立てたリディア先輩が、私とエミリオくんとオルティス先輩の新入り組に説明してくれる。


「そのための教材も残ってなさそうですしね。僕は実家に素材になりそうな魔導具をいくつか送ってもらうことにしました」

「エミリオくんは準備がいいなあ。私は図書館行って補修が必要な魔道書借りてこようかな……」

「それでしたら、私の所持している魔道書の改造などはいかがですか?」


 クライスの聞き捨てならない台詞に、私は思わずガタッと立ち上がった。


「それはいったいどんな魔道書!?」

「部屋にありますから、お持ちしましょうか?」

「見たい見たい見たい!」

「少々お待ちを」


 クライスは苦笑しながら自室に消えて、言葉通りすぐに戻ってきた。手にしている魔道書を見て、私は身を乗り出す。


「すっ、すごい! さわっていいの!?」


 目の端でエミリオくんがドン引きしてたりリディア先輩が唖然としてたりする気がするけど、それどころではない。


「構いませんよ」


 差し出された魔道書を、私は大事に大事に受け取った。


「こ、これは青月の夜に脱皮した水竜の皮!? こんな貴重なものを改造!? ……いやでも」


 間違いない、この色艶、手触り、発している魔力!

 間違いなく、百年に一度訪れる青月の夜。黄の月も紅の月も水平線の下に沈み、青の月だけが夜空の頂点に浮かんだその瞬間、水の魔力が最高にたかまるそのときに水竜が脱ぎ捨てた最高級の皮革!


 それを惜しみなく全面に使い、そこに純度の高いミスリル銀をホワイトオパール色になるまで磨き上げてはめ込んだ細かな象眼細工で魔術制御の魔法陣が描かれている。

 背表紙を補強するのに使われている金属の枠も玄冬の国レースフォア特産のローズゴールドで、実用性と美術的価値を兼ね備えた装飾が美しい。


 さらに栞紐スピンに使われている糸も、錦秋の国エルグラントの山深くにしか棲まない水蜘蛛アルジェントの巣から特殊な方法で採取して加工した最高級のものだ。


 使われている紙も――


「落ち着いてください。全部口に出ていますよ」

「あ」


 クライスの言葉で我に返って周囲を見回すと、リディア先輩とパメラ先輩は唖然とした表情のまま固まっていたし、エミリオくんは先ほどより遙かにドン引きしていたし、オルティス先輩はそれこそ化け物を見るような顔をしていた。失礼な。


 私はこほんと咳払いを一つ。表情を引き締めてクライスを真っ直ぐ見上げた。


「それで、改造してほしいってことは、不満があるのね?」

「ええ。どのような不満があるかおわかりになりますでしょうか」


 当然わかりますよね、と顔に書いてある。


「水や氷の魔術を扱う魔道書としては間違いなく最高級。でも、威力を高めることに特化するあまり、制御系にやや難があるみたいだね。もともと魔力値が高いクライスが使うなら、下手に威力を高めるよりも、素直に魔力をそのまま伝えてくれて、なおかつ制御しやすいように補助してくれる魔道書の方が望ましい、ってところ?」

「正解です」

「なんでそんなことがわかるんだ……?」

「この人ここでこれ以上学ぶことがあるんですか?」


 満足そうに笑みを深めるクライスの横で、オルティス先輩とエミリオくんがそれぞれ引きつった顔でささやき合っている。


「まあ、知識だけあってもしょうがないから、実践して経験を積まないとね。というわけで、承りたいと思います」


 ついつい悪い癖が出てしまった。いきなり飛ばしすぎたことを反省しながら、私は本を閉じて、クライスにうなずいた。


「うーん、あのレベルの魔道書の改造だったらもう卒業研究レベルだと思うけどなあ」

「いいんじゃないかしらぁ。三年間まるまるかけて卒業研究を完成させる子もいたわよぉ」

「アリアーナさん、私たちでできることがあれば協力するから! 一緒にがんばりましょうね!」


 先輩たちの心強いエールもいただきつつ、私の研究テーマはこうして決まったのだった。

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