第68話 運命の魔王

「偶然ではない」


 マナミは語る。手品の種明かしをするように、愉快そうに。


「ミネラルの村が魔界の反対にある、というよりは……魔界の反対側にあるから、お前がミネラルの村に来たのだ」

「なに?」

「お前は魔女に肉体を入れ替えられた後、転移魔法によって逃走を図っただろう。一方でお前の存在が邪魔でしかない魔女も転移魔法をお前にかけた」


 マナミの言葉にあの時のことを思い出す。魔王城で、私と魔女の肉体が入れ替わった時だ。


 私にとっては逃走、魔女にとっては追放、それぞれ別の目的で、しかし同じ魔法を用いた。思惑も同じ、『ここから遠くへ』。


「奇しくも両者の望みは一致したのだろう、魔界から遥か遠くへ転移せよ、と。世界でも指折りの魔力の持ち主が、2人同時に、まったく同じ目的で使った転移魔法は、後に魔力の暴走を招くほどの規模となった」


 マナミの言う通り、私たちの使った転移魔法はそのあまりの魔力量により暴走、この地に停滞し、魔界への扉を開く事件を起こした。それほど過剰な魔力が転移魔法に注ぎ込まれていたわけだ。


「だからお前は飛ばされたのだ、理論上、魔界から最も遠いこの地へ。お前がこの場所へ降り立ったのは、いわば必然なのだ」


 肌が、ざわりとするような感覚を覚えた。


「……考えたこともなかった、私がこの地へ来た理由、など……」

「そしてその後、かねてからこの地で活動していた私がお前と出会い、ミネラルの村へと誘ったのだが、これも必然だ。私とて、魔界のしがらみから逃れるべく魔界からなるべく遠い地を拠点としていたわけだからな。つくづく、親と子は似るものよな」

「フン」


 マナミと同じ、と言われると、なんだか否定したくなる。もっともあの時、魔界の外などまったく知らない私をミネラルの村まで案内し、オリヴィンへの紹介までしてくれたことは素直に感謝しているが。


「あ、ちなみに転移魔法では上空には行けないんです。移動距離に位置エネルギーが乗算されちゃうので必要魔力が桁違いになっちゃいますからね」

「ニコル、お主いたのか」

「ずっといましたよ!?」


 ニコルの補足はよくわからなかったが、まあ要はやはり、私がこの地に来たのは必然だったということなのだろう。


「なんだか、ロマンチックですよね、シャイさん」

「ん? ろまんちっく……?」

「はい。私とシャイさんが出会えたのは、運命だったんですよ」

「運命……か」


 絵物語が好きなレアは目を輝かせていた。そう思うと悪くない気もしてくる。


 だが、それはそれとして、だ。


「して……話を続けろマナミ。どうせまた、何か繋がっているのだろう?」


 本題はあくまで私の病の話。魔界とミネラルの村の位置関係には驚かされたが、マナミが本当に言いたいことはこの後のはずだ。


 マナミは頷いた。


「知ってるか、シャイ。魔力には極性がある」

「きょく……?」


 聞きなれない言葉にレアの顔を見る。レアも首を横に振った。


「では別の質問をしよう。シャイ、魔界とはどういった場所か、説明できるか?」


 魔界について、それならば魔女に聞かされたので知っている。


「死の大陸だ。かつて起きた様々な種族を巻き込んだ大規模な戦争の後、敗者となった無数の種族を追放した僻地。それ以外にも害ある生物や種族などを魔物、魔族と烙印を押し、転移魔法により追放し続けた。結界術で覆われ、生半可な魔力では出ることすら叶わない、地獄の釜……だったな」

「その通り。魔界には無数の生き物が追いやられ、結界によって封印されている」


 簡潔に言えば魔界はゴミ捨て場。不要な土地に、不要な物を詰め込んだ、人類の歴史の汚点であり、人類の醜さの象徴だ……と、魔女は私に熱く語った。だからこそ魔界の力により人類は滅ぶのだ、とも。私からすれば魔界の成り立ちなど、どうでもいい話だが。


 だがマナミにとっては違うらしい。


「そのような環境だからこそ、私も強く生まれ得たのだろうが、な……」


 魔界について聞いたマナミは珍しい表情をしていた、諦観を含んだ、複雑な表情だ。魔界で生まれ育ち、己と家族を活かすために魔界での戦いを続けたマナミは、魔界という存在自体に並々ならぬ思いがあるのだろう。奴の、生の感情が垣間見えた気がした。


