第18話 未来予知2
「・・・・・・」
映像が終わり、プロジェクターに再生終了と書かれた待機画面が移される。
しかし俺はすぐに声を発することができなかった。あまりに具体的で、それでいて衝撃的な自分自身の未来の一つ。どう見ても幸せとは言えない歪すぎる夫婦の姿は恐怖でしかなかった。
「大丈夫か?顔色が悪いよ、空君」
俺が一言も発さずに放心しているのを見て心配してくれた博士が声をかけつつ、コーヒーメーカーの電源をいれた。返事をして安心させなくてはと思いつつも、俺の心はまだ状況に追いついてくれない。大丈夫です、の一言を返そうとして開けた口は金魚のようにぱくぱくさせるだけで何も伝えられなかった。
「無理して喋らなくていい、かなり刺激の強い展開だったからね」
そう言ってほほ笑みながら、円錐形のペーパーフィルターを雑に折り曲げ、目分量でコーヒー粉をばさばさと入れていく。粉はスーパーでよく特売されている安物だし、どうやら竜胆博士はコーヒーにこだわりが無いみたいだ。
そんな風にどうでもいい事に注目することで、俺の心と脳みそは少しだけ正常を取り戻してくれた。
「正直、怖かったです」
取り繕う気は無い。正直な感想を述べておく。
「そうだろうね。私はなんとなく予想していたが、実際に目にすると辛いものがあったよ」
「俺が、あんなふうに・・・」
自分が追いつめられる姿を客観的に見る機会は普通の人生なら起こりえないだろう。経験してみると、凄く胸が苦しくなった。鶯さんは完全に心を病んでしまっていたし、俺はそんな鶯さんを愛することに耐えられずストレスが決壊してしまった。あの映像は俺と鶯さんの未来の一部を切り取ったものだけど、映像の中の俺が長い間どれだけ苦しんで悩み続けて、関係が崩壊するまでに至ったのか薄っすらと想像はできる。
「でもこれで、鶯の異常性がわかっただろう?あくまで未来予知はAI技術による計算結果だが、大まかな結末は正しく予知できている筈だ」
「今更博士の発明を疑ったりしませんよ。まぁできれば、偽物であって欲しいと思っちゃいますけど」
俺はさっきまで鶯さんをまともな女性だと思っていた。もしこのことを知らずに俺が鶯さんの事を好きになって、結婚していたらあんな未来が待っているかもしれないと考えるとぞっとする。
「常盤鶯は強い被害妄想癖を持ち、自傷行為によって相手の関心を得ようとする。決して彼女自身は誰かの肉体を傷つけることはないが彼女に執着されて一度それを受け入れた君の精神は計り知れない負担を抱えていたのだろうね」
コーヒーメーカーがゴゴゴゴと鈍い音を立ててサーバーに出来立てのコーヒーを抽出している。コーヒーが溜まっていく様子を少し面白そうに眺めながら博士は冷静に分析を続けた。
「彼女は君を愛しすぎるがあまり、君が離れていく事を阻止する最も良い方法として自傷を選んだんだ。空君は優しいからね、実際にそれは効果的だったのだろう。ただそんな方法で繋ぎとめた夫婦関係がいつまでも続くわけがない、君という唯一の心の拠り所に拒絶された時、彼女は現実から完全に眼を反らしてしまうだろうね」
自傷行為が効果的、という言葉にどきりとした。
つい数十分前、俺の腕の中で震える鶯さんは事あるごとに傷口や痛みをアピールしてきた。今思えばそれは未来予知の鶯さんがやっていた事とよく似ている。実際に俺はさっき、傷ついた鶯さんをなかなか放ってはおけなかった、その作戦は有効だったんだ。
そう考えると益々映像の自分と今の自分の間に共感意識が芽生えてしまう。俺が知らない程に俺は冷酷非道な態度をとっていたが、それをすんなり受け入れられる程には理にかなった未来だ。
「君を失いたくないがあまり、君に対して周囲の人間の悪い噂を流すことで信用できるのは自分だけだという考えを植え付け、自分に縛り付けようとする。ただ悲しい事に空君は賢かった。鶯の言葉を客観的に見るだけの冷静さがあるが故に自分の幸せと鶯の自傷行為の板挟みになっていたのだろう。未来の空君の言葉は辛辣かもしれないが、それは鶯の異常な執着を考えれば非道な人間のしたことだとは私は思わないよ。きっとあの空君も長い間我慢して、それでも無理だと思ったんだろう」
長々とした鶯さんの分析から俺を慰めようとしてくれているのが伝わる。
「ほら、君の分だ」
ドリップが終わったコーヒーを二つのマグカップに移して、その片方を俺に差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「生憎砂糖もミルクも置いていないんだ。私の為の部屋だからね」
博士は砂糖の入っていないコーヒーを一口飲んだ後、君が望むなら次からは用意しておこう、と付け加えた。
「いえ、ブラックで飲みますので」
コーヒーはブラックだが、どちらかと言えば紅茶派。さらに言うなら抹茶派だ。
「そうかい?気が合うね」
くっくっく、といつものようにご機嫌に笑う博士が何だか可愛く見えたのでこのまま話を合わせておくことにしよう。
「まぁ、とにかくだ。あれはあくまで無数に存在する可能性の内ほんの一つでしかない。極端に言えば鶯と結婚しなければあり得ない未来だから、回避するのは容易だ。だからあまり重たく受け止めすぎずに教習所で事故動画を見た時のような気持ちでいてくれ」
何度も念を押すように俺に気を使った言葉をかけてくれる。
「えぇ、ありがとうございます。俺はもう大丈夫ですので。次を・・・他のヒーロー達との未来予知を見たいです」
俺の言葉に博士は不安そうな顔をする。
「大丈夫か?正直私は辛い映像を君に見せてしまい申し訳なく思っているよ。この後の未来もあまり良いモノだとは思えない、もう見るのはやめてもいいんだぞ?」
「・・・いえ、他の人の分も見せてください」
正直怖いが、この装置のおかげで不幸な未来を回避することができた。そうポジティブにとらえてしまおう。それに、俺が彼女達を壊してしまう才能があるなら、彼女達の事を少しでも多く知っておきたい。
「わかった、じゃあ次は向日葵にしようか」
「・・・はい」
再びプロジェクターに映像が映し出される。
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