BL、ビールと、息子の話。

春菊も追加で

第1話:BL、ビールと、息子の話。

某サイトで開催中のコンテスト「ゆるキュンBLマンガ原作コンテスト2」の応募作品です。

BL要素はあまりありません。また、NL(ノーマル・ラブ)要素ありです。

それでもよろしければ、どうぞ。


全4話予定。最後まで執筆済みです。


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「だぁかぁらぁっ! アンタの作ったコレは割ってないの! むしろ、掛け算してるの! 急性アル中になっちゃうわよ! 由香里ゆかり、アンタ、コレをアタシに飲めっていうわけ!」


 場所は居酒屋。客入りは八割ほど。テーブル席に着いた担当編集者の三石みいしは、アタシの作った芋焼酎のラガービール割りを指差して絶叫した。


「うるさい、拒否は認めん! アンタのミスのせいでアタシは酷い目に遭ったんだ! だから、その償いとしてそれを飲め!」


 そう言って自分のジャッキに少し口を付け、アタシは机に勢いよく突っ伏す。焼き鳥の盛り合わせを載せた皿が、カチャンと音を立てた。


「本当に、……これからアタシはどんな顔して恵一けいいちに会えばいいんだよ」


「あー。タバスコに洗濯バサミにゴムホースと掃除機にバケツ一杯の氷水。……由香里の新作、かなりエグい内容だしねぇ」


 悩みの原因を作った担当編集者は他人事のように、ぼんじりを頬張りながら言う。コイツが間違って、新刊のゲラを仕事場でなく自宅に送ったのが悪いのだ。


「もう嫌だぁ。お仕事バレちゃったし、お家に帰りたくない……。このままここで、ビールの妖精さんになる」




 そう嘆いたものの、いつまでもあの居酒屋に居座るわけにもいかない。数時間後、アタシは自宅の玄関前にいた。


 高校を卒業して働く気もせずプラプラしていたら、商業作家に誘われた。以降、十五年以上もボーイズラブを描いて暮らしている。けれど、その事は中学生になる息子には隠していた。


 プリン頭の元ヤンで、片付けられない汚部屋の住人で、まともに作れる料理はナポリタンとカレーライスくらいだけれど、それでも母親としての尊厳は保ちたい。なのに自身の情欲をぶつけた作品を読まれてしまい、彼の前でどんな態度を取ればいいのか答えが出ない。その迷いがドアノブを握るのを長く躊躇わせた。


 ――ええい、ままよ!


 意を決し、ノブを掴んで力強く捻る。結局、開き直ることにした。


 あの子はアタシがBLで稼いだ金で一人、ここまで育て上げたのだ。あの子が赤ん坊の頃に吸ったアタシの乳は、BLを読んで得たエモとエロスから血となり肉となり生成されたものなのだ。


 あの子はドン引いているかもしれないが、そこに一切の文句は言わせん!




* * * * *




「別にドン引いて何かいないよ。……それよりラーメン、せっかく作ったんだから伸びちゃう前に食べてよね」


 2DKの狭いダイニングでテーブルに着くアタシと、洗い場に立ってフライパンを洗っている息子。そして、卓上で湯気を立てているタンメン。


「どうして――」


「どうしてって……、母さん、飲みに行った帰りはいつも素ラーメン食べてたでしょ。いつも思ってたんだよ、アルコールに脂っこいものに炭水化物って身体によくないなって。だから、野菜も摂れるようにタンメンにした」


「ああ、うん……」


 恵一に促されるまま箸を取り、器に手を付ける。


「美味しい」


「よかった。ありものの野菜を炒めて載せただけのものだから不安だったけど、口に合ったみたいで」


「うん。……いや、そういうことじゃなくてさ。アタシのその……やってる仕事についての話」


 恵一は水分を拭き取ったフライパンを壁のツールフックに吊るし、スポンジをラックに戻す。


「ああ。……母さんは出版業だって誤魔化してたけど、何してるかは薄々気付いてたし、驚きはなかったよ。むしろ、別に隠さなくてもいいのにってずっと思ってた」


 ――かなり以前からバレてたんだ。何だかバツが悪い。


「今日も多分、仕事関係の人と打ち合わせてたんでしょ。仕事に出かける時はいつも楽しそうな顔してるし、母さんが嬉しいなら、どんな仕事をしていても僕は構わない。


 ……いや、逆に安心した。母さんなら僕のこと、受け入れてくれるかもしれないって希望が出てきたから」


 麵を掴む箸を止め、アタシは小首を傾げる。


「安心した?」


 洗い物で濡れた手をタオルで拭き、恵一はこちらを振り向く。


「うん。……母さん、今週の日曜って空いてる? 母さんに会ってもらいたい人がいるんだ」




* * * * *




 初秋の陽光が降り注ぐ休日のベンチ。目を細め、まだ強い日射しを遮る街路樹の緑を見上げていると、足元にゴム毬が転がってきた。その主であろう幼児が駆け寄ってきたので、優しく転がして返してやる。父親らしい人物が遠くで頭を下げたのを見て、そういえば昔、立彦と恵一も同じようにボール遊びをしていて、徹夜明けのアタシがそれを同じこのベンチから眺めてることが何度かあったなと思い出す。彼と別れる直前だから、十年ほど前だろうか。


 左腕を持ち上げて時間を確認する。午前十一時の十分前。恵一からは「合わせたい人を連れて行くから、家の近くの児童公園で待ってて」と言われている。


 中学生が親に合わせたい人がいると言うんだから、多分、恋人だろうな。三日前の台所に立つ後ろ姿、気付けば随分と伸びていた背丈を思い出し、知らぬところで育っていくものなんだなと感慨に浸る。


「どんな娘を連れてくるかねぇ。アタシみたいなのじゃなきゃいいけど」


 あれこれ女の子の類型を思い浮かべながら缶ジュースに口を付けると、


「お待たせ。母さん」


 と声を掛けられた。恵一の声だ。さてさて、どんな娘を連れて来たのかと視線を向けると、――そこには見知った自分の息子と、初めて見る青年が立っていた。


 青年は恵一より少しだけ背が高い。大人びた知的な顔付きから最初、高校生かとも思ったが、恵一と同じ中学校の制服を着ていることから、彼が息子と同学年だということがわかった。


「おや、予想はハズレか。アタシはてっきり、恋人を連れてくるものだと思ってた」


 手に持っていた缶ジュースを横に置く。アタシの漫画のファンでサインでも欲しいのかと少し考えたが、自分がこれまで発刊してきたものは大半がボーイズラブだ。それはないだろうと考えを打ち消す。


「当たってるよ、それで」


「うん?」


「母さんの予想で当たってる」


 恵一と彼の連れてきた青年は、何だか重苦しい表情をしていた。


「彼は高良こうら秋生あきお。同じ第壱中学だけど半年前に転校してきたから、母さんは知らないと思う」


 青年の名を紹介した後、二人は互いに視線を交わして頷き、それからアタシに言った。


「母さん。僕は今、秋生君と交際している。今日はその事を母さんにも認めてほしくて、彼をここに連れて来たんだ」

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