第14話 懐かれし魔王

 ルカの家から戻り、私たちはオリヴィンで働いていた。


「待たせたな、パンとオニオンスープだ」


 スープをこぼさぬよう気を付けながら、トレイをテーブルに置く。ありがとう、と客が礼を言った。フハハ、火傷に気を付けて食べるが良い。


「シャイちゃんもすっかり慣れてきたね」

「なんだかんだしっかり者だもんな」


 スピネル、ルカが私の働きぶりを評価する。私は無条件でいい気になってふふんと鼻を鳴らしたが、「なんだかんだ」とはなんだ、と後で思った。


 時刻は昼下がり、客の数はまばら。ゆったりとしたオリヴィンの午後だった。


「シャイさん、大丈夫ですか? ゆっくりでいいですからね」

「うむ! また料理をぶちまけては申し訳が立たぬのでな」


 心配そうにするレアに笑顔で応じる。実を言うと昨日一度、私は派手に転倒してしまったのだ。なのでそれからは両手で料理を持ち、慎重に運び、両手で客に出すようにしている。ちと子供っぽい仕草な気もするが、背に腹は代えられない。


「まー料理はまた作ればいいんだけどさ、怪我だけはしないでくれよ。膿んだりしたら大変だ」

「そうですよシャイさん、気を付けてくださいね」

「むう、それはたしかに」


 ルカの言う通り、怪我をしたり病になったりしたら面倒だ。平穏な暮らしに健康な肉体は欠かせない。元の体ならまだしもこの貧弱な魔女の体だ、迂闊に扱えばすぐにダメになるだろう。


 例の発作はあるが、あれはほんの少し耐えればそれで終わる。問題は命に関わる怪我をしてしまうことだろう。人間は脆く、私には人間の肉体の限界はよくわからない。


 私は魔力こそ膨大なものを持つが、実は治癒魔法が使えない。使えるのは火炎を起こしたり突風を起こしたりといった基礎的な属性魔法、魔力による身体能力の強化、そして転移魔法ぐらいだ。なので実のところ、人間として生活を送る上で、私の魔法はあまり役に立たない(魔力が強すぎてちょっとだけ火を起こすとかも難しい、出力の調整も下手だ)。


 なんとか転移魔法だけは習って使えるようになったのだが、今にして思えばもっと多彩な魔法を習っておいてもよかった。


「我が体の不器用さは、いかんともしがたいな」


 私はため息をついた。


 厄介なのは、元の私と今の体の体格差だ。スケールも違えば手足のバランス、指の太さ・長さに至るまでまったく異なるこの魔女の体では、動きの感覚がまるで違う。なのでたとえば、遠くのものを取ろうと手を伸ばしたが届かない、とか、体のバランスをうまく取れずよろけてしまう、といったことが頻発している。


 そもそも私はまだこの体になってわずか2日。早々にどうにかなるものでもないだろう、ゆっくりと慣れていくしかない。


 まあ元の体とてせいぜい1年程度の付き合いなのだ、こちらにもすぐに慣れるだろう。


「だが、この村には医者がいるのだろう?」

「もちろんいるよ、一軒だけだけどね。村の隅にコランドさんってとこが……」


 と、その時。


「こんにちはー!」

「おじゃまします」


 オリヴィンのドアが開かれ、新たな客がやってきた。


「むっ、よくぞ参った! お好きな席に座るが良い」


 すぐに接客に入る、手慣れたものだ。


 入って来たのはずいぶん小さな客だった。ちょうどレアと同じくらいの背丈の2人組の少女、パッと見で思ったのは、両者が同じ顔をしている、ということだ。赤と青で色違いの石があしらわれた髪飾りがなければ、まるで見分けがつかなかっただろう。双子というやつだ。


