第2話 魔王の生まれ変わりと私
結論から言ってしまうと、私と、この笑顔がおっかない風紀委員長ことクライスウェルト・アル・シルヴェスティアは幼馴染みである。
忘れもしない。あれは私が聖女だった頃。
確か五歳くらいだったかな。忘れもしないとか言いつつ結構記憶があいまいだけど。
そんくらいのときに、私が初めて聖女の力を使って倒した魔物。
ドラゴンと鷲を足して割ったみたいな魔物の鉤爪の下から、半死半生の状態で見つかったのがクライスだった。
もちろん、私はその場で彼の怪我を治した。聖女として初めて怪我を治したのもその時だった。
意識を取り戻したクライスは自分のことを何一つ覚えていなくて、珍しい髪の色を手がかりに方々手を尽くしても親は見つからなかった。
クライスっていう名前も、何も思い出せない男の子に私が思いつきで仮につけたものだ。ちょうど習ったばかりの古語で「平和」を意味する単語だった。
結局クライスの出生がなんにもわからなかったせいで、私が仮でつけた名前はシルヴェスティア家に養子に入るときにかっこよくアレンジされて正式名になってしまった。
クライスが代々聖女の護衛を輩出している名門シルヴェスティア家に養子として迎えられたのは、ちょうどその頃シルヴェスティア家に私と同年代の子どもがいなかったのと、クライス自身が持つ魔力がとんでもなかったのと、二つの理由が重なったからだ。
クライスは私の護衛になるために養子に迎えられて、シルヴェスティア家に入った翌日にはもう私の護衛騎士候補として任務と訓練を開始していた。
それから七年前の、私が聖女の力を失うきっかけとなるあの日まで、クライスと私はほぼ四六時中と言っていいくらいずっと一緒にいた。
説明が遅れたけど、聖女っていうのは勇者として選ばれた人と一緒に、いつか封印が解けて現れると言われている魔王を再度封印する役目を負った、なんか特殊な魔力を持った人間のことを指す。
って言っても、ここ百年くらい魔王が現れた記録はないんだけど。
それはおいといても魔物を浄化する力はあるもんだから、聖女の力があるとわかった子どもは神殿に引き取られて、めっちゃ厳しい修行を積みながら大事に守られて育つのだ。
私も例外じゃなかった。修行に明け暮れる日々を、年の近いクライスと過ごすことができたのは幸運だったと思う。
もちろんクライス以外に大人の護衛もいたから、私たちは聖女とその護衛って言うよりは、そう、やっぱり幼馴染みって表現の方がしっくりくる。
一緒に修行して、たまに修行をサボって抜け出して二人でこってり絞られたり。自由時間にままごとしたり。
私なんかよりよっぽどかわいかったクライスはいつもお母さん役だった。私もクライスも、本当のお母さんがどんなものか全然わかってなかったけど。
思い出補正もあるけど、今考えても楽しい子ども時代だった。最初の頃は言葉もほとんどわからなくてずっと強張った表情をしていたクライスも、だんだん打ち解けてきて、最後の方は二人でバカなことしてゲラゲラ笑い合ったりもしてたんだよね。
ずっとそんな日が続くと思ってた。
いつかうっかり魔王が現れても、クライスが一緒なら全然ヨユーでしょ、って思ってた。
でも、そうはならなかった。
七年前のあの日。
私たちは大人の護衛たちと一緒に魔物退治に出かけて。
そして、負けたのだ。
いつも厳しくて怖かった護衛騎士隊長が、最後の一人になっても戦い続けていた彼が、私を庇って倒れた瞬間を覚えている。間髪入れずに迫ってきた、恐ろしい魔物の血に汚れた爪が風を切る音も。
身体に食い込んだ爪に、痛みより先に熱い、と感じたことも。
地に倒れ伏したままそれを見ていたクライスの、獣みたいな叫び声も。
気がついたら、私は魔物たちと大人たちの血溜まりの中で、縋るみたいにクライスを抱きしめていた。
その血なまぐさい場所で元型をとどめているいきものは、私とクライスだけだった。
意識のないクライスの、血の気を失って真っ白になった顔を見つめながら、私はつよくつよく思っていた。
誰にも知られちゃいけない、と。
私を守ってくれたこのひとが。
大事な大事な幼馴染みが。
魔王の生まれ変わりだ、なんて。
私たちを救助に来た大人たちに、私は聖女の力を最後の一滴まで使い切って魔物を倒したのだと説明した。それでも守り切れたのは、クライス一人だった、と。だからもう、私は聖女の力を使うことができないんだと。
本当は守ってくれたのはクライスで、私が力を失ったのは、魔王を封印するために聖女の力のほとんどを使ってしまったからだ。
そしてクライスが意識を取り戻す前に、私は神殿を離れた。
聖女の力を失った以上、そこにいる理由はなくなったから。そして私には、やらなきゃいけないことがあったから。
いつ破れるかわからない私の未熟な封印が解ける前にもっと強くなって、もし封印が破られてしまったら再び封印し直すために修行を積む。クライスが安心して暮らしていけるように、私は強くならなくちゃいけない。
そのために、私は百年前に魔王を倒したパーティーで聖女と勇者を助けていたエルフの師匠のもとに身を寄せたのだ。
一見気の良いエルフのおばちゃんに見える師匠はそれはそれは厳しくて、対外的には密かに夢だった製本師になるために教えを請うていることになっている私に、封印術も製本術もどっちも徹底的に叩き込んでくれた。
おかげさまで修行を終えた私は、クライスと再会するべく試験を受けたクリュスタルス魔法学園に、特待生として通うことが許されたのだった。
それがまさか登校初日、校内での魔術使用許可証が発行される前に校門で人質に取られてしまうとは。
しかも助けにかけつけたのが成長したクライス本人とは。
一年先に入学したクライスが魔道士科主席とは聞いてたけど、風紀委員長なんて役職についてるとは思わなかった。なんかもっとおとなしく引っ込んでるイメージだった。
七年も経てば人は変わるもんなのかなあ、と、現実逃避ぎみに思う。
「つきましたよ」
保健室へ、という言葉は嘘ではなかったらしい。目の前の扉には、「保健室 第五分室」と書かれていた。
……保健室、そんなにいっぱい必要なの……?
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