四章 獅子騙し/怒れた吸血鬼 その1

 この章の物語が動き始める23年前の出来事。東武国の五つの区の内、最も広い兆の区には裁きの村という村があった。重罪人を投獄する場所でもあり、役人や刑務官、検察官や役職の高い侍やその家族も住んでいる。裁きの村から脱出ができた重罪人は記録上一人もいない。その日、ある罪人が裁きの村の裁きの館に連れて行かれ、裁かれる。罪状は己が神々の子孫であることを公言したことにある。

「被告人―宮地 蛇光。鞭打ちの刑に処す。」

 細身だがまあまあの筋肉質の男は、裁判長が下したままの刑を公衆の面前で受けた。またその後、役人たちはイバラで冠を編んで、金髪の青い瞳の見かけが美青年の罪人にかぶらせて、紫色の着物を着せた。彼らは蛇光に近寄っては、「ヘイヘイ、蛇神アポピス様の高貴なる子孫、破壊と闇と混沌の王さま、ばんざーい!」と言い、また蛇光の顔を平手で打った。しかし、民衆はそれだけでは決して満足しなかった。

『十字架に架けろー! 十字架に架けろー! 宮地 蛇光を十字架に架けろー!』

 裁きの村の住人は心が一体となって宮地 蛇光の公開処刑を望んでいた。村の端まで蛇光は白い下着のみにされて、自分を磔にする十字架を背負わされた。蛇光が歩かされた道はその日は彼の血で汚れていた。その場に着くと役人は蛇光を十字架の上に寝かせて両腕を抑えた。

「ああああ!」

 釘が打たれる度に蛇光は叫んだ。足首も抑えられると、十字架は頭が上になるように持ち上げられた。十字架による磔の刑は呼吸困難により時間をかけてゆっくり体力を削る残酷な処刑法だ。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 息苦しく呼吸する罪人に人々が罵る。

「この偽善者がぁー!」

「とっととこの世とお別れしろ!」

「偽物の王だ、お前なんかー!」

 他にも多くの人間が彼を罵った。

(……磔になっても尚、美しい。)

 その中でたった一人、少年が心の奥底で思っていた。またある者がさらに罵った。

「お前神なんだろー⁉︎ 救ってみろよ、自分をよー! そこから降りてみろー!」

「……もう余は耐えられるぬ。」

 蛇光は悲鳴以外にこの場で初めてまともな言葉を発した。

「あぁ、死にぞこないが何ほざいてんだよ。」

 たまたまそれを聞こえた役人が罪人に言い返す。すると蛇光はギロッとその役人を睨んだ。

「まずはてめえからだ。てめえが余にあの忌まわしきイバラの造物をかぶらせたこと、忘れておらぬ。カーッ、ペッ!」

 蛇光は役人に向けて唾を吐いた。ズドン!っと胸に直撃。

「あっ! えっ…」

 バタンと役人は横に倒れた。公衆は驚愕する。

「えっ、息が…苦しい。」

(案ずるな!)

「の、脳に直接⁉︎」

(すぐには殺さん。呼吸困難によって地味に命を削るだけだ。その間は特等席でこれから始まる地獄を見てるといい。)

 蛇光は苦しそうな男を放っておくと動揺する裁きの村の住人を見渡した。

「先程は小声ですまなかったな。言い直そう。」

 磔にされたまま、蛇光は深く息を吸う。

「てめえら愚民共に浴びせられる屈辱! 余はもう耐えられぬ!」

 この声と共に地面が少し揺れた。続いて蛇光は違う人間に目をつける。

「てめえは余に言ったよなぁ⁉︎ お前神なんだろー⁉︎ 救ってみろよ、自分をよー! そこから降りてみろー! ってな!」

 そう確認すると蛇光の手と両足は釘からすり抜けるように取れた。人々は悲鳴をあげる。それに構わず、蛇光は特定の男に体を浮かしながら近づき、目の前で地面に足を下ろした。

「降りたぞ。褒め称えよ。」

 蛇光は怯える男に命令する。

「えっ、あっ、あっ。」

「不正解!」

 蛇光はそう言いながら、男にデコピンをした。男はその場でバサッと命を落としてしまった。武器のない者は離れ、役人や侍が蛇光を囲んだ。蛇光は不敵に笑った。

「自ら生身の人間となり、誘惑に打ち勝ち、頼まれてもいないのに救う価値のない愚かな者の罪の身代わりになって最も残酷で屈辱的に死ぬ。はどうして最後まであのような過酷な道を歩み切ったんだ? 理解できぬ。」

 蛇光は空に向かって、独り言を発した。

「まあ、よい。さて…。」

 蛇光は囲まれてる恐怖を見渡した。

「余は無慈悲な蛇光なり! この場にいる嫌悪の眼差しは誰一人逃さぬ!」

 蛇光の手が黒とだいだいが混じった炎のようなものに包まれた。

「無にする念術、紅蓮の拳フィアンマ・フィスト。」

 蛇光はそう言うと、またあたりを見渡した。

「鈍器なしに随分と容赦ないな。」

「罪人に容赦はいらん。」

「もちろん余は抵抗するで。」

「どう抵抗…」

 蛇光の拳が役人に炸裂する。

「ああああ!」

相手は悲鳴をあげながら、跡形もなく消えた。

「拳で。」

 それから蛇光はその村の住人を誰一人逃さず、女子供含めて全てを拳で消滅させた。一人を除いては。蛇光がその者に気づいたのはその他の処理が終わってからだった。空は曇ってたいたが、村中が火事だったため明るかった。

「美しい。……蛇光様、是非私もあなたの御手で。」

「貴殿からは敬意の念を感じる。」

 蛇光は魔法を納めると、少年に近づいた。

「貴殿の名を明かせ。」

 蛇光はそう言いながら、腕を伸ばして念力で黒い着物と白い帯を引き寄せた。

加々美かがみ くうと申します。」

「左様に貴殿が生を受けた時の名か?」

 蛇光は質問をした。少年は首を振った。

「いいえ、それは先程捨てました。今自分で決めた名です。」

「ハッハッハッ、よきよき。では美空よ、余の地位はひとまずこの国では地に落ちた。余が栄光を手に入れるまで、余の美を広めよ。」

 蛇光は命令すると、美空はハッっと言って跪いた。蛇光はそっと優しく手を置いた。

「よきよき、餞別だ。」

 あっという間に美空の黒髪は蛇光と同じ金髪になった。

「おお、ありがとうござ…。」

 美空が顔を上げた時には既に蛇光の姿はどこにもなかった。

「んん〜、ビバッ! 正しくビバッ! 僕ちゃん今日から蛇光様のために頑張る!」

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