わたしのナイトは腹黒な賢者様

ナギサ コウガ

01.わたし追放された

 イレーネは剣の達人である。

 古い流派ではあるがシリウス剣術を学び師匠を超えた逸材として活躍を期待されていた。

 彼女は剣で名声を得ようと日々努力していた。それは幼少期のトラウマを乗り越えるためでもあった。

 各地を訪れ魔物討伐、盗賊征伐等を行い実力をつけていった。徐々に名声が上がり”剣舞”という二つ名がつけられたのもこの頃からだった。

 彼女の名声に目を付けた勇者ウルリヒはイレーネをスカウトしパーティメンバーとして行動をする事になった。

 勇者ウルリヒの目的は魔王征伐である。

 魔王の国へと行くにはモンプロフォンデ迷宮を踏破するしかない。この迷宮を踏破するのが勇者パーティの直近の目標であった。

 しかし、モンプロフォンデ迷宮が発見されてから踏破したパーティは未だにいない。

 攻略を諦めても他のルートでは魔王の元に到達できないのだ。必然迷宮攻略が至上命題だった。

 魔王討伐は国策となっている。しかし未だに魔王の国へ到達した者はいないのであった。

 

 勇者ウルリヒのパーティはバランスが程よく取れていた。

 優秀な剣士であるイレーネは一対一では絶対的な強さを誇る。

 迷宮探索に必要な存在である斥候。

 治癒魔法を操る僧侶。

 広範囲の魔物を殲滅する魔法使い。

 少人数で攻略するのが基本の迷宮攻略には最適な人選でもあった。

 その中でも勇者であるウルリヒの力は群を抜いていた。全くの我流である隙だらけの剣術なのだが魔物はウルリヒに近づく事すらできなかった。どのような方法を使っているのかイレーネには全く理解できなかった。

 ウルリヒの前では魔物ですら無抵抗なのだ。敵に攻撃の意思がないためウルリヒが怪我をする事すらなかった。まさに無敵であった。

 この勇者パーティをしても迷宮の深層へは到達できなかった。先人が到達した最深部にすら到達できないのだ。迷宮攻略の難易度が伺える。

 理由は明らかだった。

 途中の階層には一度に多数の魔物がポップする階層がある。

 ウルリヒとイレーネの剣技は一対一に強い。特にイレーネは特化しているといっても良い程だ。従って多数の敵を同時に対処するには難しい。広範囲攻撃魔法を使う魔法使いはいるが、魔法の数には限界はある。

 他の迷宮攻略パーティは彼らが停滞している階層をクリアしていった。少しづつではあるが攻略を進めているのである。これは迷宮攻略をコントロールしている冒険者ギルドから仕入れられる情報でもある。

 この事実がウルリヒのプライドに触った。なりふり構わず問題の階層に突っ込んでいったのだ。

 ウルリヒは多数の魔物に囲まれても相変わらず負傷をしない。てこずるが確実に魔物を屠っていく。

 斥候は巧妙に隠れ戦闘に参加しない。

 僧侶は治療魔法があるため防御に特化して戦闘に参加している。時折パーティの治療をするので精一杯だ。

 魔法使いは広範囲魔法で魔物をなんとか凌いでいる。

 イレーネだけ多数の敵に対応できず怪我が絶えなかった。僧侶の治療魔法の殆どがイレーネに使われているのだった。

 完全にこの階層の魔物との相性であるのだが結果としてイレーネが足手まといになっているようにウルリヒは思えた。やがて攻略が進まないのはイレーネが原因と結論づけてしまった。

 その頃に一つの出会いがあった。

 疲労しまくった勇者パーティが迷宮近くの街に戻ってきた時にある女戦士と出会ったのだ。

 女戦士はレリアという妖艶な美女だった。珍しい魔剣の所有者であり広範囲の魔物を殲滅する秘剣が使えるという噂であった。女性としてもウルリヒを満足させる相手であり、ウルリヒはレリアに夢中になった。

