頑張り屋のルーシー
@chased_dogs
頑張り屋のルーシー
あるところに女の子がいました。名前は
ルーシーは働き者です。色々な家に行って、家の旦那さまに言い付けられると、どんな仕事もこなしました。
黒いヴェルヴェットのドレスに身を包み、あるいは冬には黒い外套を羽織って屋敷へ訪れ、テキパキと働く姿は、家の人々だけでなく、同じ家のお手伝いや町の人達も感心するほどでした。
ルーシーは、掃除に洗濯、料理に皿洗い、はたまた家庭教師にと、家の仕事とあらば本当に何でもしました。それで皆からは『頑張り屋のルーシー』と呼ばれ尊敬されていました。
「ルーシーが洗った皿は本当にピカピカになるんだ!」
ルーシーのことを聞かれると、お手伝い達は口々に、まるで自分のことのように誇らしげに言うものでした。そんなとき、当のルーシーはというと、自分を誇るでもなく、忙しそうにするでもなく、ただ黙々と、けれど少し恥ずかしそうにはにかみながら仕事をするのでした。
そんな素敵なルーシーですけれども、皆には内緒にしている困った癖がありました。あまり顔には出しませんが、ルーシーは食べることが大好きで、たとえ仕事の合間でも、目に映れば料理をつまみ食いしてしまうのでした。
つまみ食いとは言っても、ほんの味見程度でしたが、いつでも何でも食べてしまうので、周りの人々はただ呆れてしまいました。けれど皆、彼女のことが好きでしたので、つまみ食いのことは見て見ぬ振りをしていました。
さて、ルーシーはとても人気者でしたので、どこの家も自分の家に彼女を呼びたがりました。それでルーシーは、仕事を断ることもできず、短い間に家々を転々と渡り歩く有り様でした。
家の人達は、ルーシーが来たときには大層喜び、ルーシーが去るときはそれと同じくらい悲しみました。家の主人やその家族などは、悲しみのあまり具合を悪くし、しばらく寝込んでしまうほどでした。
あるとき、ルーシーの評判を聞きつけた遠方の女主人が、ルーシーを家に招き入れました。主人の名前は
ウェナトリアは、やって来たルーシーを一目見て、確かに魅力的な女の子だと思いました。宝石のような瞳に、長い睫毛、チョコレート色の滑らかな肌、すべてがルーシーを可愛らしく見せました。
反面、果たしてこの可愛らしい女の子は本当に仕事ができるのだろうかと心配になりました。それで初めのうちは、事あるごとにルーシーの仕事を手伝ってやるほどでした。というのもウェナトリアは、今まで家事から何から生活すべてを独りでやってきたので、その大変さをよく知っていたからです。
けれど一緒に暮らすうちに、ルーシーの働きぶりにウェナトリアは目を見張りました。やがてウェナトリアはルーシーのことを認め、必要以上に彼女の仕事に手を出すことはなくなりました。
ルーシーも次第にこの親切な主人のことが好きになりました。いままで彼女を褒め称える人はいても、彼女をただ心配し、仕事の手伝いまでしてくれる人はいなかったからです。
ある日、ルーシーが家庭教師を務めていたことを知ると、ウェナトリアは自分の仕事の話を彼女に打ち明けるようになりました。ルーシーも、ウェナトリアが話す医学の知識や実践に興味を持ち、それから二人はほとんど友人のように打ち解けました。
しかし、楽しい日々も永遠には続きません。ルーシーの頭の中には日に日に、契約満了日と次の契約のことが黒雲のように押し寄せて来ていました。
「まだここにいたい」
そう思った頃には、次の仕事先へ断りの手紙を書いていました。そしてその手紙をウェナトリアに見せるのでした。
「身勝手なことだとは分かっているのです。先方にはご迷惑をかけるでしょう。ウェナトリア様が私を必要としてくれるなどとは思いません――」
ルーシーは喉を震わせながら言いました。自分の気持ちを溢れさせまいと、俯いて必死に堪えました。しかし、堪えきれないというように大きく息を吐くと、ウェナトリアを見つめ言葉を継ぎました。
