ハルナ、エードルフと話し合う

 プロポーズを受けてから、会話にちょいちょい“蟄居”や“労役”という不穏な単語入りの会話を終えて、団長は言った。


「陛下、彼女を送りたいので一時退出のお許しをいただけませんか?」


 陛下は鷹揚にうなずくと、団長は私の左手を取り、そっと耳打ちする。


「陛下の方向いて、右膝つけたらすぐ立って。あとは扉までエスコートするからそのまま歩いて」


 私は言われた通り右足を一歩引いて右膝を床につけ、立ち上がると、団長に手を引かれて大きな扉まで足を動かした。

 右手と右足が一緒だったけど、ツッコまないで!!


 ※ ※ ※


 重そうな扉が閉められると、私は大きな安堵の息をつき、へたりこみそうになった。

 正直聞きたい事が山ほどある。

 まぁ、それより。


「ルドヴィルさん、絶対にあとでとっちめて、1週間デザート抜きの刑にしてやるんだから!!」


 私は怒りに震え、拳を握って片手にたたきつける。

 予告も着替えもなしに、いきなり謁見の間あんなとこに転移させて。

 こんなのTシャツ短パン、ビーチサンダルでスーツ姿のクライアント前に立つようなものよ!

 失礼極まりないし、社会人の沽券に関わる!!

 鼻息も荒く、怒り狂う私を宥めるように団長は笑う。


「そこは俺に免じて3日間くらいに減らしてほしいな。ごめん、ハルナ。もう少しだけ兄上と話があるから、先に部屋行って待ってて。全部終わったらちゃんと話すから」

「……わかった」


 団長はブローチだけをマントから外し、近くにいた衛兵を呼んで私を部屋へ案内するよう頼むと、また謁見の間に戻っていった。

 程なく衛兵に呼ばれた女性に案内され、私は団長が使っているという客間の応接室に座らされ、高そうなティーセットで侍女にかしずかれてお茶をするという、非常に落ち着かない体験をすることになった。


(やっぱルドヴィルさん、1週間のデザート抜き刑が相応しいと思うよ)


 この1週間は絶対にルドヴィルさんの好きなものばっかり出してやるんだと心に刻んで。


 ※ ※ ※


 お茶の止め時がわからず、わんこお茶になりそうで一口だけカップに残して紙とペンをもらい、聞きたいことを書き出していく。

 PCがあればPCにずらっと書き出したいところだが、ここにはないので紙とペンをもらって書いて整理していると、団長が丁度戻ってきた。


「さて、何から話そうか」


 お茶を一杯入れてもらって、手慣れた様子で侍女を下がらせてくれた。

 塔で見せる姿とは違って、やっぱり団長って王族なんだなぁと再認識した。


「暇だから紙もらって、議題アジェンダまとめておいたわよ。さあ、じっくりとっくり話しましょう!!」


 私はびしっと団長の眼前に突き付けると、団長は受け取ってまじまじとリストを見ている。

 顧客打ち合わせや、進捗会議にアジェンダは必須。

 同じ要領で聞きたいことを書き出しておいた。

 久々の議事録作成、腕がなるわよ!


「まずは今日のアジェンダ確認ね。私の聞きたい事はこの6つよ」


 1.私が謁見の間に飛ばされた理由は?

 2.歳をとった理由は?

 3.不敬罪に問われるのか?

 4.隣国のお姫様との結婚は?

 5.王宮からすぐに帰れなかった理由は?

 6.蟄居ってどういう事?


