築‐参

 真砂吾と惣五郎兄弟がもめた次の日、祖父は家にやってきた真砂吾に何故あんなことになったのか静かに聞いた。屋敷で広い座敷に並んで座る築と真砂吾は同時に身体を固くした。


 彼女はむっとした顔で振り向いたが、築は何も言っていない。昨日の夜、色々と祖父から聞かれると思ったのだが、彼は何も言わなかった。


 いつもよりも少し帰りの遅かった息子に心配した目を向けた母も、やはり何も言わなかった。


 自分は何も言っていない、何もしていない、……何も出来ない。連鎖的にいくつもの否定が頭に浮かび、築の心は妙に痛んだ。




「真砂吾、質問しているのは私だ。築をにらむのをやめろ」




 辰巳は静かに言った。




「……」




「返事は」




「……はい、おじいさま」




 祖父が築に後ろに行くように指示した。築は立たないまま、ずるずると大人しく真砂吾よりも後ろに下がる。それを確認した後、祖父は真砂吾に視線を戻し、「話せ」と言った。


 彼女は昨日の顛末をはじめから語り始めた。




 昨日、喜代と家に帰ろうとして玄関先まできたとき、勢いよく外に出る兄弟を見たこと。心配になって追いかけたら山に行こうとしていたこと。追い抜かして二人に帰るよう言ったこと。


 だいたい築の考えた通りだ。そんなに難しい話ではない。けれど、たどたどしく、そのことを言葉に紡ぐ中、彼女はずっと下を向いていた。後ろにいる築には彼女の頭しか見えない。


 それについて祖父は何も言うことはなかった。けれど、その顔はやはりどこか厳しいものだった。




「それで、あんな言い争いになったわけか」




 そうです、と返す真砂吾の声は小さい。


 何やら考えるように祖父の眉がよった。そして、




「真砂吾、村長とは何だと思う」




「え?」




 唐突な言葉に真砂吾の顔が上がる。




「ほかの国のことは知らないが、この国の村長とはただ皆の上に立つだけのものではない。皆を守るためにも存在するのだ」




「それは、知ってます。だからおれは」




「おれと言うのをやめろ」




 真砂吾の反論に祖父は静かに首を振った。




「お前がお前なりに頑張っていることは知っている。けれどな、それが上手くいっていないこともまた、私は知っているのだ」




 やめろ、築は心で思った。だが同時に、それは確かに真砂吾に伝えなければいけないと言うことをわかっていた。


 真砂吾の小さな背が堅くなっている。自分にはそれを解くことは出来ない。そう、今も自分には何も出来ないのだ。彼女のために、何も。




「真砂吾、お前は村長にはなれない」




 そう、何も。




「女だから、それもあるが、まずお前は村長に向いていない」




 祖父はそこで言葉を切った。真砂吾の背中はまだ堅い。




「今日はもう、何もしなくていい」




 ため息。静まる空間にただそれがそよいだ。








「真砂吾」




 築の声に彼女は振り向かない。先ほどから何度呼んでも振り返らない。




「どこに行くんだ」




 これにも返答がない。先を行く真砂吾は言葉を発しない。ずっと黙り込んで歩き続けるのみ。


 村のはずれ、昨日の夜惣五郎たちと言い争ったところがもうすぐそこだった。




「真砂吾、どこへ」




「さわるな!」




 しびれを切らして真砂吾の手をつかんだ築はすぐに振り解かれた。


 振り返った彼女の目元が赤い。それを無視して、築はもう一度質問を繰り返した。




「何処へ行くんだ」




「何処だっていいだろう。ついてくんな」




「だけど、」




「だけど、何だ?!おじい様は別におれを見てろなんて言ってないだろ!」 




 真砂吾は目をそらした。築は、ちらりと周りを見た。誰もいない。不思議なほど誰もいない。いや、今、誰かが来る。




「あれ、築?と、…ああ、真砂吾か」




「惣五郎」




 幾人かの少年と連れだって惣五郎がそこにいた。こちらに話しかけた後、彼の表情が固まる。その後ろにいた少年たちも築と真砂吾が連れ立っていることに気付き、口々に騒ぎ立てた。




