らぶちゃんねる

真波のの

ラブチャンネル


「きらきら! にこにこ! どうもラブちゃんです!」


 小さなビデオカメラに向かって、ポーズを決める。手首をくるくるさせた後、ほっぺの横でピースをするのが私のいつもの挨拶。動画の始まりはいつも同じにしておくことが大切なんだってパパは言う。


「さぁ、今日は先行発売された『ぎゅぎゅっとプニキュア』の変身コンパクトで遊んでみたいと思います。見て見てー、ハートがいっぱいですっごく可愛いの。今日はね、説明書読んできたからね。しっかりレビューするよー。えへへ」


 プニキュアのお面をしていて顔は見えないけれど、撮影中は笑顔で話すことを心がけている。顔は見えなくても、表情はちゃんと声に出ているぞって、パパが言うから。


「えーと、ここを押しながら回すと……おー、ハートの形になったぁ。すごいね! で、このボタンを押すと決め台詞が流れるんだって! 押してみるよー」


 音が拾いやすいように、コンパクトをビデオカメラに近づける。三日前に出した動画に谷間が見えたってコメントがあったことを思い出して、角度に気をつけた。

 プニキュアは今年で十五年目になる幼児向けアニメシリーズだ。中学生の女の子たちが可愛い衣装に変身して地球の平和を守るために戦う。コンセプトは王道でシンプル、だからこそシリーズごとの味付けの幅は広い。

 公式で発売されている衣装は百二十センチまでの対応なので中学二年生の私はさすがに着ることが出来ない。ママが作ってくれる衣装は、公式のものよりもずっと完成度が高い。今回の衣装はチアリーディングがベースになっているので、おへそも肩も出ていて少し恥ずかしい。

 でも、撮影を始めるとそんなことも忘れてしまう。声だって、いつもの私とは違う気がする。ビデオカメラが回っている間は、私はラブちゃんなのだ。


『ハートぎゅぎゅっと! 元気いっぱい! キュアコール!』


 コンパクトから声優さんの可愛い声が流れた。

 プニキュアの声優さんはいつも名前の売れていない新人が起用される。今期はプニキュア三期の星野ルルさんと声質が似ている。甘めだけど、よく通る良い声。


「可愛いね! チャームを変えると声も変わるよ! どんどんやってみよー!」


 コンパクトにはめ込むチャームは前期と似てるけど、全部ハートの形になっているところが大きな違いかな。話したいことはたくさんあるけれど、情報量と見やすさのバランスは難しい。でも、なにより自分が楽しむことが一番大切。


「ご視聴ありがとうございました。チャンネル登録お願いします! ばいばーい、また見てね」


 三秒くらい手を振ってから、ビデオカメラを止めた。今回の撮影時間は三十七分。これを編集して五分から十分程度の動画にして、YouTubeにアップする。

 撮影が終わると、ビデオカメラをパパの部屋に持って行く。編集はいつもパパの仕事だ。

 そのままでは単調な映像も、音楽を入れたり、強調したい場所に字幕を入れたり、分かりやすいように画像を入れ込んだりすると、びっくりするくらい見やすく面白い動画になる。


「はーい」


 目をこすりながら、パパが部屋から出てきた。


「寝てた?」

「おー、大丈夫」

「はい、これ」

「おつかれさん」

「完成はいつになりそう?」

「今日が木曜日か。初回放送が今週だから今日中にはがんばるよ。明日の夕方にアップして、企画会議も明日だな」


 プニキュアシリーズ十五作目になる『ぎゅぎゅっとプニキュア』が日曜日から放送開始になる。放送後は検索数が跳ね上がるので、それまでに動画を上げておくことが大切だ。


「了解」


 パパはSEとして働いていて、仕事から帰って私の動画の編集をしてくれる。一本編集するのに、だいたい三時間から四時間くらいはかかる。仕事をしながら編集をするのは、とても大変だろうなって思う。

