【BL】家に帰ったらコーヒーを
ハルカ
0章 ネットオークション
0-1 もう、人生なんてどうでもよかった
しゃくに障るほど甲高い音を立てながら、発泡酒の空き缶がフローリングを転がっていった。
それを拾う気力など、すっかり失せていた。
テーブルには既に5、6本の空き缶が並んでいる。飲み過ぎだと咎める相手もいない。
もう、人生なんてどうでもよかった。
実家を飛び出してから8年。
結局、どこに行っても何をやってもうまくいかなかった。親元から逃げ出した先にあったのは薄暗い袋小路だけだ。
自身の健康を顧みることさえ
すべてがそんな有様で、こんな人生さっさと終わってしまえと何度も思った。生活に無頓着であることは緩慢な自殺を思わせた。
その日、俺はひどく酔っていた。
どうせ死ぬなら最期に貯金を使い切ってやろうと考えた。そのくせ、やりたいことは何ひとつ思い浮かばなかった。
ふらつく足取りでパソコンの前に座る。開いたのはネットオークションのサイトだ。
釣り道具。ゴルフ用品。アウトドア用品。旅行カバン。高級腕時計。美術品。どれもいらないものばかり。
惰性でページを眺めているとアンドロイドの広告が出てきた。
いまやアンドロイドは一家に一台と言われる時代だが、貧乏人の俺には縁がない。
女性モデルのメイド型アンドロイドが画面の中で微笑んでいる。柔和な顔つきのわりに胸の膨らみが豊かで目を引く。
いいなあ、と呟きが漏れた。
三十代に差し掛かり、もう色恋は諦めていた。
恋だけじゃなく、人と関わるのはひどく難しい。でも、このまま死ぬまでずっと独りでいるのだと思うと、たまらなく寂しかった。
こんな俺の相手をしてくれるのはアンドロイドくらいしかいない。
最近の機体はずいぶん性能が良くなって、見た目も人間と変わらないし会話も自然だという。
しかし、当然それなりの値段がする。画面に表示された金額は全財産を出しても到底足りない。
未練がましく眺めていると類似商品がピックアップされた。セール品もある。それでもまだ手が届かない。
サイトに組み込まれたAIが俺の懐具合を察したのか、少し安めのアンドロイドを表示し始めた。
それを目で追う俺の目的も、「死ぬ前に貯金を使い切る」ではなく「自分にも買えるアンドロイドを探すこと」に変わりつつあった。
ふと、赤で書かれた「処分価格」の文字に目が留まる。全財産をつぎ込めばギリギリ足りる金額だ。
機能欄に「コーヒーを淹れる」と書かれたその商品は、どこか場違いな気がした。
何もかも馬鹿馬鹿しくなってひとしきり笑ったあと、俺は購入ボタンを押した。
よく利用するサイトだから住所やカード情報の登録は済んでいる。
画面に「購入完了」の文字が表示され、あーあと自嘲めいた笑いが漏れた。
そのまま俺は机に伏せて眠り込んだ。
だから、そのアンドロイドが男性モデルであることや、片隅に小さく書かれた「どS執事バージョン」の文字にはまったく気付かなかった。
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