「築、今からどこに行くんだ」




「いや、俺は」




「お前たち、何を持ってるんだ」




 言葉を言い切る前に真砂吾が一歩踏み出した。




「釜を何に使う気だ!」




 その言葉に少年たちがびくりと固まった。言われてから築も惣五郎が何故か釜を持っていることに気がついた。黒く焦げ付いた釜は古いもののようだ。


 とはいえ、古いというだけでは捨てられない。鉄で出来たそれは穴があくまで使われる運命にある。鉄の産地は山を三個ばかり越えたところにあるため、薬と同じように貴重なものだ。


穴が開いたとしてもそれは捨てられるのではなく行商人に渡され、わずかとはいえ金になる。


 そんなものを持って何処かに行こうとする少年らに真砂吾の表情が変わった。




「もしかして釜で遊ぼうなんて考えているんじゃないだろうな」




「そ、そんなわけ…」




「どもるな!早くそれを返してこい、遊ぶならもっと違うもんで遊べ!」




 真砂吾の言葉に少年たちは顔を見合わせ、眉をひそめた。自分たちが間違っていることはわかっているのだ。しかし、それを真っ正面から叱責されること――しかも、その相手は同じような年頃の少女であまり良い印象を持っていない――など、少年たちの持つ自尊心が傷つけられたのだろう。


 とはいえ、ここで争っても自分たちに勝ち目はないことも悟っていたらしい。真砂吾を莫迦にするような目で一瞬見た後、彼らはぶつぶつ言いながら元来た道へ引き返そうとした。


 そんな彼らの様子に真砂吾は、ふん、と鼻を鳴らし細い腕を組んだ。そんな彼女の様子に築は一言言いたくなったが何も言わないことにした。彼女よりも惣五郎の様子が気にかかったのだ。ほかのものとは違い、彼の表情は自尊心を傷つけられたがためだけのものではなかった。




(爆発する)




 ふと、そんな印象を感じ取った。


 そして、それは間違っていなかった。




「お前、何がしたいんだ?そんなに偉ぶりたいのか、おにの子のくせに」




 いつもの声よりもずっと低い声だった。


 彼を見ていたのに、一瞬誰が言ったかわからなかった。いつの間にか真砂吾に対峙するようにたった惣五郎の表情は、築が見たことのないものだった。




「わかっているのか、お前本当はここにいちゃいけないんだろう。お前がここにいるのはただ、村長様のお情けだろう。何でそんなに偉そうなんだよ、お前」




 絞り出すように出てくる言葉は単純な彼が考えたとは思えないほど怨嘆に満ちていた。




「妹の熱はまだ下がらない、だから、いまから小川の水を取りに行くんだよ。文句あるのか」




 一歩、踏み出す。




「他の奴らは知らない。けど。俺にとっては遊びじゃない、俺は本気だ」




 また、一歩。




「お前に怒られても俺は知らない」




 皆固まっていた。真砂吾が口を開こうとしたのを築は見た。




「どけよ、真砂吾」




 彼女の開いた口からは何も発せられない。わずかにふるえた瞳だったが、それでも気丈にまっすぐとにらみつける惣五郎の目からは放さなかった。


 周囲のものはみな黙り込んだ。何ともいえない沈黙がそこに満ちていた。




(俺にはなんにも出来ない)




 このときほど、自分が余所者だと感じたときはなかった。自分には重ねた時間がない、そいつらに言ってやれることなんてない。


 もとより、話すことは苦手なのだ。苦手というか、口から先に生まれてきたような惣五郎のように言葉を連ねることが出来ないのだ。自分の考えることを少しずつ語ることしか築には出来ない。




 ――彼女を、助けられない。




 否、考えてすぐ、築は自分の中に募る気持ちを否定した。違う、今自分はそんなこと考えていない。




 ――莫迦だなぁ。




 これが一番近いのだろう。自分の抱える気持ち、村長という名の重さ。彼女はきっと何もわかっていない。まるで、一つも。


 彼女は単純だ、自分のやりたいこと、望むことをすぐに得ようとする。今だって、母を支えるために。といって莫迦みたいに男の格好をして、村の子供たちに突っかかってばかりいて。ちょっと考えればわかることだ、そんなことしても何も変わらない。変わらないのに。