 最近、隈が濃くなった気がする。


「無理しないでね」

「おう、ありがとな」


 パパが頭をぽんぽんと撫でてくれる。

 パパは背が高いし、歳も友達のパパよりもずっと若いし、感覚も若い……と、思う。

 私が初めて動画投稿をしたのは小学六年生のとき。YouTubeに動画を上げていたのがバレて、ママは猛反対したけれど、パパは賛成してくれた。


「あら、撮影終わった? おつかれさま」


 そんなママも、今ではとても協力的だ。というか、最近一番やる気があるのはママかもしれない。


「もう十一時過ぎたわよ。そろそろ寝なさい」

「はーい、顔洗ってくるー」


 お面で顔に汗をかくので、撮影をした日は寝る前にもう一度顔を洗う。

 最近、お風呂場をリフォームして洗面台がぴかぴかになった。LEDのライトがついて女優さんが使う化粧台みたい。鏡は毎日ママが磨いているので汚れひとつついていない。

 なんだか自分の家じゃないみたいだなぁと思いながら、ばしゃばしゃ顔を洗った。




「ねぇ、進路調査の紙書いた? まだ二年になったばっかりなのに進路とか分かんないよね?」


 少し茶色がかった長い髪を人差し指でくるくるさせながら、茉里奈ちゃんが言った。


「一応。まだ学校見学もしてないし、よく分からないよね」


 結奈ちゃんが言った。結奈ちゃんは最近長かった髪を切ってボブヘアになった。ぱっつんの前髪が良く似合う。

 茉里奈ちゃんと結奈ちゃんとは一年のときにも同じクラスだったけれど、三人ともグループが違ったからあまり話したことはなかった。二年になって仲良い子がいないもの同士、なんとなく休みの時間は一緒にいる。


「私も一応書いたけど適当。親は私立にしろって言ってるけど」

「え? 私立をすすめてくるの? 愛ちゃんの家ってもしかしてお金持ち?」


 しまった。急いで取り繕う。


「違う違う! ほら、事務所……じゃなかった、えーと、ほら私高校生になったらグレる予定だから、親が校則はゆるいところがいいよって!」

「あはは、なにそれ。愛ちゃんがグレるとか想像できないんだけど」

「茉里奈ちゃんはパリピになりそうだよね」

「えー、やだぁ。ならないよぅ」

「あっ、進路調査で思い出したけど、木本の話聞いた? 進学希望先、YouTuberって書いたらしいよ」


  YouTuberという単語に自然と鼓動が速くなる。


「マジで! まだ続けてたんだ、あのつまらないチャンネル」

「第二のヒカコンになるって」

「いや、無理無理、絶対に無理」

「ってか、ヒカコンって面白い? 子供向けじゃない?」

「あー、確かに。小学生のうちの弟好きだし。売り切れたおすすめのポテトを転売でで買おうとして親に怒られてた。私はYouTuberなら断然第3グループだな。」

「あー、茉里奈ちゃんっぽい。私はソラピースかな。はじめぶちょーも好き。かっこいいし」

「あー、結奈ちゃんっぽい。ソラピースラップ上手いよね?」

「そうなのー。新曲がめちゃめちゃかっこよくて……」


 先輩YouTuberたちの名前がどんどん出てきて、会話に入れない。私の名前が出るはずがないって分かっていても、はらはらして心臓に悪い。

 私の視聴者層はプニキュア世代の小さい女の子たち、それと成人男性だ。

 そう、困ったことに四十二万人いるラブチャンネル登録者の約半分が成人男性なのだ。


「――愛ちゃんは?」


 突然、名前を呼ばれてはっとする。


「えっ、ごめん。聞いてなかった」

「もー、本当に愛ちゃんって天然だよね」

「ご、ごめんごめん」

「愛ちゃんの好きなYouTuberは?」

「えーと……ごめん、よく分からなくて」

『ふーん』


 二人のつまらなそうな声が重なった。


「席に着けー、チャイム鳴ったぞー」


 岩田先生の声がして、自分の席に戻った。

さっきは、空気を悪くしちゃったな。最近クラスで人気のチャンネルは、大人の男の人がはしゃいでいるような動画ばかりで、苦手だ。

 ヒカコンで子供向けなら、私の好きなチャンネルなんて知らないよね。おもちゃや人形しか出てこないもんなぁ。


「おい、斉藤。プリント回ってんぞ」

「あ、ごめん」


 隣の木本に話しかけられて、岩田先生恒例のミニテストが配られていることに気が付いた。慌てて受け取って後ろに回す。やるのはいいけど、終わったら直接持って行くスタイルなのが不満だ。岩田先生が一枚ずつ受け取るから鳥肌が止まらない。目立つのは嫌だから、教卓に置いていきたい気持ちを抑えて毎回手渡す。

 後ろの席の子がまとめて集めればいいのに。でもそれだと、一番後ろの席になったら終わりか。厚みのあるプリントを両手で手渡す想像をしてしまって気持ち悪くなった。

 岩田先生が悪い訳じゃない。中途半端に禿げた頭と、典型的なビール腹という見た目の気持ち悪さはあるけれど、問題はそこじゃない。

 問題は、私にある。


「なぁ、さっき俺の話してただろ」

「ん?」

「俺の夢がYouTuberって話、してただろ」

「あぁ。茉里奈ちゃんたちが話していただけだよ。私は聞いてただけ。それに木本は自分のチャンネルあるんだから、夢もなにも、もうYouTuberじゃん」


 実は私がYouTuberを始めたきっかけが、木本だったりする。

 小学六年生の夏休み前、木本は「俺はYouTuberになる。チャンネル作ったら登録してくれよな」とクラスのみんなに言い回った。

 そんな木本に私は変な勇気をもらって、さっそく自分のチャンネルを作った。顔はお面で隠して、プニキュアのおもちゃ紹介動画を上げた。ずっとずっと大好きだったプニキュアだけど、周りにまだ観ている子は誰もいなかった。初めてのコメントは今でも覚えている。


