第9話 いつも笑ってるのは、憎いはずのアイツ。

 昨夜枕元に置いて寝たミネラルウォーターをごくごくと飲み、一息つく。


 ──私は今日、どうして会社に行ってないんだっけ? あぁ、有休をもらったんだ。どうして? あぁ、昨日の飲み会で透悟君が……。


 回想していると、知らない間に真亜子の目から涙が流れていた。昨日から一滴も出なかった涙は、ちゃんと出た。やはり悲しいのだ。

 その涙で、自分が透悟のことをちゃんと好きだったと思い出し、さらに涙が止まらなくなる。


 疲れるほど泣いたのは、久しぶりだった。


 一日中泣いていた。

 気づいたら、外がすでに暗くなっていて、驚いた真亜子はカーテンを開けてみた。

 そこに映ったのは、泣き疲れてボロボロになった自分の顔。


 ──物語の主人公も、楽じゃないよね。


 隣にあるはずの笑顔がない。


「なんでいつも笑ってるのよっ!」

 真亜子は怒りに任せてカーテンを思い切り閉めた。ひどいことをされたのに、それでもまだ抱きしめてほしいと思っているなんて、本当に自分はバカみたいだと思った。


 ──これから会社でどんな顔をすればいいの……? そもそも、私と透悟君が付き合ってたと知ったのは由美さんと早希さんだけのはず。だったら何もなかったかのように平然と現れても大丈夫だよね……?


 真亜子は透悟と莉夢に今まで通り接する自信がなかった。

「しばらくは先輩達の力を借りよう……」

 改めて、いい先輩を持ったな、と思った。


 ──どうせ主人公になるなら、ハッピーエンドの物語がよかったな……。


「戻って来て……」


 このに及んでまだ透悟に戻ってきてほしいと思っているあたりが、バカな自分らしいなと思った。

 今日だけは、人間らしい生き方を捨てよう。人間は一日食べないくらいで死なない。


 真亜子はご飯を食べることもお風呂に入ることも諦め、明日の仕事に備えて眠ることにした。水の入ったペットボトルで目を冷やそうとして、やめる。


 ──べつに腫れてブサイクでもいっか。


 残った水を一気に飲み干して、再び布団に潜り込む真亜子の目からは、もう涙は流れていなかった。



『黒髪に黒いカクテル』

──完──

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