 いつもは好ましく思う彼女の全てに、初めて築は毒を吐いた。冷めた目が彼女の姿を捉える。




「……でも、別に、そんな。釜を持ち出すほどじゃないんじゃないのか」




 絞り出すような彼女の声に、ため息すら出なかった。




「多い方がいいに決まっているだろ!」




 莫迦にしたように惣五郎が返す。その言葉に真砂吾は一瞬赤くなった後に息を吸った。何かを言おうとする。


 周りの少年たちも形勢が変わってきたことを悟ったのだろう。こちらに向き直りこそこそと何か話し合っている。それに気付いたのか、気付いていないのか、真砂吾の耳は更に赤くなった。高いところで一つに結んだ髪が小さく揺れる。




「……別に多く持っていたって変わんないに決まってんだろう!」




 ようやく彼女が、発した言葉にみんな黙り込んだ。発した本人は自分の言葉の意味が分かっていないようだった。




 惣五郎の顔色が冷めた、無言で一歩踏み出す。




「変わらないってなんだよ、どういうことだよ」




 真砂吾は一瞬怪訝な顔をする、怒る相手が自分の言葉をどう解釈したのかわかっていないようだ。惣五郎はさらに近づく、止まらない。どうなる、身構えた。何が自分に出来る。




「美里が死ぬって、言いたいのかよ?!」




「違、そうじゃ、なくて!」




 惣五郎の言葉に初めて真砂吾の顔が青ざめる、けれど、彼は止まらない。




「ふざけるな!」




 降りかぶる手を見た時、勝手に体が動いた。


 音はしなかった。降り切る前に、それを阻むものがあったからだ。




「惣五郎、やめろ」




「築……、邪魔するな!」




 真砂吾の前に回り込み、左手で惣五郎の手を阻んだ。惣五郎は思ったよりも近いところにいた築に驚いたように目を見張った。


 築の後ろでは真砂吾が軽く目を閉じ、体を堅くして来るべき衝撃に備えていたが、自らを押し退けるように守った少年の体に押され不意打ちに後ろに二、三歩後ずさった。




「何で、築、」




「惣五郎、真砂吾のことはほおって釜で小川の水をくんできたらいい」




「いいのか?!」




「ああ、いいだろう。きっと、じい様もいいっていうと思うし」




「そうか、じゃあ」




 築の言葉に惣五郎はすぐに嬉しそうな顔をした。拍子抜けするくらい簡単に機嫌の直った彼に、築はほっとした。惣五郎の後ろにいた少年たちも築の言葉に反応し、すぐに気を取り直したようだった。彼らは歩を進めようとした、が。




「築、何でそんな勝手なこと!」




 彼女が後ろから築の肩をつかんだ。――勝手なことを?誰が?何を?振り返った先にみた彼女の顔に築の何かが弾けた。




「お前こそ、何を聞いていたんだ。じい様の言っていたことが本当に何もわかっていないのか」




 彼女の手を振り払うように向き直る。一歩踏み出す。余りに近い距離に彼女はおびえるように後ずさる。逃がさない、更に近づく。




「村長にお前は絶対になれない。俺がいるからだ。それ以前にお前に村長は無理だ。お前は何もわかっていない」




 築の異変に彼女は動揺した。いつもは自分の言葉をするすると聞き流す存在が、今、一人の人間であるとようやく思い当たったのか。彼女は信じられない心持ちなのだろう。毅然とした顔を作り直し、彼女は口を開いた。




「何が言いたいかわからない。おれは決まりを守らせるだけだ」




 ――莫迦じゃないのか。




 泣きたくなるほどに、こいつは莫迦なのか。


 いくらでも言いたいことがあった。彼女に自分の考えていることを出来る限り正確にしっかりと伝えればきっと彼女はわかってくれるに違いない。そんなことは一切考えられなかった。単純に、侮蔑的に、今心に浮かんだものだけを彼は口にした。




