【完結】魔王をやめさせられたので、村娘になってスローライフを送ります
ユウノ
第1話 反乱されし魔王
「魔王をやめろ、だと?」
側近に言われた言葉を、今一度私は繰り返す。黒装束の側近はニヤリと笑った。
魔王城玉座の間、私の巨体を収めて余りある広い空間が、今は大小さまざまな魔族で満ちている。側近が連れてきた者どもだ。
「ええ、シャイターン様。あなたには魔王の座を辞していただきます。ここにいる全ての者たちも同意見ですよ」
造反か。この頃魔王城の中に妙な気配がすると思ったが……
「あなたは確かに強い、屈強な肉体に莫大な魔力を併せ持つ……だがそれだけだ。魔族を率い、世を統べるような器ではない!」
私を前にして、側近は黒装束の奥から演説を始める。
「我らが魔王軍は人間どもとの戦争の渦中というのに、あなたは今まで何をしてきた? 力があるというだけで魔王の座に居座り、その玉座でただただ惰眠を貪っていただけではないか!」
両手を広げ、居並ぶ魔族たちに私の無能をアピールする側近。
「魔族の未来のためにも、力だけの愚物にはここでご退場願おう」
私を指さし、側近はそうのたまった。
その言葉を聞いた私の口から、くくっ、と低い笑いが漏れる。
「して、どうする気だ? お前が言った通りだ、私は強い。貴様ら程度が束になろうと足元にも及ばんほどにな……!」
私は玉座から立ち上がった。私の体躯は人と似た形をしているが、人とは比べ物にならないほどの巨体。さらに黒色の皮膚は鋼鉄のように硬く、またあらゆる魔法に対する耐性を持つ。腕を振るえば山を砕き、駆けた時には嵐を呼ぶ。ひとたび魔力を解き放てば、島ひとつゆうに塵と消える。
側近が引きつれる反逆勢力は数千はいるようだが、そのほとんどがただ立ち上がっただけの私にすくみ上るのが見て取れた。
「私は強いゆえに魔王。私が名乗ったのではない、貴様らが恐れ、崇め、そう呼んだのだ。忘れたか、私の力を……!」
魔力の一部を解放する。それだけで魔王城が唸りを上げて揺れ始め、反逆勢力の一部がバタバタと気絶する。
「今ならば許してやらんこともない。死にたくなければ、ただちにここから去るが良い」
反逆者どもにチャンスを与えてやる。私がその気になれば、一切の比喩もなく、瞬きの間にこの場を血の海に変えることができるのだ。
が、私を前にして、側近はなおも笑っていた。
「心得ておりますとも、魔王様の強さのほどは。しかし私は小賢しいものでして……貴様を無力化する術があるから、こうして反旗を翻したのよ!」
側近は高らかに宣言すると、その全身を覆っていた黒装束を脱ぎ捨てた。側近の――『魔女』と呼ばれる少女の姿が露わになる。
我が魔王軍において、私に次ぐ地位にある魔女は、私にも匹敵しうるほどの魔力とそれを十二分に生かす魔術の才を持ち、そして私を含む魔族の誰をも凌ぐ邪悪な心を持った存在。だがその体は実はただの人間、それも15歳程度の少女に過ぎないのだ。金色の髪、細い手足、やや幼げな顔立ち、そのいずれも魔族とはかけ離れている。
生まれつき、私にも劣らないほどの莫大な魔力と、人間の大人をも凌ぐ天才的な頭脳を持ったこの女は、人間から危険視され迫害され続けた。ゆえに若くして人を見限って滅ぼす側に回り、魔界へ至ると、その能力と邪悪な本性を遺憾なく発揮して、ついには魔王の側近にまで上り詰めた。
人間を憎む魔女は人間たる己の体を呪う。また魔王軍の重鎮にしてはあまりにも可憐なその容姿を晒すことを嫌い、常に黒装束で体を隠しているのだ。
「どうした魔女よ、お前が嫌う自らの体をさらすとは珍しい。いつ見てもか弱い体だな」
私は魔女の小さな体を見下ろして笑った。私と魔女には竜とアリほどもの体格差がある、私の屈強な体と魔女の柔肌とでも天と地ほどもの差があるのだ。
だが魔女はなおも不敵に笑っていた。そしてその少女の体に似つかわしくない、異質な魔力が渦巻き始める。
「この魔法は遮蔽物がない方がやりやすいのよ……それにもう、この体に悩む必要はないのだからね。私はこの貧弱な人間の体を捨てて……魔王になるのよ!」
なに? と私が聞き返す前に魔女が魔法を放った。溢れんばかりの魔導文字が宙を舞い、魔女の手ぶりに合わせて動き出す。
魔導文字たちは列をなすと、帯のようにして私の体に巻き付いていった。
「フン、私の力を封印でもするつもりか? 私の魔法耐性は知っているだろう」
私は特に抵抗もなかった。私の体は強靭なだけでなく魔法にも耐性があり、たとえ封印師が何千人で術式をかけても難なく弾き飛ばしてしまうからだ。
だがその時ばかりは違った。
「もちろん知ってるわ、その体は強すぎる……でも、魂はどうかしら?」
魔女が不敵に笑う。その顔が光に塗りつぶされていく。
