6-2 また可愛がってあげるから、うちに戻ってきなさいよ
※閲覧注意
(暴力行為・暴言等の表現あり)
◇ ◇ ◇ ◇
店を出てからも、俺たちはグダグダとくだらないやり取りを続けていた。
「ご主人様。そろそろご機嫌を直してくださいませ」
「うるせっ! アホみたいに綺麗な顔しやがって!」
「私はご主人様のお顔も好きですよ」
「あーもう放っとけよ! どーせ俺は三十過ぎのオッサンでお前はヤングなイケメンだよ!」
俺の苛立ちなど手馴れた様子で受け流し、ハジメはにこにこと笑う。
「きっとお腹が空いていらっしゃるのですね。ただいま近くの飲食店をお調べいたしますので、少々お待ちください」
「ラーメンだ! ラーメン! 唐揚げあるとこ!」
「はいはい」
そんなやり取りをしていたそのとき、背後からカツカツとヒールの音が近寄ってきた。
「あら、ポチじゃないの」
振り向いたのは、俺よりもハジメのほうが先だった。
そこに立っていたのは、頭のてっぺんから足先まで着飾った若い女だった。
強く波打つ黒髪に、どぎつい金のメッシュ。
必要以上に目を大きく見せている派手なメイク。じゃらじゃらと下品に揺れるべっ
胸を強調するような黒のサマーニットと、チェック柄のタイトなスカート。シャンパンゴールドのハンドバッグ。
一目で高級ブランドだとわかる品で全身を飾っている。
不自然なほど身長が高く見えるのは、刺さりそうなほど尖ったヒールのせいか。
彼女のうしろには、若い男が二人。
どちらも仕立ての良いスーツを着ていて、その視線はハジメに向けられているようだった。
若い女はハジメに馴れ馴れしい口調で話しかける。
「ねぇ、ポチなんでしょ? そうよね? あたしの声に反応したものねぇ。あんた、まだ廃棄処分されていなかったの? びっくりだわ」
ハジメは黙って相手を見ていた。
その表情からは、なんの感情も読み取ることができない。
女は舐めるようにハジメの顔を覗き込む。
「今はそのショボいおじさんに可愛がってもらってるの? アハッ、グズで使えないあんたにはお似合いねぇ。……あらやだ、その服だっさい。そのおじさんに買ってもらったの? センス悪いのねぇ」
「誰なんだよ、お前!」
俺が女に詰め寄ろうとしたときだった。
ガコン。
あたりに耳障りな音が響く。
ハジメの身体が大きく傾いたかと思うと、崩れ落ちるように膝をついた。
目の前で、それらの光景がスローモーションのように展開された。
数秒が経過してからようやく、女がハジメの膝を強く蹴ったのだと理解する。
なぜこんなことが起きているのか、まるでわからなかった。
ハジメはアスファルトに両膝をつき、うつむいたまま黙っている。
女はごてごてと飾った爪の生えた指先でハジメのあごに触れ、自分の方を向かせた。
「……ああ、よかったわ。相変わらず顔には傷がついてないのねぇ。また可愛がってあげるから、うちに戻ってきなさいよ」
「おい、触るんじゃねぇよ!」
大声を上げ、女を止めようと手を伸ばす。
だが次の瞬間、女が連れていた男が俺の前に立ちはだかった。
「どけ! 邪魔だ!」
男に拳を向けたその瞬間、左手の中指に青い識別環が見えた。
(……くそっ! アンドロイドか!)
すんでのところで拳を止め、ギリリと奥歯を噛みしめる。見れば、もう一方の男の指にも識別環がはまっている。
くすくすと笑う甘ったるい声が聞こえた。
「あら、アンドロイドに手を上げないだなんてお優しいのねぇ。そんなことでこのグズをちゃんと教育できているのかしら」
「おい、いい加減にしろ!」
とにかく女をハジメから引き離さなくては。
そう思い足を踏み出そうとするが、アンドロイドたちにあっさりと阻止される。
「くそっ……」
このままではどうすることもできない。
気ばかりが焦る。
「あんたたち、ポチと遊んであげなさい。久しぶりに会ったっていうのに、あたしのことを無視するんですもの。相変わらず自分の立場というものをわかってないお馬鹿さんなのねぇ」
「やめろって! そいつに構うな!」
ハジメは先ほどからずっと黙ったまま動かず、立ち上がる様子も見せない。
まさか、足の部品が壊れてしまったのだろうか。
早く助けてやらなくては。だが、いったいどうやって!?
「……お嬢様。大変申し訳ございませんが、そのご命令には従いかねます」
ふいに、声が聞こえた。
俺の前に立ちふさがっているのとは別のアンドロイドから発せられている。
女は不機嫌そうに睨みつけた。
「あんた、このあたしに逆らうというの?」
それでも、アンドロイドは丁寧な物腰で言葉を続ける。
「そちらのアンドロイドの所有者はお嬢様ではございません。万が一にも彼を破損した場合、責任を問われるのはお嬢様です」
「責任ですって!? こんな薄汚いアンドロイドが一体壊れたところで、どうだっていいでしょ!」
「そういうわけにはまいりません」
「うるさいッ! あたしに逆らうな!」
金切り声を上げ、女がアンドロイドの顔面に平手打ちする。
あたりに甲高い音が響いた。
止める間もなく、続けざまに再度音が鳴る。
かと思えば、今度は強く蹴り出した。女が足を激しく動かすたびにガコン、ガコンと嫌な音が響く。
「ひざまずきなさいッ! 早くッ! ひざまずけ! このグズッ!」
アンドロイドはまったく抵抗するそぶりを見せず、アスファルトの上に両膝をつく。
その髪をわしづかみにして、女が喚く。
「家に帰ったら覚えてなさいッ! この役立たず! 立てなくなるまで壊してやるッ!」
そのとき、それまで膝をついていたハジメが静かに立ち上がり、俺に声をかけた。
「行きましょう、ご主人様」
「え……」
放っておいていいのか。
だって、今まさに目の前で暴力を受けているこのアンドロイドは、お前の……。
そう口にすることもできずにいると、そっと耳元でささやかれた。
「あちらがわざと気を引いてくれたのです。すぐ離れましょう」
「わ、わかった」
あたりを見回せば、周囲の人間たちはひそひそと話しながら女のほうを見ている。
だが、止めに入る者は誰もいない。
俺自身にだって、どうすることもできない。
背を向けてその場を去ろうとしたとき、女が気色の悪い猫なで声で話しかけてきた。
「あらポチ。指輪なんかはめさせられて可哀想。あんたには首輪のほうがお似合いよねぇ」
言い返してやろうかと振り向いたとき、二体のアンドロイドが首輪をしていることに気付き、ぞわりと鳥肌が立った。
どこまでも悪趣味な女だ。
「ご主人様」
ハジメに
一度だけ振り返ったが、女があとを追いかけてくる様子はなかった。
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