5-4 デザインは一番シンプルなものを

 自動ドアが開き、俺たちを出迎える。


 店内は八畳ほどのこじんまりとしたスペースで、壁に沿って一周するようにショーケースが並んでいる。

 宝石店特有の緊張感はあるものの、店内に流れるゆったりとしたクラシック音楽と落ち着いたブラウンの壁紙、そしてショーウィンドウから射し込むやわらかな光が、心地良い空間を演出している。


 店内に足を踏み入れると、すぐに女性店員から声をかけられた。

「いらっしゃいませ。どのような商品をお探しでしょうか?」

 店内に例のポスターが貼られているのを見つけ、俺はそれを指す。

「あのシリーズの指輪が欲しいんですが」

「かしこまりました。こちらでございます」


 案内されるがままついてゆくと、ちょうど店の外に貼られているポスターの裏側にあたる位置だった。そこにもまた、窓ガラスを挟んで裏合わせにするように同じポスターが貼られている。


「こちらの商品ですと、セミオーダーになります。リングのデザインを五種類のなかからお選びいただけます。また、宝石は二十種類のなかからお選びいただけます」


 ポスターのイラストを描くときに資料は一通り読んでいるが、あらためて説明を聞くとざっとこんな内容だった。


 リング自体のデザインは五種類。

 宝石は、誕生石を中心に二十種類。もちろん、選んだ宝石の種類によって値段が変わってくる。価格を抑えているとは聞いていたが、高いものを選べば当然それなりの値段になる。


 ショーケースを眺めながら、ふとハジメが尋ねた。


「あの、宝石がない指輪はありますか?」

「あいにくこのシリーズにはそういったものはございません。他の商品もご覧になりますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 ハジメはそう答え、丁寧に一礼した。

 店員のほうも、相手がアンドロイドであろうと慣れた様子で対応をしている。

 アンドロイドだからといって粗雑な対応をすれば、一緒にいる主人の心証も当然悪くなる。だから接客の姿勢としては妥当なのかもしれない。


「石がないやつが良かったのか?」

 そう聞くと、ハジメはわずかに表情を曇らせた。

「……ペアリングが欲しいのでございます。それには少々お値段が気になりますので」

「は?」


 思わず耳を疑う。

 家にいたときは一言もそんなことを話さなかったよな?

 いや、それよりも、いったいなにが楽しくて俺なんかとペアリングにしたがるんだか。

 奴の考えていることはいまいちわからない。


「あのな、ハジメ。ペアリングっていうのはな……」

「存じております」

「あ、そう……」


 見かねたのか、店員が助け舟を出してくる。


「最近では、人間用とアンドロイド用のペアリングをお求めになるお客様や、アンドロイド同士でペアリングをお求めになるお客様もいらっしゃいますよ」

「そ、そうですか……」


 ずいぶんと理解のあるような言葉を口にしているが、要するに店としちゃ商品が売れればなんでもいいのだろう。


 それにしても、まさかハジメがペアリングを欲しがっているとは思ってもいなかった。

 大きな誤算にそっとため息をつく。

 ……いや、結婚指輪の話をしていたということは、最初からそのつもりだったのだろうか。


 なんにせよ、指輪をひとつ買うかふたつ買うかは大きな問題だ。

 いくら低価格帯の商品だとしても、ふたつ買えば予算を超えてしまう。


 考えるように視線を巡らせると、あのポスターが目に入った。

 イラストの女性が幸せそうに微笑んでいる。

 正直に白状すると、あのイラストは、いつも俺の傍にいてくれるアンドロイドの未来が幸せであるようにと願って描いたものだ。


 ハジメは輪ゴムの指輪でもあんなに喜んでくれていた。

 取り上げられまいと、必死で守っていた。

 それを左手の薬指からはずさせたのは、他でもない俺自身じゃないか。


「――わかった。ペアリングだな」


 俺が頷くと、ハジメは戸惑うような視線をこちらに向けた。


「ご主人様、本当によろしいのですか」

「もとからそのつもりだったんだろ。で、どれにする」


 俺の言葉が気まぐれから出たものではないことを見て取ると、ハジメは目を伏せて静かに答えた。


「……もしお許しいただけるのであれば、やはりこちらのシリーズの指輪が欲しいです。デザインは一番シンプルなものを」


 リングのデザインは五種類ある。

 植物のつたが絡み合う様子を表現したもの。

 幾何学模様のカットがほどこされたもの。

 三本の線が水流のようにうねるもの。

 中央にラインの入ったもの。

 そして、表面にいっさいの凹凸がないきわめてシンプルなもの。


 その中から、ハジメはシンプルなものを選んだ。宝石が内側にくるタイプだ。

 つけていても邪魔になりにくいものを、ということなのだろう。


「宝石はどれがいい」

「では、ターコイズを」


 思わぬ石の名前が上がり、首を傾げる。

「ん、ターコイズ? 好きなのか?」

 そう尋ねると、ハジメは困ったように笑った。

「ええ。とても」

「ふうん」

 アンドロイドにも好みがあるのか、と妙な感心を覚える。


「ご主人様の宝石はお決まりですか?」

「いや、考えてなかったな」


 なにしろ突然のことだったから、なにも決めていない。

 ショーケースに陳列された二十種類の宝石を眺めて考える。指輪自体のデザインはシンプルなのだから、石はどれをつけても違和感ないだろう。


 そうなると、あとは値段の問題になってくる。

 やはりダイアモンドが一番高価で、そのあとにルビー、サファイアが続く。


 ハジメの選んだターコイズは下から数えたほうが早いくらいの安価だ。

 だが、その空色をどこかで見たような気がした。そうか、あの温室に咲いていたヒスイカズラだ。天井から垂れ下がる水色の花房が目に浮かぶ。

 なるほど、それでハジメはこの石を選んだのか。


「ご主人様。もしお好みに合えばですが、ガーネットなどいかがでしょう」

 ふいに、ハジメがそんな提案をする。

「ガーネット?」

 ショーケースの中のガーネットに目を向けると、まるで血液が凝固したような深紅の石が見えた。


「宝石の『ガーネット』は『種子』という意味の『granatusグラナトゥス』が語源となっているそうです。ザクロの果実を思わせる石ですので、柘榴石ざくろいしという別名もございます。ご主人様の毎日が実りあるものになるように、との願いを込めてお選びしてみたのですが、いかがでしょう」


 価格も、ダイヤやルビー、サファイアといったものと比べれば手頃だ。

 他に候補もないし、悩む手間がはぶけてちょうどいいかもしれない。


「へえ。じゃあ、それにするか」


 そう言って頷くと、タイミングを見計らったように店員が「サイズをお測りしますか?」と声をかけてくる。

 俺たちは声をそろえて「お願いします」と答えた。

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