第7話 空飛ぶペンギンと引っ越しする私
翌日は寮に引っ越す日だった。
今日までにだいたいの荷物は届いているはずだけど、新入生は世界中からやってくるので、やっぱり遅れてくる荷物もある。
ルンツァ族(ペンギンみたいな姿の一族だけど、ペンギンと違って空を飛ぶし浮遊の魔法を使うしよくしゃべる)が、浮遊の魔法をかけた荷物を引っ張ってそこらじゅうを飛び回っているのが見えて、とてもかわいらしい。
いや、彼らはがんばって自分の仕事をしているんだから、かわいいとか言ったら失礼なのかもしれないけど。
飛び交うルンツァ族の丸いおなかを見上げながら、私は指定された白鷺寮を目指す。リディア先輩に聞いた話だと、もうそこの寮にはうちの研究室しか入っていないそうだ。
つまり貸し切り状態なわけで、さらに勇者様のおかげで改装済みだ。
……条件はとても良いはずなのに、ぜんぜん良い予感がしないのはなぜだろう。
寮が集まった区画を進むにつれて、人の姿もルンツァ族の姿も見えなくなっていく。
「付与魔術師科は爆発事故が多いから、寮はちょっと離れたところにあるのよ」というリディア先輩の言葉を思い出す。確かになんだか……周囲が鬱蒼としてきた。え、森の中にあるの……?
訝しみながら歩いていると、前方によろよろと飛ぶルンツァ族の姿が見えてきた。あまりによろよろしているので、私が歩く速度の方がはやくて、すぐに追いついてしまう。
「あっ、白鷺寮の新入生でヤンスか!?」
隣に並んだところで、ルンツァ族が声をかけてきた。ルンツァ族に特有の甲高くて陽気そうな声だ。いつも思うんだけど、このルンツァ訛りかわいいよなあ。
「はい、そうですよ」
返事をしながら、私の腰あたりを低空飛行しているルンツァ族に視線を向ける。
ルンツァ族にもいろいろ細かい違いがあるみたいだけど、この子は小柄で目のまわりとおなかだけが白くて他は真っ黒というシンプルな姿をしている。
信じられないことにドラゴン族から分かれたらしいルンツァ族は、かわいらしいシルエットに反して目つきだけは鋭いことも多いんだけど、この子は目もまんまるくつぶらでとにかくかわいい。
ヤバい、めちゃくちゃ好みだ。
「今年は大変そうでヤンスねえ。あ、でもクライスウェルトさんは良い人でヤンスから、安心するでヤンスよ!」
「クライスの知り合いなんですか?」
その名前が出たことにびっくりして、私は目をまたたかせる。
「そうでヤンス! アッシみたいな落ちこぼれをいつも指名してくれる優しい御仁なんでヤンスよ! なんでもクライスウェルトさんのご主人がアッシみたいなのが好みのタイプだとかで」
……それ、私のことだな。ルンツァ族が好きだとか、ましてや好みのタイプがどうこうなんて話した記憶ないのに、なんでバレてるんだ。そしてご主人扱いやめてくれぇ!
そんな話をしながらウィリーと名乗ったルンツァ族とのんびり歩いてたどりついた寮は、思いのほかボロボロだった。
控えめに言って、オバケ屋敷だ。
ペンキははげてるし、ガラスは数枚新しくなってるけどそれ以外は埃で完全に曇っていて磨りガラス状態。作り自体はレトロで平屋ながらオシャレで立派な邸宅なんだけど、いかんせん状態が悪すぎる。
「正面は立て付け悪いからこっちから入るでヤンス!」
ウィリーの案内で裏口から入ると、そこはまるで物置のようになっている広間だった。
「な、なにこれ……?」
積み上がった家具や木箱に呆然としていると、物陰からクライスが現れた。
「おはようございます、リアナ」
「お、おはよう……これ、引っ越しの荷物……?」
「いえ、改装のために運び出されていた荷物ですね」
つまり、この惨状も勇者様のせいってことかぁ!
ダメだ、まだ顔も見ていないのにどんどんヘイトが上がっていく。
「クライスウェルトさん! お荷物お届けに来たでヤンス!」
私の後ろで浮遊の魔法を解いて荷物を下ろしていたウィリーが、ぴょこんと顔を出してフリッパーをぴしっと挙げた。
「ありがとうございます。このまま引っ越しのお手伝いもお願いしてよろしいでしょうか?」
「大丈夫でヤンス! 予定はいつもどおりがら空きでヤンス!」
それはつまり仕事が入っていないということのような気がするんだけど、ウィリーくんはなんだかとても嬉しそうだ。
クライス……だいぶ懐かれてるな?
その声を聞きつけたのか、奥の方から農民みたいに動きやすい格好をしたリディア先輩とパメラ先輩も出てきた。
「あ、アリアーナさん。移籍しないで大丈夫だったの?」
「はい、大丈夫です。ちょうど幼馴染みが出向してくることがわかったので、むしろちょうどよかったなって」
「お、幼馴染み……?」
「あらまぁ」
クライスの方を見て、リディア先輩はたじろぐ。パメラ先輩は……これは驚いているのだろうか。反応がいつも通りすぎてよくわからない。
「そ、そう……風紀委員長が……」
リディア先輩はなんだかショックを受けているみたいだけど、まあ……気持ちはわからなくもない。ビビるよね。
朝早く出てきたせいか、他のメンバー……エミリオくんとそもそも来るかどうかもわからないオルティス先輩はまだ到着していなかったので、私たちは先に片付けられるものから片付けておくことにした。
とはいえ、私もクライスも荷物は少ないので、それぞれ部屋を選んで(早い者勝ち、とは事前に言われていた)運び込んで片付ければ終わりだ。
個人部屋は共用スペースであるこの広間の二辺を囲むように、六つ並んでいた。
女子が隣の方が安心するけど、先輩二人は既に端から二部屋取っているので、どうしても片側……というか斜め向かいは男子になってしまう。
私が選んだ部屋に自分の魔力波を登録(登録した人間とその人間の許可を得た人間しか入れないようにする強力な結界が各部屋に張ってあるのだ)していると、クライスがその斜め向かいの部屋の前に立った。
「私がこちらに入ってもよろしいでしょうか?」
そうしてくれるだろうな、と思ってはいたけど、改めて確認してくれるとほっとする。
「うん、もちろん」
まかり間違って勇者様が隣に来てしまったら怖いもんね!
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