「さて、だ」


 次の瞬間には、マナミはいつもの仮面めいた笑みに戻っていた。


「いわば魔界は魔力の煮凝りだ。強大な種が結界によって封じ込められた結果、その中は非常に濃い魔力で満ちている」

「ふむ、その点でもミネラルの村とは対照的なのだな」


 魔力に満ち、殺伐とした魔界と、魔力がない、平穏なミネラルの村。位置関係もそうだが、見事に対照的なものだ。


「そう、それなんだ」

「む?」

「さっきも言ったように、魔力には極性がある。極性とは簡単に言えば偏り、多くの魔力が満ちる場所には、さらなる魔力が引き寄せられる。その性質自体は微弱で、我らほどの魔力を有していても影響はわずかだ。だが、ひとつの大陸ほどの規模の大きさを、結界で封じ……さらに封印の警戒のため、高名な魔術師の一族たちが、魔界のそばの地に移り住むようになった。その状況が、何百年も続いたら?」

「……む」


 読めてきた。


 丸い大地。その正反対に位置する、魔界とミネラルの村。魔界という異常な環境、魔力が持つという『偏りの性質』……


 そこから推測できる因果関係は。


 世界中から、危険つまり魔力の多い存在が、魔界へと集められた。それを結界で覆い、魔力の一極集中が起こった。それにより、魔力が持つ『偏りの性質』が際立った結果、魔界の方へと魔力が引っ張られていき……


「つまり……ミネラルの村に魔力がないのは、魔界の反対にあるから……なのか?」

「ご名答、シャイくんに花丸だ。そう、我らのいるこの大地の球は、長い年月をかけ、魔界へ向けた魔力の偏りが生まれているのだ。そしてその反対側にあるこの地では逆に、非常に魔力が希薄となった。もっとも遠い地だからこそ、もっとも強く影響を受けたわけだ」

「なんとも、スケールの大きな話だな……」


 私は思わず息を吐いた。あまりにも壮大な話なので、理解するのがやっとだ。


「でも……やっぱり、すごい運命ですね」

「む?」


 その隣で、レアは何やら興奮していた。


「だってそうじゃないですか、私たちの村が魔界と反対側にあったから、シャイさんは私と会えて……反対側だったから、魔力が薄くて、シャイさんは病気で死なずに、助かったんじゃないですか。世界の反対側っていう、本当なら一番遠かったはずの私たちが、こうして会って、家族になって……やっぱり、運命ですよ」

「……ふむ」


 本来、レアと私は絶対に出会うはずのない存在だった。かたや魔王、かたや村娘、しかも世界のまるっきり反対側にいた。


 それがなんの因果か、こうして隣で立っている。それも、家族として。


「素敵な考えだな、レア」

「はい!」


 今はその運命に、感謝するとしよう。


「しかしさすがはレア、この小難しい話をよく一発で理解できたものだ。撫でてやろう」

「ありがとうございます」

「仲睦まじいのはけっこうだが、話はこれで終わりじゃない」


 いいところにマナミが水を差してくる。なんだいったい。


「今、魔界の結界が、破られようとしている」

「む……? よいことではないか、そういえばお主も、あの地獄めいた場所を変えようとしていただろう? たしか勇者を唆して、魔界すら平穏にしようとしていたではないか」

「ああ、その通り。結界を破るというのは魔界にとってはよいことだ。結界を破るのも、勇者が主導してのことだしな。だが考えてもみろ、魔界の結界が破られたらお前はどうなる?」

「むむ……?」


 魔界の結界が破られたら? 考え始めて……すぐ、背筋が冷たくなるのを感じた。


 ミネラルの村に魔力がないのは、魔界に魔力が集中しているから。そしてそれは魔界を覆う結界が理由。もしその結界がなくなったら、魔力の『偏りの性質』が解かれ、ミネラルの村にも魔力が流れ込んでくる。


 そして私がこうして生きていられるのは、魔力による病の進行が、ミネラルの村に魔力がないおかげで止まっているため。


 つまり、魔界が解放されれば……


「そう、遠からず、お前は死ぬことになる」

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