 ちなみに日本語で書いても、団長達にはこちらの言葉に見えるらしい。

 ない単語は日本語発音のままだけど。


「さぁどうぞ答えて頂戴」


 私はペンを持ち、もう一枚の紙に団長の話を書き込む準備をし、団長は紙を見ながら話し始めた。


「まずは1つめ、ハルナが謁見の間に飛ばされた理由は、ハルナは契約した俺の魔力に引き寄せられて、謁見中の俺の元にたどり着いた」


 元々ルドヴィルさん発案の作戦だったけど、私が来るとは聞いておらず、団長もびっくりしたらしいけど、手紙を見て作戦の全容が理解できたらしい。

 結果的にすべてうまくいったのはルドヴィルさんのおかげで『ルドヴィルには一生頭が上がらない』と団長は血涙を流す勢いで語った。

 その辺が減刑嘆願の所以。

 仕方ないので、団長の言う通りルドヴィルさんには3日間のデザート抜き刑を言い渡すことにした。

 でも私の告白のきっかけにもなったので、その功績に免じて執行猶予1週間をつけて様子見とする。


「私が年をとった理由は? すごく驚いたし、あんなところで解除しちゃって平気なの?」

「その件は謝るよ。本当にゴメン。でもハルナは自分の年齢を気にしてたろ? だったらあの場で俺の本当の姿を見せた方がハルナも納得してくれると思ったから術を解いたんだ」


 団長は済まなそうにちょっと身を縮めて私に謝る。


「確かに25歳姿のままで45歳と言われても説得力ないわね」


 だけどひょいひょい解けてしまったら、いろいろと障りがあります。

 主に……女子的に。


「ね、団長。あれどうやって解いたの? 実は若返りって維持するのってすごく大変とか……」

「いや、若返りは維持する方がずっと簡単。一時的に術を止めるためには、意識しないと魔力を止められないからね」


 団長の場合、自分を通して婚姻の石が魔力を吸い上げて魔法陣に転移供給し、若返り魔術を発動をさせる一連の流れを組み込んだ魔術式をマントに書き込んであるそうだ。

 普段はオートで魔力を吸い上げられてるけど、意識して魔力を止めると術の発現が止まる。

 そうすると魔術が解けるって寸法らしい。

 よ、よかった。意識しないと解けないのね。

 これで私の社会人プライドは守られたわ。


「子供もハルナが望むなら産めばいい。体は25歳だから。ただね……」


 団長は少し申し訳なさそうな、残念そうな顔をして言い淀み、

「生まれてくる子は多分王族として認めてもらえない。俺は王籍を剥奪されたから。ごめん」

 と、申し訳なさそうに私に謝る。


「何で団長が謝るの? 王族じゃないと何かまずいの?」


 私はきょとんとして団長を見返した。

 一般peopleな私には、その方がむしろ楽そうな気はするけど。

 団長はちょっと不思議そうな顔をして言った。


「俺に王籍は必要ないけど、女性ってそういう所に夢を持つ人が経験上とても多かったから……。ハルナはそういうのない?」


 私はちょっと考え、ポンと握りこぶしを打った。

 ああ、団長はいわゆる王子様だもんね。

 ようやく理解した。

 そういうのって、こっちでもあるのねぇ。


「私の国にも確かにそれっぽい人はいたけど、自分がそのお相手になりたいとは考えたことなかったし、始めからなければ子供だって夢も見ないわよ。大体私の知ってる団長って楽しそうに畑仕事してる団長くらいだもの」


 そう答えたら、団長は妙に嬉しそうな顔をして、

「そうか……なら問題ないね。すごいや。本当に青の5の月の奇跡かもしれない……」

 と言ってパンツの右ポケットを触っていた。


「それより不敬罪は? 私、打首になっちゃうの?」


 私にとっては生まれてもいない子供より、目先の自分の事よ!!

 打首になったら、子供も産めないじゃない。


「その前にハルナ、“うちくび”とか“ごくもん”ってどういう意味?」

「私の国の刑罰よ。打首はその通り刀……剣で首を切る事、獄門はその首を見せしめに晒すこと」


 あれ、こっちにはないのかな?

