ゼロ章 茨の黒魔女と愚者鳴らしの王 その3
魔法学園グリムリーは魔法国シルバーオックスの名門校だ。シルバーオックスの南には同盟国のスパーダがある。舞台は次の日、スパーダの町の一つに変わる。
「おおステイベーノ、愛してるーん! 君こそ僕の太陽! 好きーん!」
「私も好きよん、ジャッキー! ずっと一緒にいようねー!」
ステイベーノとジャッキーという名を持つ婚約関係の二人はベンチで抱き合いながらイチャイチャしていた。それを茂みから怒りで見ていた女性がいた。
「あのメス豚、ステイベーノ。ムキ―! 本当は私がジャッキー様の隣にいるはずだったののー。ムキ―! 呪われちまえ!」
「いやー、本当泥棒猫の幸せほど見ててムカつくものはないっすよねー。」
「全くよ! よく言った。 ……え?」
彼女の隣には赤い和装で鉄の犬の仮面の男が一緒に隠れていた。
「キャ、うぶ!」
女性は叫ぶ間もなく男に口を塞がれた。すぐに男は彼女の腰回りを持ち、誰にも気づかれずに瞬く間に走った。気が付くと、二人は路地裏にいた。
「こんなとこに私を無理やり連れてなんのつもり⁉」
女性は仮面の男に対して握りこぶしを向けながら質問した。
「ヒッ!」
「…え?」
彼女の予想外の行動に、仮面の男は驚いてしまった。
「暴力は勘弁っす! ワタクシはあなたと争う気も敵対する気もございません。」
そう男は約束すると笑みを浮かべた。
「むしろあなたを助けに来ましたー。」
そう言いながら仮面の男は横に一回転してから、名乗りをあげた。
「紹介遅れにご容赦。ワタクシはブラッドマスター。血の通う者の謙遜な支援者。」
(謙遜って普通自分で言う?)
女性はそう思っていると、すぐに応答した。
「おっさん頭おかしいの? 有名人? ブラッドマスターなんて聞いたことない。」
「さいですか、さいですか。」
(ワタクシのことを知らない? 余計釣りやすい。)
ブラッドマスターは頷きながらそう思った。すると懐から銃を取り出した。
「特別に差し上げましょう。これで二人まとめて仕留めなさい。」
「え?」
女性はブラッドマスターの発言に動揺した。ブラッドマスターはニヤニヤしていた。
「あらら~? あなたさっき言ってらっしゃいましたよーん。」
ブラッドマスターはそう言うと、急に高い声を出した。
「呪われちまえー!」
「馬鹿にしないで!」
強気に文句を言う女性にブラッドマスターはチッチッチッっと空いてる手の指を振った。
「この世で最も残酷な呪いをご存じかな? 永遠の眠りにつくこと。つまり死だ。この死という呪いの一つのすごいところはこの世のほとんどの者が他人に与えられるということだ。自分にも然り。たちの悪いことに例え己が他人に死を与えられなくても時がそれを振り落としてしまうのですよ。」
女性はブラッドマスターの言葉に美学を感じ、言葉が出なかった。
「だったら楽しまなきゃ損、損。人生を楽しむことは幸せの道しるべ。違いますかな、お嬢さん?」
ブラッドマスターの質問に、女性は戸惑いながらコクリと大きく一回頷いた。すると路地裏にあったドアをブラッドマスターが開いた。
「幸せを掴みたいならついて来なさい。なぁーに、この建物は空き家です。人はいない。」
女性はブラッドマスターの後をついていった。女性は中に入るとブラッドマスターは彼女と同じくらいの大きさの円形の鏡を準備していた。
「よっこらせい。実はここに隠していやした、世紀の代物なんっすよ。まあ見ててくだされ。」
ブラッドマスターはそう言い、しばらくすると鏡はある景色の中にいた二人組を写し出した。女性は驚きと同時に殺意を心に燃やした。
「ジャッキーと…ステイベーノ、でしたっけ? この二人はあなたの幸せを支える者ですか?」
ブラッドマスターはそう言いながら女性の手首を優しく掴み、もう一つの手で銃を手の上に添えた。
「あなたに初めて会ったワタクシでもわかります。答えはノー! なら躊躇する理由はどこにある? 鏡の二人に銃口を向けたら、呪いは届く仕様だ。幸せの引き金を引きたまえ。」
ブラッドマスターの誘いに女性はもじもじしていた。しかししばらくすると、反論した。
「で、でも。殺しなんて間違っている。」