 一対一の剣技ではレリアに負けない自負があったイレーネだったが体を使ってまで勇者を篭絡する術を知らなかった。剣一筋に生きていたからだ。

 程なくイレーネはウルリヒに疎まれるようになった。

 ある日、問題の階層に勇者パーティは挑んでいた。レリアが加入したので、ゆっくりではあるが階層を徐々に攻略する事ができた。

 機嫌をよくしたウルリヒはこの階層を攻略しようとした所で問題が起きた。

 イレーネが重症を負ったのだ。最初はレリアと一緒に進んでいたイレーネだったのだが乱戦の中でイレーネは孤立してしまったのだ。

 イレーネは知る由もないがこれはレリアの作戦であった。勇者に同行する戦士は一人だけでよいと考えていたようだ。どうにかしてイレーネを排除しようと画策していたのだ。

 この階層での乱戦で良い機会を得たとレリアは思い意図的にイレーネを孤立させたのだ。

 結果イレーネは重傷を負った。僧侶の治癒魔法では重症までは治せない。僧侶と魔法使いの撤退という進言もウルリヒは良しとしなかった。イレーネを放置したままでも攻略を進めようとしたのだ。

 しかしレリアの甘い言葉にあっさりと態度を翻し撤退したのであった。

 

 街の治療院で重症のイレーネの治療を終わらせた後ウルリヒは一つの決定をする。

 パーティからイレーネを外す決定であった。

 その決定をイレーネは定宿としていたウルリヒの部屋で聞いたのであった。

 魔王討伐の指示を受けたウルリヒは国から多大な支援を受けていた。この定宿もこの街では最上級の宿であった。尚且つウルリヒの部屋はその中でも最上級の部屋であった。

 部屋にいたのはウルリヒとレリアの二人だけであった。二人とも薄着であり先ほどまで睦み合っていた事は男女の機微に疎いイレーネですら分かった。

 そのような中で捨て台詞のような形でイレーネにとって重要な決定を告げられたのだ。

 

 「お前はもう要らない」と。


「もう一度言って貰えない?わたしはこのパーティには不要と聞こえたのだけど」


 イレーネは震える声で密着している二人に向けて言う。その目はいつになく厳しい目であった。

 ウルリヒはなんの感動もなく冷酷に言い放つ。


「ああ、そうだ。イレーネ、お前は俺のパーティの足手纏いだ。お前のような剣士は要らん。俺にはレリアがいる。コイツさえ居れば俺はこの迷宮を攻略できる。迷宮に潜る度に重症を負うお前は最早要らぬ。どこにでも立ち去れ」

 

 レリアを抱き寄せ、その体を触りながらウルリヒは興味なそうに言う。既にウルリヒはイレーネを見ていなかった。抱いているレリアを見ているのであった。

 その意図を汲み取ったレリアは体を密着させながら寝台にウルリヒを誘う。二人はイレーネを無視するように奥の部屋に入っていった。

 侮辱を与えられて震えたままのイレーネは人形のように固まったままだった。


(わたしはあの女に負けた訳ではない。ウルリヒがあの色香に篭絡されたのだ。一対一であればあの女にわたしは負ない。負けない筈なのに・・・不要とされてしまった)


 不要と言われて簡単に「はい」と引き下がる訳にはいかないのだ。他のパーティメンバーから取りなしてなんとか留まれないものかと一考する。

 しかし誰もがウルリヒには意見ができない。理不尽な決定もウルリヒが決めた事なら皆従うしかないのである。

 つまりイレーネは勇者パーティに戻る事はできないのである。追放確定であった。


「そうだ。忘れていたわ、このままじゃ今日の宿も大変でしょ?恵んであげるわ」


 奥の部屋から半裸姿のレリアが顔を出す。そして無造作に銀貨を放り投げる。その顔は愉悦に浸っている表情であった。しかしウルリヒの丸太のような太い腕に抱きかかえられ視界から消えていったのである。