「だからお前はおにの子といわれるんだ。勝手なことばかり言っているのはお前のほうだ、おにの子め!」




 彼女の顔がさっきよりも激しく凍り付く。


 村長家の二人の異様な雰囲気に、さざめいていた周りの少年たちは顔を見合わせ、口を閉ざす。まだ少しの付き合いしかないが築が短気な性格ではないことに皆知っている。それが、突然しかも恋い慕う真砂吾に対して築が怒りを覚えたのだ。驚く他なかった。


 だが、誰よりも驚いていたのは築かもしれない。真砂吾に向き直り、言葉を吐き、そして、はっとした。




(自分は今なんと言った)




 すぐ前にある真砂吾の顔はうつむいて見えない。


 口を開く、だが言葉が出てこない。


 真砂吾の右手が動いた。反射的にそれを左手で阻む。つかんだ手の細さに驚いた。


 真砂吾が顔を上げる、その眼の端に浮かぶ光るものは何だろう。そう思った築の右頬に痛みが走った。


 真砂吾の左手だった。


 思わず手を放すと彼女は後ろに下がった。




「築の莫迦」




 ぎり、と音が聞こえそうなほど、彼女は唇を噛みしめる。




「死んじゃえ」




 開いた唇から一筋赤いものが垂れた。


 一瞬の沈黙の後、少女は身を翻した。




 ――紅葉散りゆく森への道。




「真砂吾っ」




 築の声に彼女の足は速くなった。もう、歩いてはいない。走ってゆく彼女の背中にその場にいる全員が目を向けていた。


 昼でも暗い森の道。幾ばくもしないうちに彼女の姿は見えなくなる。


 それが、全ての始まりだったのだろう。あとから何度もそう思った。






  ◇◇◇






 どうしたらいいのだろう。


 親しげに鬼に話しかける真砂吾。白い鬼。かすかに見えた横顔は秀麗で、線が細いが、か弱さは無い。唇を噛む。


 一人山道を歩きながら築は苦悩した。鬼のいる桜の樹から離れるときに少し走ったために汗ばんでいたはずなのに、顔色は悪い。


 まさか、鬼が存在するなんて思わなかった。おにの姫の話は築も知っていたが、そんなものただのお話だと思っていた。「掟」をわかりやすくみなに教えるためにあるお話。けれど、実際に鬼はいた。




(でも、あの鬼は男だったよな…)




 美しかったが確かにあれは男だった。それに、




(真砂吾と仲が良いようだった…?)




 正面から無視され続けている自分よりよっぽど仲がいいように見えた。何となく、いや、非常に面白くない。




「…って違う!」




 小声で自分の思考に突っ込んでから築はまた考え始めた。


 村の大人たちに言う。これは駄目だと思う。


 子供の自分にすら聞こえるような形で真砂吾や真砂吾の母の話をするような奴らだ。大勢に言えば言うほど更に真砂吾の印象まで悪くなってしまう。それに、言ったところで彼らには何も出来ない。




(となると)




 じい様しかいない。大人だし、口は固いし、何より村長なのだから、きっと鬼の退治の仕方も知っている。


 退治、そう退治だ。


 真砂吾が鬼と仲がいいといっても相手は地のものなのだ。実際のところ何を考えているかわかったものではない。真砂吾は騙されているのかもしれない。騙されていなかったとしても、地のものに関わっているなんて知られたらきっと今以上に彼女の立場はなくなってしまうだろう。


 じい様に言えば、きっと何とかしてくれる…。


 そう考えて何となく安心して、築は村長の重さをまた思い出した。


 色んな人にただただ尊敬されて、頼られて、それでも自分は誰にも頼れない。


 それはどんなに苦しいことなんだろう。想像もつかない。


 足元にある草を意味もなく強く踏んで更に歩を進める。一歩一歩、確かに、転ばないように。重さ、自分に背負いきれるのだろうか。それでも。




(これを背負うのは俺でいい)




