第一話 そして転校して来た 1

 目の前が赤く燃えている。

 悲鳴が聞こえてくる。

 そこはまるで地獄の様だった…






「・・羽くん ・・・鴉羽くん・・」


 いつの間にか眠っていたらしい。後ろの席の女の子がこっそり声を掛けてくれていた。


「もう・・授業中だから起きてないと駄目だよ?」


 見ると黒板の前では先生が歴史の授業を行っていた。幸いにも寝ていた事には気づかれなかったようだ。



 「ちなみにボクスと言うのは、元はボックスという英語で箱と言う意味の言葉を由来としているそうだ。」


 どうやらボクス帝国の歴史について授業していたらしい。


 「英語ねー。聞いたことある?」

 「いやまったく」

 「何でも昔は英語以外にも何千と言語があったらしいよ」

 「そんな世界に生まれなくてよかったわー」

 「今は全て日本語で伝わるもんな」

 「それを可能にしたのは昔この地にあった日本って国の箱人の力だって噂よ」

 「マジかよ!箱は何でもアリか!?」


 先生の言葉を受け、生徒達が各々話していると授業終了のチャイムが鳴った。


 「それじゃあ今日の授業はここまでにしようか。星乃、号令を頼む」


 「はい。起立、気をつけ、礼」


 慣れた口振りで後ろの席に座っていた女の子が号令を掛け、最後の授業が終了した。




 「やれやれ、転校初日から大遅刻した上に授業中に居眠りとは大した転校生ね」


 授業が終わったのも束の間、隣に座っていた眼鏡の女の子がやや呆れ気味に言ってきた。


 「えっと、君は…」


 「瑞樹ちゃん!自己紹介も無しに、初対面でそれは流石に酷いんじゃない?」


 戸惑っていると、後ろに座る女の子が再びフォローを入れてくれた。確か先生から星乃と呼ばれていた女の子だ。


 「いきなりごめんね。私は星乃優希ほしのゆうき。一応このクラスの学級委員長をしているの。これからよろしくね!そしてこっちは、幼馴染の笹原瑞樹ささはらみずきちゃん」


 「ま、よろしく」


 笑顔で明るく言った星乃に対し、笹原は素っ気なく言う。


 「こちらこそ。俺は鴉羽光太からすばこうた。転校して来て早々に無様な姿を見せてしまって本当に申し訳なかった。」


 鴉羽は自己紹介と共に、授業中に気が緩んで寝ていたことを謝罪した。


 「気にしないでいいよ。鴉羽くんは何かトラブルに巻き込まれて遅刻してるって、先生言ってたから。」


 どうやら先生のお陰で鴉羽は無断で遅刻して来た転校生という扱いには一応なっていないようだった。


 「で、実際何があったの?」


 「ああ、どうやら俺が乗っていたバスが"箱憑きハコツキ"に襲われたみたいなんだ。」


 2人はとても驚いた顔をした。


 「襲われたって大丈夫だったの!?」


 「なんとかね。バスに一回ぶつかっただけで、幸いにも怪我人はいなかった。ただその後、箱憑きの力なのか、バスが白い霧に包まれたせいで、帝国の騎士が助けに来るまで身動きが取れなかったんだ」


 「はぁー あんた本当に運が良かったね。最近この近辺で箱憑きの事件が頻発してて犠牲者も出ているんだから」


 「本当に無事で良かった…」


 安堵の表情を浮かべる笹原に対して、星乃は少し思い詰めた顔をしている。


 「それで箱憑きはどうなったの?」


 「残念ながら騎士が駆けつけた時には、既に姿はなかった」


 「そっか…」


 星乃はやはり険しい顔をした。どうしたのか聞こうと思った矢先、


 「星乃先輩、部活置いていきますよー」


 と教室の外から声がした。


 「あ!私そろそろ部活に行かないと。最近本当に事件が多くて危ないから、鴉羽くんも瑞樹ちゃんも気をつけて帰ってね」


 星乃は教科書等を鞄にまとめて、立ち上がり、「2人ともまた明日ね」と言って教室を出た。その笑顔はぎこちなく感じた。


 「星乃さん様子変じゃなかった?」


 鴉羽は思わず、笹原に訊ねた。


 「優希ね、箱憑きにトラウマがあるの。だから最近の事件でちょっと参ってるみたいなの」


 「そうだったのか…すまない、気軽に話すべきじゃなかった」


 「別に…最初に聞いたのはこっちだから謝る必要ないわ」


 棘のある言い方は何処へ行ったのか笹原は優しく言った。


 「居眠りしてたから、いい加減な奴かと思ったけど違うみたいね」


 笹原がボソッと言う。


 「え…」


 「それじゃあ私はそろそろ帰るね。事件のこともそうだけど、優希は学級委員長とかも大変なんだから、席が近い者同士あんたも力になってね。」


 「ああ、勿論だ」


 「よかった。それじゃあまた明日」


 「また明日」


笹原は手を雑に振って教室を出ていった。




 (箱憑きにトラウマか……)


