聖女の力を失ったのに元護衛騎士候補の幼馴染みが過保護を止めてくれない

深海いわし

第1話 七年ぶりに再会した幼馴染みと私

「う、動くな……!」


 私の首筋にナイフを突きつけた男子学生が、震える声で目の前の青年を威嚇する。私の周囲には、彼の仲間らしい数人の覆面をした学生も立っていて、簡単には逃げ出せそうにない。


「この新入生の命が惜しければ今すぐ生徒会長を呼べ! お前たち風紀委員になど用はない! 今日こそは認めてもらうぞ! 我々征服部を、正式な部活として……!」


 彼らと対峙するのは、数人の品行方正そうな学生たち。その中でも先頭に立って威嚇を受けた青年は、つくりものじみた白皙の美貌にうっすらと笑みを浮かべて冷たいアイスブルーの瞳で男子学生を見返した。


 落ち着き払った物腰の青年を、人質に取られた新入生こと私アリアーナ・フェリセットはじっと観察する。

 一言でいえば、ものすごい美形だ。おまけに背が高い。たぶんやや小柄な私よりは優に頭一つ半くらい高い。にょきにょき伸びやがってとても羨ましい。


 長身の青年は、銀糸の上から青を塗り重ねたような金属光沢のある長い髪を一つに束ね、クリュスタルス魔法学園の制服を入学前に配られた学生手帳に書かれていた規則通りきっちり着込んでいた。野次馬している周囲の学生はほとんど略式のケープを着ているところに正装のマントで来ているところもなかなか性格が出ているし、シミ一つない白い手袋もこう、ああわかる~って感じ。

 さらに青いメタルフレームの眼鏡が冷たい美貌に知的な印象と威圧感をプラスしている。


 そして極めつけは、その左腕に巻かれた腕章。そこに書かれた「風紀委員」の文字。


「ご自分の立場がわかっていらっしゃらないようですね」


 低く落ち着いた、しかし滑舌が良いせいか発声がしっかりしているからかやたらよく通る声が冷たく告げる。


「おとなしく彼女を解放すれば、実力行使は控えて差し上げますよ」


 自分が脅されているわけでもないのに、思わず「うわ、こわ……」というつぶやきが漏れてしまった。その声が聞こえたのか、青銀髪の青年はぴくりとほんの一瞬だけ視線をこちらに向ける。不機嫌そうな青い瞳が、「わかってるんでしょうね」と言いたげに私を射抜いた。

 視線に射すくめられた私は、「わかってるよぉ」という気持ちを込めてへらっと笑ってみせる。


「こっ、こいつがどうなってもいいのか!?」


 動揺を見せない推定風紀委員(どう見ても伊達や酔狂で偽の腕章を付けてくるタイプではないのでほぼ確定だけど)に、脅迫者の方が動揺してしまっている。対称的に落ち着き払った風紀委員の青年は、すっと音もなく右手をこちらに差し伸べた。


「校内の風紀を乱す者は許してはおけませんし、新入生の安全も守ります。当然でしょう」


 こちらに向けられた手のひらに、魔力が集積していくのを感じる。わざとゆっくり集められていく魔力。おかげでタイミングは計りやすい。


(3、2、1……)


 ちょうど魔力が溜まりきる一瞬前に、私は大きく息を吸った。


「クライス、助けて!」


 叫ぶと同時に、風紀委員の青年――クライスの魔力が声を目印に私の中に流れ込んでくる。懐かしさよりもうわめっちゃ強くなってる! という驚きを先に感じながら、私は流れ込んだ魔力を解放した。


「ななななんだ!?!?!? うおわああああ!?!?!?」


 膨れあがる魔力に慌てふためいた男子学生は、仲間たちと共に対処を考える暇もなく私を中心に巻き起こった魔力の嵐に吹っ飛ばされた。


 思った以上にでかい衝撃にさらされてよろめいた私を、すぐに誰かが肩を抱いて支えてくれる。

 誰か……考えるまでもなく、男子学生たちを吹っ飛ばした風紀委員のクライスくんだけど。


「申し訳ありません。少々力を込めすぎました。お怪我はありませんか?」


 一瞬で距離を詰めたクライスは、左手で私の肩を抱いたまま、ほうほうの体で逃げだす男子学生たちに氷の矢を放っていく。余りにも情け容赦がない。野次馬の学生たちから「さすが風紀委員長」「魔道士科主席の実力」「氷の魔王」とかいう不穏な褒め言葉が漏れ聞こえてくる。


「お怪我はないけど……やり過ぎじゃ?」


「バリアバリア」「死ぬぅ」「お助けぇ」などと叫びながらなんとか降りそそぐ氷の矢を凌いで逃げていく男子学生たちに、私はほんの少しだけ同情を覚えた。


「大丈夫です。手加減はしています」

「そりゃしてなかったら死人が出てるだろうけど……」

「私は新入生を保護します。あなた方は捕縛を!」


 クライスの指示に、さっきまでクライスの側に控えていた品行方正そうな学生たちが「はい! 委員長!」と叫んでぱっと行動を開始した。

 あとはもう、学生同士の大捕物だ。さっきまで人質がいるせいか緊張感のあったギャラリーも、完全に野次馬モードになって声援を飛ばしている。


 ついでに視線が痛い。肩を抱かれたままの私に、好奇の視線がめちゃくちゃ突き刺さってくる。


「く、クライス先輩? そろそろ放してもらえると」

「まずは保健室ですね。お連れしますよ」


 うわ、無視しやがった! それどころか、クライスはひょいと私を横抱きにして大股で歩き始める。


「怪我してないよ!? 歩けますが!?」

「だからです。逃げられては困りますので」


 はたから見れば、それはさぞかし愛想の良い笑顔に見えたことだろう。でも至近距離で目が合ってしまった私には、私のかつての護衛騎士候補であり、現風紀委員長にして魔道士科主席のクライスウェルト・アル・シルヴェスティアの、七年分の怒りと怨念が見えてしまったのだった。

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