Ch.1 閑話

Act.Ex1


「あの、クルト様は何故私を購入したのですか?」

「様は要らないよ、気楽に呼び捨てで良いよ?」

「えっと……それではクルトさんで」

「さん、か。まあ、それも良いか。それで僕がエリシアちゃんを購入した理由?」

「はい」


 これは多分夢だ。

 私をクルトさんが購入してからしばらく経った頃の、懐かしい出来事。正直、私は夜の相手というのを”NG”としていたので、買い手がそこまで付かなかったりしてた。

 もう少しこのままで居て、買い手が見つからない時はOKにしようかなと思っていた頃でもあった。奴隷ではあるけど最低限の生活は出来てた。

 私を預かってる奴隷商の人は何というか優しかった。夜の相手とか、何がOKで何がNGかまで選ばせてくれたのだから。自由行動も最低限は認めてくれてたし……勿論、護衛付きではあるけど。

 護衛と言っても隠れて守る的な感じで直接的に一緒に居るということはない。奴隷って首輪のお陰であまり絡まれること無い。奴隷を奪ったり怪我させたりするのは、犯罪となってるから。


 6歳の頃には既に私は奴隷で、そのまま知らぬ内に4年が経過して10歳となってた。両親の記憶は無いけど寂しいとは思わなかった。

 奴隷商の人が優しかったというのもあって、同じ奴隷の人と雑談したりとかしてたし、後は最低限の知識とかを付けるために勉強したりもしてた。


 何処で働いても大丈夫なように、と奴隷商の計らいでもあった。普通そこまで奴隷にするものなんだろうか? と良く思ったものだ。


「うーん、強いて言えば寂しかったから、かな」

「寂しかった……」

「うん。ほら、僕って行商人でしょ? 一箇所に留まることは無いから一度来た街には中々戻らない。戻って来たとしても大分経過した頃だから、僕のこと覚えてる人は少ない。だから一緒に居てくれる人が欲しかったと言うか……」


 クルトさんは行商人をしていて、そこそこ稼いでるようである程度余裕ができたから誰か一人欲しいと思って、私を購入したということらしい。

 でも、奴隷として買われたとは思えない扱いで、正直私も戸惑ってる。


 まず、購入された直後に服屋に連れて行かれ、店員に着せかえ人形にされて、気付いたら購入が終わってた。それも何着も、である。

 奴隷なのだから一着でもあれば十分なんじゃないかと思ったけど、クルトさんはそれを拒否して更にはアクセサリーまで揃えてきた始末。


「僕はね、エリシアちゃんの事を奴隷とは思わない。何ていうのかな……娘みたいな感じかな?」


 最終的にはこんな事を言ってくる。

 でもその言葉は両親の記憶がない私にとっては暖かいもので、何かがこみ上げてくるようなそんな気持ちになった。


「ふふ、何ですかそれ」

「変かな?」

「一般的に見たら奴隷を娘って何か変ですね」

「そっかー」

「でも……ありがとうございます」


 その後もクルトさんは私のことを大切にしてくれて、本当に娘みたいな扱いをする。でも嫌な気持ちはなくて、嬉しいという気持ちの方が強くなっていった。


 そして私はこう願うようになった。


 ――今の生活がずっと続きますように、と。




□□□□□□□□□□





 クルトさんに買われてから2年が経ち、私は12歳となった。


 すっかりこんな生活にも慣れて、クルトさんの事は私も家族だと思うようになってた。色んな街に行って色んな人と出会う。それが楽しくて。

 魔法についても私には光と火の属性に適正があることが分かって、教えてくれるようになった。

 光と火……どちらも日常的にも結構役立つものが揃っていて、クルトさんの手伝いとかが出来るようになってちょっと嬉しいと思ってる。

 周囲を照らす<ライト>とか、火を付けるだけの<ファイア>……どれも野営とかする時に便利である。


「そうだそうだ。エリシアちゃん」

「なんですかクルトさん、また変な事ですか?」

「えー酷いなあ……そうじゃなくてね、もし君に好きな人が出来た時は遠慮なく言うんだよ」

「なんですか藪から棒に」


 唐突すぎて何を言えば分からなかった。

 好きな人……クルトさんは好きだけど、そういう好きではないのははっきり言えると思う。旅先でも色んな人と会ったけど……惹かれる人は居なかったかな。


「ほら、エリシアちゃんって綺麗で可愛いでしょ。男たちが放っておけないくらい」

「それは買いかぶり過ぎでは……」


 正直な所、確かに普通よりは容姿が良いと思ってる。両親がどういう人なのか分からないから、どっちから受け継いだのか不明だけども。

 この金色の髪だって私の自慢の一つだと思う。後はこの青い瞳もそう。私を生んだ人はもしかすると貴族なのかも知れない。

 とはいえ、突然現れて戻ってこい、と言われても多分私は動じないと思う。ぶっちゃけ、記憶がない私からすれば赤の他人な訳だし。それなら私はクルトさんと居ることを望むと思う。