 自分を見下した顔がすぐに消えていったのはイレーネにとっては幸いだったのかもしれない。その後は睦合う声が聞こえるのみであった。

 放り投げられ足元に転がってきたのは銀貨一枚。これだけでは超激安な安宿に宿泊できるかという所だろう。

 実は迷宮に潜る毎に得られる報酬は全てウルリヒが管理という名目で独占している。日々の暮らしに不自由がなければイレーネには報酬はどうでもよかったのだ。

 その結果、追放処分になったイレーネは無一文だった。今更ながら他のメンバーのように報酬の交渉をしておくべきだったと後悔するイレーネであった。

 従って足元にある銀貨すら今や貴重なお金だ。しかしプライドが邪魔をしたのかイレーネはそれを拾う事なく宿泊施設を立ち去ったのであった。

 

 それからの数週間はイレーネにとっては屈辱的な生活だった。

 当面の生活費を稼ぐため久しぶりに冒険者ギルドの依頼で小さな依頼を受けざるを得なかったのだ。

 勇者パーティから追放されたとはいえイレーネの剣技は全く鈍っていない。

 レリアのような妖艶な美女ではないが健康的な細長い肢体のアスリート系の体だ。とはいえ出る所は出ており引っ込む所は引っ込んでいる女性らしい体でもある。

 レリアのように着飾る事をよしとしないためピンクオレンジの長い髪は無造作にまとめている。

 スカイブルーの大きな瞳は勝気な性格を表しているように吊り上がり気味である。鼻筋は綺麗に通っており、見た目だけでも十分に人目を惹く容姿である。

 それでいて剣技は国内で十本の指に入る程の技術を持っているのだ。勇者パーティから離脱した今、他の迷宮攻略組から誘いがかかる事をイレーネは信じていた。


 しかしその予想はあっさりと裏切られる。

 迷宮攻略組からは声が掛からなかったのだ。これは裏でウルリヒが手を回した結果のようである。絶大な戦闘力と国の庇護を受けている権威を持つウルリヒに逆らうパーティはいなかったのだ。

 こうしてイレーネはその日暮らしのような小さな依頼で日々を暮らしていくことになったのである。

 迷宮攻略組が多いため冒険者ギルドに貼られている依頼は迷宮関係が多い。ソロで受けられそうな依頼は少なかった。結果イレーネは生活をしていくだけで精一杯だったのである。

 イレーネの窮状を見た中堅どころのパーティが誘ってきた。足元を見られたのか余りにもの悪条件を突きつけられてしまうのであった。それでも今のイレーネには選択肢はなく悪条件で受けるしかなかったのであった。

 中堅どころ攻略組に参加したのだが結果イレーネは役に立たなかった。それどころか孤立し行動の和を乱してしまったのだ。

 イレーネは意識していなかったのだが集団行動ができなかったのだ。

 ウルリヒのパーティは圧倒的な戦闘力を誇るウルリヒが滅茶苦茶に暴れるのが基本行動である。その討ち漏らしを片づける。またお互いに干渉しないように魔物単体と戦っているのだ。戦いに於いては集団行動をしたことがなかったのだ。

 参加したパーティのメンバーの動きはイレーネには物足りなく、まだるこしい動きであった。必然突出してしまったのである。だがソロでも魔物を全て倒せてしまうのでパーティとして危険はなかった。

 それをイレーネは良しとしたのだがメンバーは良しとしなかった。集団行動ができないのは深層階に潜った際に万が一あった場合に取り返しのつかない問題が発生する可能性が高くなるのだ。