「ごもっともですな~。」
ブラッドマスターはそう言いながらいかにもわざとらしく手を自分の頬に手をおきながらその腕のひじをもう一つの手で支えた。
「誠実に仕事に取組み、税金を払い、真っ当に生きていると判断されている人を殺してしまったら、天下の聖騎士団が黙っちゃいない! 彼らの施設は世界のあらゆるところにある。この国にもたくさん。彼らの耳に悪の事柄が届けばたちまち始末される。ただ…」
ブラッドマスターは一息ついた。
「あなたも気づいているはず。聖騎士団だって傭兵的な一面もある。権力者が気に入らないって奴がいたら殺すんですよ。」
ブラッドマスターはにやけてしまった。
「この世界に真の正義も、真の秩序も非ず! それを統べる者や統べる者ごとそれを塗り替えんとする者が不完全な存在である限りな。」
そう言うと、ブラッドマスターは部屋を出ようと歩き出した。女性は大きすぎる話に固まっていた。
「そんな世界で己を押し殺し、我慢して生きていくのもいいでしょう。だけど、ここで銃を向けても、あなただとばれるはずがない。」
ブラッドマスターはそう言うと、外に出て戸を閉めた。この後新聞で男と女が謎の銃弾に殺されると載るが、それは少し先の話。ブラッドマスターはしばらく歩いているとある二階建ての酒場に入った。
「おひげがチャーミング、素敵なマスター。自慢のウィスキー下さいな~。後ランチセット。」
ブラッドマスターはカウンター席に座り陽気に注文をすると、しみったれた酒場に一人いた主人が不機嫌そうに背中をみせて食事と飲み物を用意した。ブラッドマスターは中を見渡した。
「へいへい、マスター。わざわざワタクシのために貸し切りっすか? 気が利きますね。利きすぎ、利きすぎ~。利き過ぎっす。」
ブラッドマスターが悠々と口を弾ませてると、主人は急に彼を睨みつけた。
「ヒッ!」
「……冷やかすなら、早く食べて飲んで出てけ!」
ビビった客に主人は追加で叫ぶと、ブラッドマスターは少し冷静に笑顔で返した。
「冷やかしなんてとんでもない。あなたは再び認められたい。ワタクシでもそれくらいわかります。そうじゃなかったらワタクシの口に何も入れずに追い出している。」
この言葉に主人は何も言い返せず黙って料理に専念した。しばらくすると店主はドーンっとブラッドマスターの前に飲み物とランチセットのオムライスセットを乱暴に置いた。
「ヒッ!」
「いちいちきょどりやがって。黙って喰え。」
店主はそう言ったが、ブラッドマスターが彼の言うことはなかった。
「うまーい! 天下に届く旨さ! うまーい! 一口だけで摩訶不思議な冒険っす! そして飲みものに合うようにテコ入れされた味付け! 闇がバラ色ですな! 良き良き~。幸せてんこ盛り~。」
「うるさい客だな…。」
店主は呟いたが、内心はほっこり喜んでいた。ブラッドマスターはその後も褒め続けたが、食べ終わる直前になり、店主にとって許せない言葉を放った。
「素晴らしい! ……やはりこちらの本家の味の方が断然うまい。」
「……てめえ、何が言いたい?」
店主が強張った表情で言うと、食べ終わったブラッドマスターは両手を合わせてお辞儀すると回れ右をして店を出て行こうとした。
「おいてめえどこへ行く⁉」
「いやあ食べ終わったら出てく、それが飲食店のシステムっす。」
「いや金払えよ!」
店主はそう言うと、即座にテーブルにの下に隠してた鉄砲を取り出して銃口を向けた。
「ヒッ!」
ブラッドマスターは慌てて
「俺は狩人もやってたんだ。金を払うかなかったら聖騎士団か国営兵を呼ぶまで大人しくしてろ。」
そう言いながら店主は銃口を向けたままブラッドマスターに近づこうとしたが、分析能力が高い侍はその些細なことを見逃さなかった。
「ワタクシが知っている腕利きの狩人達はあなたが最初にいた距離でも充分に撃てますよ。ご主人はブランクがある。ビンゴー?」
ブラッドマスターのわかりやすい挑発に店主はあっさりのってしまう。
「舐めるなー!」
バーン! っと銃弾が解き放たれた。ブラッドマスターの頭を直撃、するはずだった。
(嘘だろこいつしゃがんで避けて前転して、蹴られる!)
バターン!
