第44話 家族たる魔王


「ふふふっ」


 勇者との話の途中ふいに笑ったのは、勇者一行の一員という魔法使いの女だった。


「どうした女、何がおかしい」

「いやね、あらためて考えるとおかしくって。勇者が魔王になって、当の魔王はこんな小さな女の子で……しかも、私たちが戦った魔王の魂も、元々は同じ女の子だったんでしょ? なんだかしっちゃかめっちゃかよね」

「ふうむ、たしかにな」


 私の変化は言わずもがなだが、そもそもこの体は私に成り代わった魔女のものだ。つまりどちらを魔王と定義するにせよ、この少女の肉体こそが魔王の正体だったといえる。そしてそれに代わって新たな魔王となるのは、勇者その人、と……混沌そのものだ。


「それに何より予想外だったのは……シャイターンがこんなにかわいい子だった、ってことね」

「む……ま、まあ容姿は魔女のものであるからな」

「ちがうちがう」


 女が私へと歩み寄る。そして突然、


「かわいいのは中身!」


 と、私の脇に手を入れ、ひょいと持ち上げてしまった。


「なっ!? 何をする貴様!」

「嫌がってても本気で抵抗しない辺り、なんというか優しいよね。なんなら普通の女の子より大人しいんじゃない? 素直だし健気だし、私が妹に欲しいくらいだわ~、うりうり」

「や、やめんか、ははっ、うははははっ」


 そのまま女は私を抱きかかえつつ、脇の下をくすぐってくる。間の抜けた笑い声が口から漏れた。


 しかしその時、


「私のお姉ちゃんですっ!!」

「私の妹ですっ!!」


 と、2つの声が重なった。それぞれレアと、ニコルのものだ。


「あら? レアちゃんはわかるけど、ニコルちゃん?」

「あ、えっとその……いえそうです! シャイちゃんは私の妹ですっ!」

「突っ走るのね」

「違います! 私のお姉ちゃんです!」

「別にそれは両立できるんじゃないの? まあいいわ、ちょっとからかっただけよ」


 そう言って女は私を床に降ろしてくれた。すかさずレアが私と女の間に割り込んでくる。うーっと、精一杯の威嚇の声を出していた。


「元魔王がどんな奴か、相応に警戒してたんだけどね……毒気を抜かれちゃったわ、すっかり。さっき探ってみたけど、怖いぐらいの魔力は本物なのにね」


 なるほど、どうやら抱きあげた時に私の魔力を探っていたらしい。思ったよりも強かな女だ。


「元々、そこらへんの決断はウッディさんに任せるつもりだったけど……少なくとも私は信じられるわ。ニコルも懐いていることだしね」

「当然です! シャイちゃんは優しいお方なんです」

「そういえばお主ら、どういう関係なのだ? 何やら知った顔だったようだが」

「あ、それはですね、実は魔女さんに言われて勇者様を倒しに行ったとき……」


 とその時。


「おっと、その話はあとにした方がよさそうね」


 と、女が話を遮り、視線を変える。


 私たちもその視線の先を見ると、2階で夫婦水入らずにしておいたスピネルが降りてきたところだった。足元にはウッディの姿もあった。


「ウッディさん、もう奥さんとのお話はいいんですか?」

「ああ……時間はもう、いくらでもあるからな」

「ってことはいよいよ、審判の時ね」


 審判? 物々しい言い回しに私は聞き返す。


「さっきも言ったけど、あんたがここで暮らすのを良しとするかどうかは、私らは口を挟むつもりはないの。決めるのはウッディさんと……一緒に住む、家族。この意味わかる?」

「む……?」


 家族、つまり、レアとスピネルのことだろう。だが2人は私のことを受け容れてくれている、今更どうこういうことではなかろう。


 そう思っていた。だが、スピネルの様子を見て、気付く。


「シャイちゃん。あなたのこと、ウッディから聞かせてもらったよ」


 スピネルはまじまじと、観察するような目を私に向けていた。


「スピネル、お主まさか……」

「うん。シャイちゃんが魔王だった、って話ね」


 私は勇者たちに振り返る。その反応を見越していたのか、彼らはすぐ答えた。


「ウッディさんが決めたんだ。シャイちゃんが魔王だって、奥さんにも教える。その上で決めてもらう……ってね」

「当然の権利よね、一緒に暮らす張本人なんだから」


 言い分はもっとも……仲間の家族の安否を憂う2人なら尚更だ。何よりウッディがそう決めたのならば、私に異論をはさむ余地はない。


 あらためて、私はスピネルと向き合う。


「して……どうする、スピネル」


 見上げる母に問いかける。


 恐怖はあった。拒絶されるのではないか、平穏を、家族を失うのではないか……あの夜、レアの涙と共に抱いたものと同じ恐怖。


 だが。


 あの時にくらべ、今私が抱く恐怖は、ごくごくごくわずかなものだ。


「もちろん、決まってるよ」


 にいっ、っと、スピネルは笑う。そして私に歩み寄ると……勢いよく、抱き上げた。


「シャイちゃんはうちの子だよ! 魔王だろうと悪魔だろうとね!」

「うむ! そう言ってくれると信じていたぞ!」


 私は素性を隠してきたが、これまで私たちが過ごしてきた時間は、けして偽りではない。私たちは今も、これまでも、家族なのだ。


「黙っていて悪かったな、やはり、素直に打ち明けるにはちと抵抗があったのだ」

「いいのいいの、隠し事の1つや2つ、子供は親にするものよ。むしろちょっと安心したよ、捨て子とか、両親と死に分かれたりしたとかじゃないってわかって」


 とその時、


『シャイ、私のことはまだ秘密にしておいてくれ。今は必要のないことだし、さすがに情報が多すぎて混乱させるだろうからな』


 と、当の私の生みの親であるマナミから魔法で語り掛けられる。たしかに、マナミの正体まで話すのは余計かもしれないと思い、素直に従った。


「レア。あんたは知ってたんだってね、シャイちゃんのこと」

「はい、妹ですから」

「あはは、なんだいそれ。とにかく、だ。これからもよろしくね、シャイちゃん」

「うむ!」


 スピネルの笑顔に、私も笑顔で応じる。


 ウッディの帰還に加え、スピネルにも私の本性を受け容れてもらい……レアたち、もとい、私たち家族に、新しい時が流れ始めた。

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