第6話 ストーキングする元護衛と青春を謳歌してほしい私
とりあえず今日はこれ以上できることもないし、ということで解散したあと、研究棟を出た私を出迎えたのはクライスだった。
「……ストーカー?」
研究棟から仮宿舎の方へ出る扉が見える位置で、木にもたれて待ち構えていたクライスに、私は思わず半眼になる。
「出待ちしておりましたので、あながち間違いでもございませんね」
否定もしやがらねえ。イイ笑顔で何を言っているんだ。
優雅にマントを捌いて私の前まで歩いてきたクライスは、当然のように左腕を差し出してきてエスコートしようとする。
めちゃくちゃ様にはなってるけどここで? ここでそれやるの?
「お困りのことがあれば相談に乗りますよ」
「……知ってたね? この研究室の惨状を」
「ええ。しかし、貴方の場合はまず先入観なく、ご自分の目で確かめたいかと思いまして」
……まあそうなんだけどさ。
なんとなくむっとしながら、腕を差し出したままのクライスに根負けして仕方なくエスコートされることにする。
「ちなみに君はどこまで何を知っている」
「貴方がこの七年間どこで何をしていたか以外の情報はだいたい」
「……ストーカー?」
「あながち間違いでもございませんね」
さっきも思ったけど開き直りすぎじゃない!?
「否定しよう!」
「否定できませんので」
開き直りすぎだよ。やりづらいったらありゃしない!
「私もう聖女じゃないのに仕事熱心すぎる」
「性分ですね。大丈夫です。今後は仕事ではなく友人として」
「でもやること一緒なんでしょ!?」
「否定できませんね」
「否定してくれぇ!」
なんで七年も離れていたのに相変わらずそれがすべてのままなんだ!
頭を掻きむしりたくなりながら、仮宿舎への道を歩く。
悶々と歩く私に、クライスは歩調を合わせてくれる。
私が三歩進む間にクライスは二歩進むみたいな感じなので、かなり気を使ってくれてるのはわかる。わかるんだけどこう、気を使ってほしいのはそこじゃなくて……いや気を使って否定されてもやってることは変わらないわけだが。
何で悩んでるんだかわからなくなってきた。
よし、やめよう! 考えるのを!
「それで、研究室の件はどうするおつもりなのですか?」
考えるのをやめたタイミングを見計らったみたいに、クライスが声をかけてくる。
「それなんだけど、移籍ってやっぱりお金かかるの?」
「公式にはかからないことになっていますが、実際にはかなりかかるようですね。移籍先にもよりますが……」
「うわ、やっぱりそんな感じか~」
じゃあやっぱ残ろうかな、とつぶやくと、クライスがふと足を止めた。
「私からも相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「へ? 私に? なになに?」
いつも私が相談したり頼ったりする一方だった記憶があるし、クライスはなんかいつも私の手を煩わせないように、みたいに遠慮しているところがあったから、相談してくれるなんて珍しい。
ちょっと嬉しくなって思わず前のめりになってしまった。
「オルティス殿下の話は聞いていらっしゃいますね?」
「ああ……勇者で、うちの研究室にいるって……?」
とりあえず無難な情報はそこだけだ。
「そう、そのオルティス殿下ですが……天性の才能で魔術の腕前は良いのですが、技術を高める方にはあまり熱心ではないようで」
「大して努力しないでもできちゃうから慢心してサボってるってわけね」
クライスは私のまとめににっこりと笑う。せっかくオブラートに包んだのにという気持ちとまあでも確かにその通りなんですけどねという気持ちが透けて見えるような、若干黒い笑顔だった。
「魔道士科にいる間は私が授業に引っ張っていく役目を果たしていたのですが、このたび科を越えて逃げられてしまいまして」
そうか。クライス、勇者のお目付役させられてたのか。なんだかんだで真面目で面倒見の良いクライスが、そういう役割を押しつけられそうなのはなんだかわかる。
その結果が逆ギレした勇者を魔王がこてんぱんにするという私に特攻のエピソードになったりするわけだけど。
でもなんか……もやっとするな。……なぜ?
「移籍は止められなかったわけですが、魔王復活の兆候も見られる今、勇者があの調子では困るということで、指導教官から同じ研究室に出向してほしいと頼まれているのです」
「……はい?」
魔王復活の兆候とかそれ君のことじゃんとはもちろん言えないし、同じ研究室に出向……勇者と……? つまり、私と同じ研究室に? クライスが出向?
「つまり、そちらの研究室でオルティス殿下のお目付役を続けてほしいということですね。私は魔道士科の卒業に必要な単位はほぼ取得していますので、移籍ではなく出向という形で」
「んんん? 待って、どう違うの?」
ちょっと急に情報が入ってきて混乱しているけど、なんかやっぱりクライスが同じ研究室に入るって言っているような気がする。
「出向は元の研究室に籍を置いたまま、他の研究室にも所属しているのと同様の扱いを受けることができる制度のことです。成績優秀と認められた場合のみ許可が下ります。出向先の研究室で勉学に励むという意味では移籍と変わりませんが、魔道士科の授業も必要に応じて取ることができますね。寮もどちらかの研究室を選ぶことになります」
「なるほど……」
「お断りしようかと思っていたのですが、貴方がいらっしゃるなら承っても良いかと」
思わずクライスの顔を見上げる。クライスはなぜか少し困ったような微笑を浮かべていた。
「もちろん、貴方がお嫌でなければ、ですが」
「嫌じゃないしむしろものすごくほっとするけど……クライスは? いいの?」
「もちろんです。それを聞いて私も安心いたしました。では、本日中に手続きを済ませておきましょう」
打って変わって満面の笑みを浮かべたクライスは、なんだかとても機嫌が良さそうだ。
問題児のたまり場に成績優秀な風紀委員長を放り込んでいいのかはなはだ疑問だけど、まあ……本人がいいならいいか。私も助かるし。とてもとても助かるし! あらゆる意味で助かるし!
その後、仮宿舎へつくまで、クライスは寮の制度について詳しく説明してくれた。
今日は仮宿舎に泊まるけど、正式に研究室が決まったら、そこで寮も決まるらしい。
この学園の寮は、研究室ごとに建物とフロアが分けられている。
魔道士科は戦闘時の連携を強化するため、錬金術師科や付与魔術師科は互いに協力し合って素材を集めたり分担して大がかりな魔導具や魔法薬を作成することがあるため、生活を共にしてチームワークを深めることも教育の一環なんだとか。
「つまり、もしかして寮も……?」
「ええ、貴方が嫌でなければ私もそちらに移動しようかと考えております」
「私は嫌じゃないけど、魔道士科でできた友だちとかと離れて大丈夫なの?」
「友人はいない、と既に申し上げたと思いますが」
そうだったー! そんなこと言ってたな!?
「……青春を謳歌しようよクライスくん」
「申し訳ありません。少々勉学に励みすぎまして」
ちっとも申し訳ないと思ってなさそうだ。にっこにっこしながら言われても説得力はない。
「これから青春を謳歌する方法について教えていただかなくてはいけませんね」
「それはやっぱり私が?」
「他に教えを請える相手はいませんよ」
ですよねー!
「そうだね……共に青春を謳歌しようね……」
「ええ。よろしくお願いいたします」
遠い目でうなずく私に、クライスはやっぱり満面の笑みで答えたのだった。
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