「言いたいことはそれだけさ。恋愛っていうのは突然始まるものさ」

「うーん、今の所は居ませんね」

「エリシアちゃんはまだ12歳だ。初恋もまだだと思うし、当然じゃないかな」

「因みに好きな人が出来た場合はどうするんです?」

「そりゃあ、僕としては寂しいけどエリシアちゃんの幸せを応援したいから、結ばれたら奴隷からも解放するつもりさ」

「そうですか……」

「ま、焦らなくてもいいよ。大切な人っていうのはいつ現れるか予想は出来ないからね」


 私の大切な人。

 大切なのはクルトさんとの、この生活だからそんなのは現れないと、その時はそう思ってた。

 恋愛的な感情をクルトさんには向けてないけど、それでも大切な人だから。私としてはクルトさんが大切な人になるのかな?


「さて! そろそろこの街からも出ないとね」

「あ、もう出るんですか?」

「ここの一応目的地だけど、一番の目的はミストルっていう国境に近い街だからね」

「ミストル……」

「うん。このフロリア王国の国境が近い街で、隣国のステリア王国からも人が結構来て、かなり賑やかな街だよ」

「クルトさんは行ったことあるんですか?」

「ざっと5年くらい前かな。今はどうなってるか分からないけど、噂とかではやっぱり賑やかみたいだね」


 賑やかな街、か。

 今までの街でも賑やかな所は多くあったけど、それよりも凄いのかな? ちょっと楽しみかも。


「賑やかと言えばポステルも港街だったから賑やかでしたよね」

「だね。ポステルは海上隣国からの交易もあるし。因みにね、今いるこの街はエルラッテ言うんだけど……」


 クルトさんが地図を取り出して私に見せてくれる。


「ここが目的の場所のミストル。で、この新緑の森をまたいで反対側、ここがポステルなんだ」

「森を挟んで反対側にあるんですね!」

「そうそう。だからこの森と使うのが一番早いんだけど、ここって結構強い魔物が居てね。護衛を雇っても向こう側に行けるか怪しいから誰も使わないんだ」


 新緑の森と書かれた森を挟んで、ポステルとミストルは近かった。一番近いのはその前にあるアルタ村という場所みたいだけども。


 今日もまたクルトさんと有意義な一日を過ごせた。毎日が楽しいし、こうやって色んな場所に行けるのも楽しい。


 これからもずっと続くと思っていたけど。


 やっぱ現実っていうのは非情で……。




「エリシアちゃん、逃げろ!」

「え!?」

「盗賊だ。しかもかなりの数。このままじゃ危険だ」

「え、でも護衛の人が……」

「ああ、してやられたよ。冒険者になりすました盗賊が紛れ込んでいた……盗賊じゃない護衛はもうやられるのも時間の問題だ」

「そんな!?」


 突然、やって来たその出来事は盗賊による襲撃だった。しかも最悪なことに、護衛の中に盗賊の一味が混ざっていたという物。


「だからエリシアちゃんだけでも逃げろ!」

「クルトさんはどうするんですか!?」

「何、これでも自衛は出来る。食い止めるからエリシアちゃんだけでも逃げるんだ。奴らは多分、君を見つけたら狙うだろう。奴らにとって女性は金稼ぎか自分の欲を満たす物としか見てない」

「クルトさんも一緒に」

「ダメだ。もう護衛は持たない……せめてエリシアちゃんが逃げられるだけの時間を稼ぐよ!」

「で、でも」

「良いから! 早く!」


 強く、クルトさんは言う。そしてクルトさんはあろうことか、私の首輪になされている契約を破棄する。


「これで遠くに行っても大丈夫。さ、早く」


 ついに護衛たちもやられ、盗賊たちが迫ってきているその状況。クルトさんは最後に「エリシアちゃん、短い間だったけど楽しかったよ」、そう言って外へ飛び出して行った。

 私もそれに合わせて森の方に逃げ込み、走った。草や木で服とかに傷がついても、魔物が襲ってこようとも、必死に逃げて逃げて逃げて!!


 正面に出て来た魔物に対しては光と火の魔法を上手く使って追い払い、そして再び逃げて逃げて逃げた。


 魔物の攻撃を食らってしまっても、<ヒール>を使って痛みを抑えて……そしてまた逃げる。どれだけ走ったのか分からないけど、それでも逃げた。


 そして私はついに気を失ってしまった。


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