3-4 はて? なんのことでございましょう

「ご主人様。お仕事のメールが届いております」

 心なしか、そう伝えるハジメの声がはずんでいるような気がした。

「わかった。ありがとうな、おつかれさん」


 そう声をかけ、パソコンの前に座る。

 気持ちを落ち着けるために深呼吸をして、メールを開く。


『わぁ、すごいですね、これ! とても素敵です!

 素晴らしいイラストをありがとうございます。

 今までいただいたイラストの中で一番おいしそう!

 シンプルながらも手作りの良さが伝わってきます。

 これならお店の看板メニューのイラストとして申し分ありません』


「……ああ、そっか。……そうだよなあ」


 メールの文面を読んで、俺はようやく気付いた。

 メニュー表や店のサイトにワンポイントで使いたい、しかもわざわざそれをイラストレーターに依頼するということは、つまり、この店の看板メニューがオムライスだということだ。


 いまさらになって、相手がやけにこだわっていた理由を知る。

 まだまだ俺も精進が足りないようだ。


「ご依頼された方が満足してくださったようで、なによりでございます」


 ハジメも満足そうな顔をしている。

 それを見て、ますます嬉しくなる。


「お前が手伝ってくれたおかげだな。おかげでいいものができたわ、ありがとな」

「どういたしまして。最初のオムライスもどきと比べて、ずいぶん見違えましたものね」

「ああ、そうだな」


 そう答えてから、「ん?」と首を傾げる。


「おいハジメ! お前やっぱり最初の絵がオムライスだってわかってたんじゃねーか!」

「はて? なんのことでございましょう」

「とぼけんな! 楕円だの四次関数だのと、散々言ってくれただろうが!」


 つめよる俺に、ハジメはてのひらをこちらに向けて押し留めようとする。


「お待ちください、ご主人様。お仕事のメールが届いております」

「その手には乗らねぇぞ」

「新規のご依頼でございますよ」

「チッ」


 舌打ちをして、メールを確認する。

 たしかにメールは届いていた。しかし、内容を見て仰天する。


『オムライスのイラストを依頼した者です!

 ぜひお願いがあります。

 メニュー表に載せるため、他の料理のイラストもお願いしたいです。

 もちろん追加報酬はお支払いします。

 どうぞよろしくお願いします!』


「……は?」


 下にスクロールしていくと、料理の名前がずらずらと続いている。


「おいおい、ちょっと待て、いっぱいあるんだが」

「24品でございます」

「そ、そんなにか……」

「お付き合いいたしますよ。ご主人様」

「そうだなあ。頼りにしてるぜ、ハジメ」


 気が抜けたような顔で、俺たちは笑い合った。

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