七章 侍道化と荒海の魔女 その8

「あんたどうしたんだい? 急に初恋と再開したような顔をして。」

 括正はルシアの涙目になりながら嬉しいのか悲しいのかわかりづらい表情に戸惑っていた。ルシアは剣を落として、ゆっくり近づいた。

「触らせて。」

 ルシアは括正の角を指して言った。括正はバッと手で角を隠した。

「きゅ、急にどうしたんだい? だいたいさっきまで殺意丸出しだったのに一気に抜けちゃって。」

「お願い。触らせて。」

 ルシアは手を合わせて、頭を下げてから上目遣いで目をウルウルさせた。括正は自分の後頭部を触ってからしゃがんだ。

「どうぞ〜。」

「…ありがとう。」

 ルシアはお礼を言うと、括正の二つの角を両手で優しく触った。

「立派な角。本で読んだ通りだわ。…靴の下も蹄なの?」

「…ああ、そうだよ。ただ先っぽはヤギより人の形に近いんだ。だから靴もハマるんだ。見かけは人のとかけ離れてるけど。」

「そうなんだ…。」

 ルシアはそう言うと下を向きながら座り込んだ。ふと括正の方を向く

「……生きるの辛かった?」

 その時しゃがんでいた括正も座り込んだ。

「もちろん角と下半身のせいでいじめられたよ。正直未だに僕を馬鹿にしたりいじめてきた奴を全員ボコボコにしたいって思っている節もある。でも今の僕は多分大丈夫。笑いの國があるからね。」

「笑いの國?」

「誰でもあるよ、笑いの國。あんたも戦いの中で笑ってた節が結構あったじゃん。」

 括正はそう言うと、両手を広げた。

「真の強さとは道徳的な善悪や弱肉強食の法則で語れるものじゃない。厳しい試練や恐怖を乗り越えた先に誰よりも貪欲に笑いの國を求めて誰よりも笑える奴が圧倒的な強者だ。笑いの國はどんな奴でも手に入れられるすっばらっしい特権だ。」

 括正は淡々と語ると、ルシアはただただ微笑んでいた。

「生まれてきてありがとう。生きててくれてありがとう。」

「なんか照れるな。……あんたはずっとフォーンに会いたくて、悪いことしてたん?」

 括正が質問すると、ルシアは下を向いてしまった。

「……話したくない。嫌われる生き方しかアタシはできないの。自分に都合のいい世界が欲しいから、世界を恐怖で支配したいの。今更生き方も野望も変えられない。アタシは悪い、悪い、悪い女なの。」

「そうか。……まああんたを縛るものはないし、好きにすればいいさ。あんたを狂わせて悪に染まらせたのはなんだかわからないからこそ気になるけど、言いたくなきゃ問い詰めないよ。でも今日変われる可能性だってある。もしかすると、もしかすると……僕もにいたことがあってあんたのようになってたかもしれない。」

括正は立ち上がった。

「一人でいる必要はないよ。僕はあんたと友達になりたい。あんたが光を取り戻せるように手伝わせてくれ。」

 括正は手を差し伸べた。ルシアはしばらくその手をじっと見つめていた。一瞬手を伸ばそうとしたが、躊躇した。

「ありがとう…。でも、ごめんなさい。」

 ルシアはそう言いながら、一人で起き上がった。

「アタシの場合は何もかも遅すぎる。」

「……そうか。」

 しばらくの間、二人は立ったまま、黙っていた。突然二人は目から紫の光を輝かせ、海辺の反対を睨んだ。

「感じた、括正?」

「ああ……一つは禍々しいもんで、もう一つは…あんたの親戚か?」

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