第三話 "カエルの箱憑き"

 

 鴉羽はようやく裏門に到着した。時計は20時を過ぎようとしていた。


 (何だこれは……)


 裏門を出るとそこには山があり、木々に囲まれた急な坂道が僅かな街灯に照らされていた。この先学生寮と言う看板も立っているが、視界に入る距離にはなかった。


 (先生敢えて黙ってたな……)


 鴉羽は裏門から先の様子を教えてくれなかった山野先生を少し恨んだ。まあ、教えて貰っていたとしてもどうにもならなかった訳だが。


 「あれ 鴉羽くん?」


 声に振り替えるとそこには星乃が居た。


 「星乃さん。どうしてここに?」


 「部活が終わって帰る途中だったのだけど、もしかして鴉羽くんも学生寮へ?」


 鴉羽くんも? と言うことはどうやら星乃は寮生なようだ。


 「ああ、今日から世話に」


 「そっか、だったら折角だし一緒に帰ろっか」


 2人は学生寮に向かい、坂道を上り始めた。


 「それにしても、改めて凄い学校だね」


 「そうでしょ! 私も入学した当時はびっくりしちゃった。ちなみにだけど寮も結構凄いよ。高級ホテルみたいだよ」


 (寮も凄いのか……)

 

 学校のスケールの大きさに鴉羽は少し目眩がした。小さな村で育った鴉羽には信じられないことだった。


 「そう言えば部活ってこんなに遅くまでやってるんだな?」


 裏門に到着した頃には、殆どの人が下校したのか閑散としていたので少し疑問だった。


 「部活自体はもっと早くに終わってたんだけどね。あ、私水泳部に入ってて、副部長をやっているの。今度ある大会に向けて部長と打ち合わせをしていたらこんな時間になっちゃって」


 ー なるほど。学級委員長だけで無く部活の副部長まで務めているのか


 「その… 星乃さんのことをよく知らないのに聞いて良いものか分からないけど…無理とかしてないか? 」


 「心配してくれた? ありがとう。でも大丈夫だよ」


 星乃は優しく笑って答えたが、顔には僅かに疲れが見えた。

 

 (笑顔ではいるが、流石に色々大変みたいだな)


 鴉羽が考えていると、突然女の子の悲鳴のようなものが右手の木々の間から聞こえて来た。聴こえて来た瞬間、星乃は顔色を変えて、音の方向へ走って行ってしまった。


 「ちょっ! 星乃さん! 」


 鴉羽は慌てて追いかける。近づくにつれ、段々と声が鮮明に聞こえて来る。


 「うえええええん お母さああああん」


 そこには泣きじゃくる5歳くらいの女の子が居た。星乃はすぐさま駆け寄り、「どうしたの?」と優しく女の子に聞いた。


 「お母さんが化け物に連れていかれちゃったよお」


 女の子は泣きながら答えた。星乃の顔が曇る。

  

 「どっちに行ったか分かるかな?」


 星乃の問いに女の子が震えながらもその方向を指差した。そちらを見ると周りに薄っすら霧のようなものがかかっていることに気がついた。


 (まさか!?)


 鴉羽は朝、バスで襲われた時に白い霧がかかっていたことを思い出した。恐らくあの時の箱憑きの仕業だ。

 

 「鴉羽くん、お願い。この子を連れて安全な場所に避難して。私がこの子のお母さんを…」


 全て言い切る前に星乃は立ち上がり、霧の方へ走って行ってしまった。


 「星乃さん! 」


 鴉羽が慌てて止めようとしたが、星乃は既に霧で見えなくなっていた。

 

 (まずい 早く追いかけなくては!)


 しかし、この女の子を置いてはいけない。鴉羽は焦る気持ちを落ち着ける為、深呼吸をした。


 (冷静に、冷静に。まずは女の子を安全な場所へ)

 

 鴉羽は迅速に行動を始めた。




     ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 

 (はあ、はあ あの子のお母さんは何処!)

 

 星乃は息を切らしながらも霧の中を走っていると、突然霧のひらけた場所に出た。

 

 (ここは?)


 星乃は辺りを見回し、背筋が凍りついた。そこにはいくつかの白骨化した遺体があったのだ。恐怖で震える体を無理やり抑えつけ女の子の母親を探した。すると木の裏に糸のようなもので巻かれ、ぐったりと倒れた女性の姿があった。

 

 「大丈夫ですか! 」


 駆けつけると、僅かながらに呼吸をしているが確認出来た。


 (このままだと危険。急いで助けないと)

 

 まずは身体に巻きついている糸を解こうと手を伸ばしたその時、背後からゲコっと言う声がした。振り返ると、そこには5メートル程の大きさで目が血走り、腕が筋肉なのか異常に膨らんだカエルの姿をした化け物が立っていたのだった。

 

 「カエルの箱憑き……」


 星乃はすぐさまカエルから距離をとった。しかしカエルはこちらなど気にも留めないで、倒れた女性に近づいていく。


 「させない!」


 星乃は左腕を前に突き出し手を開いた。意識を手に集中させると、手のひらの前の空間に透き通った白い箱が形成された。星乃がその箱を強く握ると箱は砕け散り、砕けた破片が形を作り始めた。そしてそれは水色の弓へと変形したのであった。

  

 そう、星乃は箱人の1人だった。


 先程まで無関心であったカエルも違和感を感じたのか星乃の方を振り返り、睨みつけた。

 

 (この箱憑きを倒して、あの人を助けなくては!)


 星乃はカエルに向けて弓を構えるのだった。

 

 

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