ナミエシロチョウ

朝霧

悪夢

 自分は真っ暗な道を一人歩いていた。

 細い道だった、道の両脇はどちらも木々が鬱蒼と茂っていて、上を見上げると夜空が木々に覆い尽くされている。

 道は細いがどこまでも続いている、その道を自分はただ歩く。

 夜目は効く方なのだが、その道はあまりにも長くて、先に何があるのかわからなかった。

 どのくらい歩いただろうか、何もなかった道に小さな光が灯った。

 それは蝶だった。

 しかもただの蝶ではない、何故か自ら発光しているようである。

 なんという蝶なのかは思い出せないが、どこかで見たことがある気がする。

 しかし発光する蝶がいるだなんて聞いたことがないので新種か何かかもしれない。

 白く光るその蝶はふわふわと頼りなく自分の前を飛んでいる。

 頼りないくせにどこか楽しげで、先を急ぐようにも何かを探しているようにも見えた。

 それが酷く目障りで、思わず握り潰してしまおうかと思ったけど、やめた。

 別に今殺す必要はない、こんなもの必要となった時にすぐにでも殺せてしまうのだから。

 蝶はひらひらとまるで自分を先導するかのように飛んでいく、ついていっているわけではないのにそう思ってしまった自分が嫌になった。

 やはり殺してしまおうか。

 そう思った時に、蝶が左に向かって飛んでいった。

 森に戻るのか、ああやっと目障りな白色が消えてくれると思いつつも、ついその蝶を目で追ってしまった。

 するとそこに横道があることに気付いた。

 その横道には数多くの屋台が並んでいた、いつか誰かに手を引かれて無理矢理連れて行かれた夏祭の風景に少し似ている。

 どの屋台にもあたたかな色合いのランプが灯っていて、夜の暗さが打ち消されている。

 屋台には色とりどりの商品が並んでいるようだが、人は一人もいなかった。

 しかし、奇妙なことに何故かそれを不気味だとは思わなかった。

 蝶は横道の入り口でひらひらと飛んでいる。

 少し前に進んでは、自分の方に戻ってきて、それを何度も繰り返す。

 ついてこいとでも言いたいのだろうか?

 そちらに行きたいのであれば自分など置いてさっさと飛んでいけばいいのに。

 ただの虫のことなど気にせず暗いだけの道に戻ろうとしたが、多少の寄り道くらいはきっと問題ない。

 というかほんの少しの間だけ蝶についていくふりをして、油断し切ったその瞬間にさっと元の道に戻ればいい。

 そうすればきっともう二度とこの目障りな色を見ずに済むようになるだろう。

 相手はこんなノロマな虫けらなのだ、人間の本気に追いつけるわけがない。

 内心そう嘲笑いながら、蝶の後をついていく。

 蝶はふらふらと様々な屋台に飛んでいった。

 それはアクセサリー屋だったり、菓子屋だったり、熱帯魚掬いの屋台だったり、焼き鳥屋だったり、ラムネ屋だったりした。

 最初はただついていくだけだったが、気まぐれに「これは綺麗だね」だとか「かわいいね」だとか一言声をかけてやると蝶がくるくると自分の周辺をまるで舞うように飛ぶことに気付いて、それが面白くて、あまりにも滑稽だったから思ってもいない言葉を吐き続けた。

 そんななんの意味もないことをいつのまにか何度も繰り返していた。

 そろそろ元の道に引き返そうかと思った時、蝶が次の屋台に向かって行ったのでそこまでは付き合ってやろうとそちらに視線を向ける。

 蝶が向かう先には占い屋のような屋台があった。

 その屋台を目視した瞬間、言いようのない強烈な嫌悪感と危機感を感じた。

 あれは駄目だ。

 しかし蝶は楽しげにその屋台に向かって呑気に飛んでいく。

 その占い屋にだけはランプが灯っておらず、代わりに不気味なデザインの松明がごうごうと燃えている。

 蝶はその松明の、真っ赤に燃えるその炎に向かって飛んでいる。

 飛んで火にいる夏の虫。

 そんなことわざが頭によぎった。

 ああ、炎がもうあの白い羽を掠めている。

 駄目だ、そっちにいくな、それは駄目だ。

 大股で駆け寄って、その蝶を掴んだ。

「…………あ?」

 蝶は、自分の掌の中でぐしゃりと潰れた。

 発光していた白い羽からは光が消えている。

 ばつん、と大きな音が聞こえて一切の光が失われた。

 占い屋も、それ以外の屋台も全て消え去った。

 その代わりに、自分の目の前に人が倒れている。

 白いパーカーを羽織った、少女。

 その少女の死体は握りしめた拳銃の銃身を咥えていて、後頭部あたりから血を撒き散らしていて。

 ――ああ、そうだ、なみえ・・・だ。

 自分がたった今握り潰した白い蝶をどこで見たのか思い出した。

 目の前にあるこの死体が、同じ名前の蝶なのだと自分に押し付けてきた画像に写っていた蝶。

 ナミエシロチョウという名前らしいその蝶と全く同じ見た目をしていた。

 思い出したところで、何がどうにかなるわけではない。

 蝶は自分が握り潰した、なみえ・・・は自分が死に追いやった。

 ただそれだけのことだった。

 どうでもいい。

 どうでもいい。

 どうでもいい。

 あんな、女。

 風が吹いて、白い蝶の潰れた羽が散らばっていく。

 僕の手からこぼれていく。

「あ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!!」

 慌てて掌を閉じても残った羽がさらに潰れていくばかりで、細かく砕けてしまった羽が風に乗って散らばっていく。

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