まばゆい光が辺りを覆い、私の意識は一瞬途絶えた。
目を開いた時、私の前に広がる光景はそれまでとはまったく違うものだった。
つい寸前までは魔女並びに反逆勢力を見下ろしていた私。だが今、私の目に飛び込んでくるのは巨大な足……恐る恐る見上げると、そこには他ならぬ『私』が立っていて、私を見下ろしていた。
慌てて振り返ると数千もの魔物たち。下を見れば薄いローブに身を包んだ少女の体……信じられない、という気持ちを抱きつつも、私はすぐに何が起こったのかを悟った。
「これは……! まさか、精神を入れ替えたというのか!?」
喉から出るのも高く細い声、『地獄の響き』とも称された私のそれとはまるで違う。そしてその『地獄の響き』は私の頭上から降り注いだ。
「ご名答……さすがは魔王様、察しがよくて何より。いや、今や『元』魔王か」
私が見上げる遥か上で魔王が笑っている。その中にいる精神は魔女。私と魔女の精神が、魔女の魔法により入れ替えられているのだ。
「いかが、私が研究に研究を重ね開発した
魔王の体を手に入れた魔女が不敵に笑う。私にはどうすることもできず、その顔を睨みつけるくらいしかできなかった。
「さて、では改めて元魔王シャイターン。魔族の未来のために、貴様には退場してもらうぞ」
魔王がそう言うと周囲から膨大な殺気が押し寄せる、魔女が引き連れていた数千の魔族どもだ。
私は考える。魔力は魂のエネルギーのためこの体になっても失われていない、魔族たちを蹴散らすくらいわけはない。
だが……正面には、他ならぬ最強の魔王がいる。
どうやら私の敗けらしい。だが死ぬのは御免だ。魔力が失われていないのを幸いに……私は転移魔法を起動した。
「お前の勝ちだ魔女よ、その体、魔王の座、くれてやる。だが私とてむざむざ殺されはせん、敗走といかせてもらおう」
転移魔法、離れた場所へ瞬時に移動する魔法でこの場を脱する。私の体を魔力が包み込んでいく。
だが元魔女たる魔王はそれをただ見逃しはしなかった。
「よかろう、それくらいは許してやる。だがまた来られては厄介だ、どうせならうんと遠くへ消えてしまうがいい! 二度と戻ってこれないような、誰とも知れぬような辺境へな!」
魔王が短く呪文を唱えると、私を包む魔力の一部が奴の魔力に上書きされてしまった。
だがもはや止めることはできない、私は転移魔法に身を任せ、魔王城から敗走した。
頬を撫でる感触に気付き、気を失っていた私は目を覚ました。
どうやら無理矢理転移魔法に干渉された影響で負荷が生じ、気を失っていたらしい。
「む……ここは……」
私は身を起こし周囲を確認した。
そこは花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥や蝶などがのんびりと舞っている。私を起こしたのは風になびく草花だ。遠くには小川などせせらぎ、空にはまばらな雲と透き通るような青空、ぽかぽかとした陽光が私を包み込む。
魔王城のあった殺伐たる魔界とはまるで違う平穏な風景が見渡す限り広がっていた。
私は小さな手足で軽い体を使いのそりと立ち上がる。そしてどこまでも牧歌的な風景を見つめながら――笑った。
「ククク……フハハハハ! フハハハハハハハハハハハハーーーーーーッ!!」
広大な自然を満喫するかのように高らかに私は笑った。悔しさのあまり狂ったわけではない、本当に愉快だから笑ったのだ。
実を言うと、私は魔王という立場に飽き飽きしていた。やめたがっていたのだ。
ただ強いがゆえに魔王に担ぎ上げられたが、日夜選ばず魔王の座を狙う魔族に襲われ、配下の血なまぐさい魔物どもを管理せねばならず、挙句の果てにはるか昔に魔族が始めた人間との戦争の指揮など……やってられない。
私が求めていたのは、平穏だった。ただ安らかに寝て、朗らかに食べ、ほどよく働き、また安らかに眠る……そんな平穏を、私は幾度夢見たことか。だがあんなバカでかくて強すぎる体を持ち、そして血で血を洗う魔界ではそんな願いが叶うはずもなく、半ばあきらめ、日々をただひたすら瞑想して過ごしていた。
だが今はどうだ。莫大な魔力を持つとはいえ体はただの少女、場所は二度と魔界に行けないほどの辺境の田舎。草木そよぎ、小鳥歌い、緑萌ゆる、まさに平穏そのものの場所!
期せずして、私の積年の願いは叶ったのだ!
「フッハハハ、感謝するぞ魔女よ。私は魔王をやめ、この辺境でゆうゆうと平穏な生活を送ってみせる! フハハハ、ハーハッハッハーッ!」
私の高笑いは、これから始まる日々を誇る勝鬨のように、野原に響くのだった。
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