 近年、パンドラ帝国では箱の事件が至る所で起きている。被害状況によっては死者も出ているほどだ。星乃も何かしらの事件に巻き込まれた可能性は高い。


 そもそも箱の事件が起き始めたのは10年前の "アリの箱憑き出現"がきっかけだ。パンドラ帝国の都市、アメリカのとある町に、地中から10メートル程の巨大な化け物が現れたのだ。

 

 その姿は虫のアリにとても似ていた。アリの化け物は非常に凶暴で破壊の限りを尽くし、犠牲になった人も少なくなかった。

 

 この現状に帝国の騎士達はすぐさま救援に向かったが到着した時には、アリの化け物は既に倒された後だった。

 

 化け物を止めたのはその町に住む1人の青年で、箱の力を使い、アリの化け物を倒したのだ。


 この事実に騎士達は驚愕した。

 

 何故なら箱は本来、女神から授かったパンドラ帝国の王族と騎士しか持っていない力だったからだ。先祖代々、箱は次代の王や次代の騎士達に受け継がれており、流出したという記録は一切ない。女神に授かった訳でもなく、騎士の家系でもない彼が、いきなり箱を手に入れたのは異常事態であった。


 そしてもう一つ驚くべきことがあった。

 

 倒されたアリの化け物を解剖した結果、身体の中から箱が出てきたのだ。化け物の出現は最初、悪魔の侵攻が再び始まったものだと思われていた。何故なら人間以外の動物が箱を宿したという事例は過去に一度もなかったからだ。実際にはアリが箱の力を宿し、化け物へと変化したのだった。この化け物は、悪魔とは違う生命体であること、体内から箱が見つかったことから、"箱憑き" と呼ばれた。


 この事件を皮切りに、各地で新たな箱人や箱憑きが誕生するようになり、箱を手にした人間の中には悪事に手を染める者が現れ、箱憑きは様々な被害を出し始めたのだった。



 そして鴉羽もまた新たに箱を手にした箱人の一人だった。

 

 (笹原さんに力になると約束したし、次に箱憑きが現れた時は、俺が……)


 「おいおい、転校初日にクラス1、2を争う可愛さの星乃と笹原と仲良くなるとはイケメンはやっぱ違うねえ」


 鴉羽が声に振り返ると見覚えのある、少しいい加減な感じの男が立っていた。


 「で、どっちの方が好みなんだ?考えてたんだろ?」


 (誰だ?こいつは……)

 

 鴉羽はその男の馴れ馴れしい様子に若干の苛立ちを覚えた。


 「冗談だって、睨むなよ! 一緒に箱憑きに襲われて遅刻した仲だろ」


 「そういえば……」

 

 バスが箱憑きに襲われた時、車内でやたら騒いでいた奴だった。


 (同じ制服だとは思ったが、まさか同じクラスの奴だったとは…)


 「あん時は、騎士の事情聴取のせいで話せなかったし、学校に着いたのもばらばらだったからな。俺は、前田涼まえだりょう。遅刻した者同士これから仲良くやろうぜ」


 「ああ、鴉羽光太だ。これからよろしく」


 「それで参考までにあの2人だったらどっちが…」


 「しつこいぞ」


 前田は適当な奴だが嫌な奴ではとりあえず無さそうだ。


 「だから冗談だって。そういえば、鴉羽。先生からの伝言があって職員室に来るようにだとよ」


 本日最後の授業である歴史が始まる直前に学校に到着した為、午前中に先生から転校にあたって諸々受ける筈だった説明を鴉羽はまだ受けていなかった。恐らくはその件だろう。


 「そうか。ありがとう」


 鴉羽はそう言って鞄に荷物をまとめ教室を出ようとした。しかし、何故か前田もついて来る。


 「どうした?」


 「いや、職員室の場所多分わかんねえだろうなと思ってついて来た。」


 その通りだった。


 「すまん、案内を頼む」


 そして2人は職員室に向かったのだった。















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