 実際に深層階ではイレーネのみ負傷をした。このパーティには治癒魔法を使えるメンバーがいなかったのでイレーネは十分な治療を受ける事ができなかった。

 その後の攻略にはイレーネは参加できなくなったのである。

 このような事が何度も起こり且つメンバーが集団行動の是非を説いても行動が変わらないイレーネにメンバーは音を上げてしまったのだ。

 数回の迷宮攻略の後イレーネはパーティから抜けるよう懇願されたのであった。拒絶されてしまった以上イレーネはパーティに留まる事ができなかった。

 また、この中堅どころパーティは他の中堅どころパーティと連絡を密に取っていた。忽ち他のパーティにもイレーネの行動は知れ渡る事になったのだ。

 イレーネと仲間にしたいと思うパーティはいなくなったのである。

 更に追い打ちがかかる。

 噂を聞きつけたウルリヒとレリアがイレーネの元に来たのである。

 丁度ソロで受けられる少額報酬の依頼をイレーネが見ているタイミングであった。二人は侮蔑の表情でイレーネを見下ろしていた。

 

「よう。元気でやっているか?その表情じゃそうでもなさそうだな」

「分かっていて言うのね。意地が悪いわよ。でも事実を指摘するのは間違いじゃないわね。イレーネ、随分困ってそうじゃないの?」


「・・・・冒険者ギルドにはあなた達は用が無いでしょ?何をしに来たの?」


「いや~。前の仲間の窮状をちらっと聞いてな。なんとかしてやろうと思ったんだけど余計だったかな~?」

「ウルリヒは優しいわね。役立たずに救いの手を差し出してあげるってさ。よかったわね」


 明らかにイレーネの現状を分かって楽しんでいる二人である。心の中の怒りを必死に押し込めながらイレーネは辛うじて返事をする。


「わたしは勇者のパーティには不要な人材でしょ?今更戻れという訳でもないでしょ」

「あら~、鋭いわね。そうよ。役立たずでもちょっとは役に立てるんじゃないかってウルリヒが考えてくれたのよ。ありがたく受けなさいな」


 イレーネの言葉を肯定するレリア。その表情は変わらなかった。完全に揶揄っていると分かっているが今の窮状を脱するために話だけでも聞こうと会話を続ける。

 

「前のようなパーティメンバーとしてなの?」

「そうよ。少し、ほんの少し立場は変わると思うけど前のように前衛の戦士として一緒に行動できるわよ」


 レリアの言葉に俯いていた顔を上げるイレーネ。その表情は少しの希望を含んだ顔であった。その表情を見たウルリヒは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「そうよ。元に戻れるのよ。待遇面はちょっと変わるけど前と同じように迷宮攻略ができるからいいでしょ?」

「・・・・待遇って何?」


 レリアの言葉の真意を聞いていないイレーネは警戒の表情に変わる。あれほどの仕打ちをした二人が無条件で戻す事はあり得ないと思ったのだ。

 イレーネの予想通りウルリヒは下卑た表情で非情な宣告をする。

 

「ああ、俺に生涯に渡って身も心も捧げると誓うだけだ。簡単だろ?それで元通りだ」

「・・・・それは奴隷契約を結べと言う事よね?」

「奴隷か。レリア、一般的な表現をするとそうなるのか?」

「そうかな?私は違うと思うけどね。身も心も捧げると誓約するのよ。将来は英雄となるウルリヒの妾になるのよ。破格の条件だと思うのだけど。勿論正妻は、あ・た・し・よ」

「だよな?勇者が奴隷を所持したら外聞が悪いよな。俺は妾として声をかけたつもりだったんだがな。さて、イレーネ。お前返事はどうするんだ?」


 イレーネは内心の激しい感情と戦っていた。

 粗暴なウルリヒの妾になる事は考えられなかった。レリアは上手く篭絡しているようだが自分に同じ事は決してできない。

 体を触られるという事を考えただけで身の毛もよだつ。妾という表現を使っているが実質奴隷のような扱いをするつもりなのは明白であった。

 目の前にいる二人に何をされるのか考えたくもなかった。


(何を間違えてしまってこのような決断を迫られないといけないの?)

 

 絶望するしかないイレーネだった。

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