「――ですが、私はまだここにいたいと、そう思ってしまったのです」
その目には涙が浮かんでいました。ウェナトリアは静かに頷き、そして答えました。
「ルーシー、あなたのことは一人の友人のように感じています。雇用主と使用人などではなく。ですから、一人の友人として言いましょう。私はいつでもあなたを歓迎するよ」
ルーシーの目から、涙が零れました。
それから次の仕事先へ断りの手紙を送ると、再びルーシーとウェナトリアは契約を結びました。お互い無意識に緊張していたのか、二人は揃って寝込んでしまいました。
「……まったく、医者の不養生とはこのことだね」
天井の模様を見つめながら、ウェナトリアが呆れたように言いました。
「いえ! 私こそ――」
ルーシーが恐縮したように口を開きかけ――
「ルーシー? あなたは医師でもなんでもないんだから。他人のことなんか考えないで、自分の心配だけしなよ」
ウェナトリアはそう言うと、ルーシーの髪を優しく撫でてやりました。そうやって撫でられると、ルーシーは段々と落ち着いて、夢見心地になるのでした。
どれくらいそうしていたでしょう。ウェナトリアの撫でる動きが疎らになり、ウェナトリア自身、うとうとしかけたときでした。ルーシーが目を覚まし、ポツリと言いました。
「私は本当に心配なのです。ウェナトリア様は私のせいでお身体を悪くされてしまったのではないかと。……ウェナトリア様は私の噂についてどれほどご存知なのでしょうか?」
ウェナトリアは寝ぼけ眼で答えました。
「んー、調べられる限りは? 好きだからねー」
「……では、その。たびたび、ご主人様やご家族の方が具合を悪くしてしまうことも?」
「知ってるよー」
その言葉を聞き、ルーシーはドキリとしました。
「……私のせいだとは考えませんでしたか?」
「うーん。考えたこともなかった、かな」
「そう、ですか。……皆様も、私のせいではないと言ってくださったのです。ただ偶然が重なっただけと。私もここに来るまではそう考えておりました。ですが――」
言葉を切り、深呼吸するとルーシーは続けました。
「――ですが、ウェナトリア様とお話している内に、考えが変わってきたのです」
「……」
ウェナトリアはルーシーの言葉を静かに待ちました。
「……ウェナトリア様。私は何かの病気を媒介しているのではないですか?」
ルーシーの言葉を聞いて、ウェナトリアは短く息を吐きました。そして唐突に笑い始めたのです。
「何が可笑しいんです!」
ルーシーは思わず声を張り上げました。
「はは、ごめん。苦しかったんだよね。でも、私は嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
ルーシーは頭に疑問符を浮かべ答えました。
「……まず、ルーシーの推論は正しい。あなたは病源菌を媒介している可能性がある」
「やはり……」
「でもね。実を言えば、ルーシー。あなたをここへ呼んだのは、まさにそのためでもあったんだ。あなたの媒介する病原菌の研究の」
ウェナトリアの言葉にルーシーは目を見開きました。ルーシーが主人へ隠し立てをしていたように、ウェナトリアもルーシーへ秘密にしていたことがあったのです。それはルーシーにとってどれほどショックだったことでしょう。
「……つまり。いままで、仲良くしてくださったのは、嘘だったと?」
ルーシーがおずおずと訊ねました。するとウェナトリアがぶっきらぼうに、半ば激昂したように答えました。
「嘘なものか。……たしかに、最初は研究のためだった。けど今は私の可愛い妖精を救うためだ!」
ルーシーの赤褐色の肌が更に赤く染まります。
「そんな! わたし、私はもうここには居られません!」
すっくとルーシーは立ち上がろうとし、……その腕をウェナトリアが力強く握りしめました。
「逃がさないよ。ルーシー、あなたには治療が必要だからね……!」
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