5-6 どうか、これからも末永くよろしくお願いします

 それからの二週間は、ずいぶんと長く感じた。


 ハジメは俺を避けるでもなく、かといって指輪の次になにか別の物を欲しがるでもなく、ただいつもと同じような日々が過ぎていった。

 探し物をしているふりをしてキッチンの引き出しをあさってみたが、あの輪ゴムが戻された様子はなかった。きっと今でもハジメの服のポケットに入っているのだろう。


「ご主人様、指輪が届きました」


 満面の笑みでそう報告されたのは、五月も下旬に入った頃だった。

 奴はこの日をずいぶん心待ちにしていたようだ。


 指輪はやたら頑丈な段ボール箱に入れられていた。

 それをダイニングテーブルの上に置いて、丁寧に開梱してゆく。

 マシュマロに似た緩衝材の奥から現れたのは、てのひらに乗るほどの大きさのリングケースだった。


 片方は深紅のベルベット、もう片方はピーコックグリーンのベルベットが貼られている。おそらく深紅の小箱にはガーネットの指輪が、ピーコックグリーンの小箱にはターコイズの指輪が入っているのだろう。


「ご主人様、指輪をはめさせていただいてもよろしいですか?」

「ああ。そのために買ったんだからな」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」


 ハジメは見たこともないくらい顔を輝かせ、なぜか深紅の小箱を手に取る。

 中から現れたのは、やはりガーネットの指輪だ。リングの内側にある深紅が照明の光を受け、美しくきらめく。

 奴はうやうやしく指輪を取り出すと、俺の前へきて片膝をついた。


「どうか、これからも末永くよろしくお願いします。ご主人様」


 ハジメは俺の左手を取り、薬指にそっと指輪を通した。

 そして、その上から慈しむような口づけをする。


 あまりにも突然のできごとに、俺はぽかんとした。

 目の前で繰り広げられた光景はまるで映画を見ているようで、自分自身がされたという実感がわかない。


「……ああ、うん、よろしくな」


 呆けた顔でそう返すのが精一杯だった。

 ハジメは相変わらず腹の立つくらい整った顔で上目遣いにこちらを見つめ、にやりと笑う。


「ところでご主人様。私の製造年月日が一月だというのはご存知でしたか?」

「……は? 製造年月日?」

「人間でいう誕生日のようなものでございます」

「誕生日……。そうなのか。うん、わかった。一月だな」


 ハジメはすくっと立ち上がり、ピーコックグリーンの小箱を手にする。その中から指輪を取り出し、さっさと自分の薬指にはめてしまった。

 てっきり俺にはめて欲しがると思っていたので、これには拍子抜けする。


「段ボールを片付けてまいります」

「お、おう……」


 ダイニングテーブルの上の段ボールを手際よくたたむと、ハジメは陽気に鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。

 そのうしろ姿を見送りながら、思い出す。


 俺の指輪についているガーネットは、一月の誕生石だ。

 そして、ハジメの指輪についているターコイズは、十二月の――つまり、だ。


 ふと、自分の左手の薬指を眺める。

 外側は凹凸のないシンプルなリングだが、その内側には心臓のように美しい深紅の宝石がある。まるでそこにハジメの分身があるような気がした。


「…………あいつめ」


 肩を震わせながら両手で顔を覆う。


 なにが種子だ。

 なにが柘榴石ざくろいしだ。

 なにが実りあるように、だ。

 もっともらしいことばっかり言いやがって。


 戻ってきたらどうやって問いつめてやろうか。

 いや、どうせはぐらかされるに違いない。くそっ。


 ああ、呼吸をするたびに胸が苦しい。

 自分でもわかるほど心拍数が上がっている。

 顔が熱い。熱でもあるのではないだろうかと思うほどに。


 それ以上に、口づけをされた場所は燃えるように熱かった。

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