「むっ誰だお前!? なんかカッコイイな!」

「きれいな髪~、お人形さんみたい」


 だが言動は対照的だ。荒い口調で声が大きいのが青い石をつけた方、穏やかな振る舞いでゆっくり喋るのが赤い石をつけた方。


「私か? 我が名はシャイ! 先日よりこのオリヴィンで働いておる、以後お見知り置いておけ!」

「おお~! なんかカッコイイ!」

「わあ~、声もきれい」

「フハハハハ!」


 勢いのまま挨拶していると。


「いらっしゃいませサフィ、ルビィ。2人だけですか?」


 レアが近づいてきた。


「うん! レア、あそぼ! お外行こ!」

「この時間ならレアちゃんも大丈夫でしょ~?」

「そうですね。でもまだお客さんがいるので」


 え~、という落胆の声は双子で重なった。


「レア、こ奴らは?」

「私のお友達です。青い髪飾りの方がサフラン、赤い髪飾りがベルベット。それぞれサフィ、ルビィって愛称で呼ばれています」

「サフィだぞ、よろしくー!」

「ルビィだよ、よろしくね~」


 双子がそれぞれ挨拶をする。元気のいいサフィに淑やかなルビィ。


「双子のわりにはあまり似ておらぬな?」

「2人にはお兄さんとお姉さんがいるんですけど、両親が忙しいことが多くてサフィはお兄さん、ルビィはお姉さんが主に面倒を見てたら、それぞれに似ちゃったみたいなんです」

「うん! それにサフィはルビィのおに、じゃないお姉ちゃんだし!」

「ルビィはサフィの妹だもんね~」


 サフィは腕を振り上げたりして元気よく、ルビィは動きも少なく静かだ。だが、笑った顔はそっくりだった。


「2人は村では珍しいレアと同い年だからな、よく遊んでるんだよ。それとな、この2人の両親っていうのが、さっき話に出てた医者なんだ」


 と、ルカが補足した。


「でさでさレア! いつなら遊べるの?」

「遊ぼうよ~」

「まだダメです。お客さんが帰った後も、掃除とか色々あるんですから」

「え~」

「え~」

「えーじゃないです」


 なるほどレアと双子は打ち解けている、思えばこうして同年代と話すレアを見るのは初めてだ。なんだか私への態度とあまり変わらない気もするが。


「いいよいいよ、店は私たちに任せて遊んでおいで。せっかくだしシャイちゃんも一緒に仲良くなってきなよ」


 スピネルが助け船を出す。やったー、と双子の声が重なった。


「よいのか? 私まで」

「大丈夫大丈夫、シャイちゃんは手伝ってくれてるだけなんだし。子供は遊ぶのも仕事だよ」

「むぅ、私は子供のつもりはないのだがな」


 私がそう言うと、スピネルとルカ、レアが笑った。なぜレアまで笑うのだ。


「よっしゃー! シャイちゃんも一緒! シャイちゃんも一緒!」

「うれしいな~、シャイちゃん、かくれんぼ好き~?」


 双子は大喜びだった。レアと遊べて嬉しいのは分かるが、なぜか私と一緒というところにも喜んでいる。


「なんだ2人とも、もうシャイが気に入ったのか?」

「うん! だってなんかカッコイイから! 話し方とか立ち方とか!」

「カッコイイのに、髪も目もきれいでステキ~、マイカさんにも見せてあげたい」

「む、マイカを知っておるのか?」

「もちろん! きれいでかわいくて、ルビィの憧れなの~」

「ふむ、わかるぞわかるぞ。マイカのオシャレにかける情熱、そして技術は目を見張るものがある」

「サフィはねサフィはね、ルカが好き! だってなんかカッコイイから!」

「よせよ、照れるな」


 相手が子供というところもあり、私たちは難なく打ち解ける。がぜんにぎやかになるオリヴィン店内だった。


 が。


「……むー」


 なぜかレアは微妙な顔で、私を見ていた。


「どうしたレア、妙な顔をして」

「別に、なんでもありません」

「ねーねー早く行こ! 夕方になったら外出れないよー」

「早く、早く~」

「ああわかった」


 双子にせっつかれ、私たちは外へと遊びに行くのだった。






 そしてその先で。


 私たちの平穏は、脅かされる。

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