 それで、いいのに。










「じいさま」




 帰ってすぐに、祖父を探した。奥の間で文机に向かっていた祖父は驚いた様子もなしに振りかえる。


 真っすぐに目を合わせられ、一瞬言葉に詰まる。息を吸い、ゆっくりと吐く。手を握った。なんと言ったらいいのだろう?そう思った時、細かく説明するほど自分が事態を把握していないことに気付く。


 だから、単純に事実だけを伝えることにした。




「鬼が出ました」




 祖父の表情は変わらなかった。沈黙が二人の間に満ちる。何か間違った気がする、嘘じゃないのに、嘘にしか聞こえないけど、でも。今更のように後悔する。


 祖父が視線をそらした。文机の上で燃える蝋燭が揺れる―、




「その鬼は、美しかったか?」




「え?あ、はい」




 唐突にそう聞かれ、考える間もなく答えた。美しかった、確かに。遠目で、しかも樹の枝が邪魔で、髪で顔がよく見えなくて、それでも美しいと言えた。


 その返答に祖父は満足したようだった。




「そうか、あいつは、帰ってきたのか」




 え、顔を上げる。今、何と言った。あいつ?帰ってきた?築は聞こうとして、祖父の顔を見て、止まった。


 微笑んでいた。


 心の底から嬉しそうに、かすかに、だが確かに祖父は微笑んでいた。




(初めて見た、気がする……)




 今まで離れて生活していたわけだから、祖父との思い出は少ない。けれど、この少ない日数だけで築にも祖父が簡単に笑うような性格ではないことはわかっていた。




「安心しろ、俺がなんとかする」




 しげしげと見入ってしまった築はその言葉にはっとした。すでに祖父の顔は微笑みを浮かべていなかった。いつも通りの無表情。けれど、さっきは確かにその口元は緩んでいた。


 自分は一人の人間として祖父を見ていたのだろうか。ほかの者と同じようにただ頼りになる「村長」としてしか祖父を見ていなかったのではないだろうか。




「築は真砂吾が好きか」




 祖父の言葉に息を飲んだ。直接真砂吾について言われるのは初めてだった。


 背中を向けたままの祖父に、どうしていいかわからなくなる。




「好きです」




 どう言っていいかわからない。でも、飾らないまま、ただ、これだけが確実な言葉。




「あの子を、大切に思っているんだな」




 笑うような声で、祖父は言った。




「遠い昔に大切な友人がいた。そいつは莫迦で、自分の気持ちがわからなかった。そして、それが悲劇を産んだ。――いや、それが悲劇だったのか、誰にもわからないまま。だが」




 区切った言葉。振り返った祖父は大きいのに、今にも消えそうだった。




「私は、彼らの全てを背負うことにした。責も咎も、――始末も私が負う。だから、安心しろ。お前は自分の気持ちをしっかりと信じていなさい」




 遠くで母が呼ぶ声が聞こえた、夕餉の支度が済んだらしい。祖父はさっさと立ち上がり、気づけば自分を越し、もう部屋から出ていた。




「行くぞ」




 廊下を歩く音はしない。静かに祖父は歩く。今更になって怖くなった。




 ――本当にこれで真砂吾は救われるんだろうか?


 ――彼女が泣かないような、そんな風に全てを終わらせることが出来るのだろうか?




 でも、自分に出来ることはした。確かにしたのだ、それが例え他人頼みだったとしても確かに自分はちゃんと動いた。


 廊下を行く祖父の背が遠い。その背に背負ってきたものは、そして今なお背負うものはどれだけ重いのだろう。自分にはまだ、村長の重みの全てはわかっていない。これから時間をかけてそれをもっともっと知っていくのだろう。


 出来たら。祈らずにはいられない。


 自分の背負う重さは真砂吾には掛からなくていい。自分が全て背負おう。


 そして、出来たらでいい、今のままでは無理だと思う。けれど、願わずには、祈らずにはいられない。


 彼女に、死ぬまでそばに居て欲しい。


 彼女の手を握って行けたら、自分はどんな重さにも耐えられる気がするから、きっと。


 きゅっと。無言で手を握った。


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