店主があれこれ予測してると、ブラッドマスターはかわして前方回転したのち、思いっきり頭を床に打ち付けた。
「必殺!……ローリング土下座。」
ブラッドマスターはそう言うと、しばらくの沈黙を流れた。すると勢いよくブラッドマスターは起き上がった。
「挑発と食い逃げ未遂誠にメンゴっす。金は払うっす。」
「なんだよ。あるんだったらさっさと出し…」
ドサジャリ!
ブラッドマスターは金貨の詰まった大きめの袋を渡した。
「え? おいおい。」
店主は袋を確認しながら、動揺していた。
「何を驚いてらっしゃる? 今はともかく、あなた様は昔は一日でこの袋の倍は稼げていた。元弟子が同じ町で店を開くまでは。」
「あんた一体…。」
「ブラッドマスター。弱者の味方。」
彼のこの一言で店主は体を動かせなかった。ブラッドマスターはつかさず話を続けていた。
「ワタクシのことを知っている顔ですな。ただ質問させてくれます?」
ブラッドマスターは両手を広げた。
「噂通りの人間に見えますか?」
この質問に店主は答えられなかったが、体が動くようになった。
「そうでしょう、そうでしょう。……ワタクシは行きますが、その袋の奥底にはあなたが欲しいものがありますよ。」
ブラッドマスターはそう言うと、すぐにその店を去った。しばらく歩いていると激しい足音が聞こえた。血気のある若者である。
「ブラッドマスターああああああ!」
「イッツミ―! ってぎゃああ!」
青年は剣で居合斬りをしたが、すらりとブラッドマスターはかわした。余裕である。
「オーレイ!」
(昨日のカモか…わざわざ隣町から追跡しに来たのか?)
「よくも俺をはめたなー!」
若者は怒りであふれていて、剣を振り続けた。しかし一太刀もブラッドマスターには当たらない。
「ぎゃああ! お助けー!」
(とりあえず動けなくして、挑発して、誘導しよう。)
ブラッドマスターは声で慌てながらそう思っていると、ポケットから小さな袋を取り出した。そして持ったまま一振りすると若者めがけて中から黄色い粉が解き放たれた。
「何でもない日、バンザーイ!」
「ぐぐ、なんだこれは…痺れ粉? 動けねえ!」
青年は言葉通り動けなくった。するとブラッドマスターは背中を彼に向けた。
「猛烈ダッシュ。」
そう言いながらブラッドマスターは小刻みにその場で駆け足の動きをした。
「しゃがみジャンプゥー。」
ブラッドマスターは言葉通りのアクションをすると、後ろの若者と目を合わせた。
「なんかちょっと愉快。」
ブラッドマスターはそう言うと再び前を向いた。
「猛烈ダッシュ、しゃがみジャンプゥ! ……これはかなり愉快だ!」
「ふ、ふざけるな!」
痺れが取れた青年は背中を向けたブラッドマスターに剣を振り落とす。
「猛烈ダッシュ!」
「うわあ!」
ブラッドマスターは今度は本気で走ったため、青年はその勢いに押されてしまった。
「くっ、舐めるな! 追いかけてやる!」
そう言うと青年はブラッドマスターを追いかけた。気が付くと、ブラッドマスターは待ち構えており、二人は森の中にいた。
「追い詰めたぞ。喰らえ、飛斬!」
若者は渾身の斬撃の衝撃波を解き放った。しかしブラッドマスターは余裕だった。
「若旦那。この前言い忘れやしたがワタクシ、」
シャーン!
ブラッドマスターは難なく刀で攻撃を打ち消した。
「なっ!」
「臆病ですが、侍なんです。」
刀を抜いたブラッドマスターはそのまま話を続けた。
「先程の黄色いアレ…痺れ粉ではありません。副作用ありの変身粉です。」
「え?」
「そろそろ。ワンツースルー!」
バホーン!
黄色い煙が青年を包み込んだ。
「ぐああああ!」
若者はまたしても動けず苦しんだ。それをブラッドマスターはくすくす笑っていた。
「感じますか、体の変化―? えーと、失礼騙した奴が昨日も多すぎて名前を憶えてない。昨日といい今日といいご満足したかな? そうでなくても、責めるのはワタクシに非ず。引き金は引いたのはあなたさま!」
ブラッドマスターは強く指を指すとその場を後にした。
「さて…。」
なん悶着もあった町の隣町にたどり着いたブラッドマスターはいとも簡単に店から新聞を盗んだ。
「再確認っと。……戴冠式……霊長祭。面白くなるぞ~、スパーダ王国~。」
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