 私は手で首を切る動作をして見せたら、団長がドン引きした。


「怖っ! こっちにはそんなのないよ! ハルナの国はそんな残酷な刑罰があるとか、厳しすぎない?」


 こっちって暗殺とか国境の小競り合いとかないのかなぁ。

 平和ボ……いえ。なきゃない方が平和よね。


「さすがにすーっと昔の刑罰だよ。私のいた時代にはもうなかった」


 私がそう言うと、団長はあからさまにホッとした様子だった。


「そ、そうか。安心した。大体聖女を不敬罪になんてできないから心配しなくていいよ」


 あの乱入はやっぱり不敬罪に当たるそうだけど、私か聖女であること、結婚する気のなかった団長が結婚する気になっただけでもありがたい、私の不敬罪なんてチャラでOKだと陛下は言ったそうだ。

 本来は手順を踏んで謁見するものだって。

 なんと私、救国の聖女だそうですよ。奥さん!!


「聖女ねぇ。それ、全然実感ないんだよね。浄化魔術の修行も必要ないんでしょ?」


 こちらの聖女は存在するだけでいいそうだ。

 その存在がこの地の魔力を安定させて、自然と魔物の発生を抑えてしまうらしい。

 私が魔の森で素っ裸の上、血を流していても獣や魔物に襲われなかったのは、この聖女パワーが原因だったらしい。


「基本こちらで好きに生活してくれればいい。浄化の魔術は生活魔術だし、覚えたいなら俺が教えようか?」


 真面目な顔で団長は答えてくれるけど、違うYO! そっちじゃないんだYO!!

 私が言いたかったのは魔物に囲まれた中“エリアヒール”と叫んだり、白いドレス着て神殿での聖女の祈りを捧げるとかでして……。

 これは完全に勘違いしてますね。ははは。

 後で認識のすり合わせが必要っと……。


「ねぇハルナ。この4番と5番と6番、まとめていいかな?」


 答えてもらえれば何でもいい。

 カリカリとペンを走らせながら、私は、

「えーと。隣国のお姫様の件と昨日帰ってこなかった事と蟄居についてね。OK。さぁ、どうぞ!」

 と言った。


「俺とルドヴィルはハルナを見たとき聖女だってすぐに分かったんだけど、それを王宮に知らせず隠していたんだ。それが王宮……兄上にハルナの存在を知られた。この国では聖女を隠して独占することは罪で、本来なら罰として俺はマントを使って兄上に永久の忠誠を誓い、断った隣国に婿入りすると宣言させられそうなところにハルナが転移してきたんだ」


 そりゃあ私、ガン見されちゃう訳だ。


「ハルナから手紙を受け取って、やっとルドヴィルの作戦の全容が理解できて、あとはハルナの知る通りだ」


 団長が言うには、騎士のマントは魂を差し出すのと一緒の意味で、主君や仕える人、愛する人へ永遠の忠誠を誓う事にも使ったりできるけど、生涯ただ一度きり。

 そしてその意思は誰であろうと決して邪魔をしてはならない、という不文律があるそうだ。

 団長はたった一度を私に使ってくれたんだ。

 どうしよ……。嬉しくって泣きそうだ。


「でも蟄居は? 蟄居ってどこかに閉じ込めちゃうって事でしょう? 大丈夫なの?」


 団長は首を横に振った。


「大丈夫。王籍剥奪と蟄居はね、兄上から俺達への祝福だよ。多分」


 団長は王族である事をずっと重荷に思っていた。

 けど、そう簡単に辞められるものでもない。

 私を隠して契約までした事は、普通の貴族ならともかく、王家にとっては大きな罪。

 建前上、罰を与えなくてはならない国王様は、団長が一番望むことを罰にして下さったそうだ。

 辺境伯様には団長を開墾の労役に使えとも言っていたそうだから、現状はそれほど変わらず、塔での生活になるそうだ。


「そうかぁ。じゃあ安心して帰れるね」


 団長はすべての質問に答えて、すっかり冷めたお茶を一口飲んで言った。


「そうだね。でも次は俺の話ね」


 ぅえっ、まだ何かあるの!?

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