『分かりやすくて良かったです。プニキュアが大好きなことが伝わってきました』


 すごく嬉しかった。プニキュアの話なんて、友達は誰も真剣に聞いてくれなかった。それどころか高学年になると馬鹿にされることが多くなって、だんだん話さなくなった。だから思い切り好きなことをしゃべって、それが誰かにちゃんと聞いてもらえたことがただただ嬉しかった。

 でもパパのパソコンを使ったからすぐにバレて家族会議になった。ママはパパがパソコンなんて教えるからだってかんかんに怒っていた。でも、パパは褒めてくれた。


「愛は才能があるよ。俺が編集したりマーケティングすれば絶対に伸びる。中学二年生までに結果が出なければ辞めさせよう。ちゃんと顔も隠していたし、愛はえらいよ。受験に影響することもないよ」


 そう言ってママを説得してくれた。

 結果はすぐに出た。パパがTwitterで宣伝したり、関連動画に載りやすいようにしてくれたおかげで、登録者数はぐんぐん増えていった。

 木本のチャンネルはいつまでたっても作られないまま、夏休みが終わった。その一年後、中学生になってまた同じクラスになった木本に「チャンネル作ったから登録してくれよ」って言われたとき、私のチャンネルは銀の盾が貰えるまでになっていた。

 銀の盾とは、登録者十万人を超えると貰える人気YouTuberの証だ。ちなみに、百万人を超えると金の盾が貰える。


「――馬鹿、盾も貰えてないやつはただの一般人だろ」


 ちょうど盾のことを考えていた時に盾の話をされたので、びっくりした。木本に心、読まれてたりして。なんてね。


「そっかぁ」


 適当に返事を濁す。


「なぁ、斉藤お前もしかして……YouTuberだったりしないよな?」


 ……あれ、本当に心読まれてる?


「おいそこ! しゃべるな!」


 岩田先生に怒られて、おしゃべりはそこで終わってしまった。





 帰り支度をしていると、また木本が話しかけてきた。


「なぁ、今日一緒に帰らない?」

「え? なんで?」

「んー、いや、とくに意味はないけどさ」

「さっきの話なら、ちゃんと否定しておくよ。私、ゆ、YouTuberとかしてないからね。あ、あと茉里奈ちゃんと結奈ちゃんと一緒に帰るから」


 よし、ちゃんと言えた。心が読まれている訳がないのだから、ちゃんと否定しておけば大丈夫。うん、うん。


「お前らってそんなに仲良かったっけ?」


 確かに、それほど仲良しではない……というか、最近私が一人で浮いている気がする。


「……木本に関係ないじゃん」

「まぁな」

「……」

「……」


 沈黙が気まずくて立ち去ろうとすると、「なぁ」と言って木本に呼び止められた。


「もう、なに?」

「駅前のマック」

「え?」

「部活の後、駅前のマックで待ってるから、ちょっと話さない?」

「なに話すの?」

「んー、まぁ、いいじゃん」


 答えになっていないし、なにがいいのかまったく分からない。


「やだ、行かない」

「まぁ、待ってるからさ。気が向いたら来てよ」

「待たなくていい。行かないから」


 待ち合わせなんてしたくないからはっきりと断りたいのに、木本は「まぁまぁ、いいから」と曖昧な返事しかしてくれない。


「愛ちゃん、帰ろう」


 茉里奈ちゃんと結奈ちゃんがやって来ると「じゃあな」と言って木本は行ってしまった。


「なに話してたの? 授業中も仲良さそうだったよね?」

「いや、べつに……」

「ふーん」


 結奈ちゃんの目がなんだか怖い。


「ほら、自分のYouTube観てるか確認? みたいな。登録者増やしたいみたい」

「なんだぁ。もうすぐ登録者三百人みたいだしね。三百人いったら生配信するみたいだよ」

「結奈めっちゃチェックしてるじゃん。もしかしてファン?」

「止めてよ茉里奈、そんな訳ないじゃん。怖いもの見たさだよ」


 あれ、いつの間に二人とも呼び捨てで呼び合うようになったんだろう?


「どうしたの、愛ちゃん?」

「ううん、なんでもない。帰ろっか」


 生配信か。

 生配信とは、YouTubeでリアルタイムに動画を配信出来る機能のことだ。チャット機能もあるので、視聴者とYouTuberが直接コミュニケーションを取ることも出来る。

 前回の企画会議で、生配信の話も出たな。私が嫌がってボツになったけど。

 最近、企画会議が少し憂鬱だ。


「愛知オンエアって、いつも罰ゲーム長くない?」

「分かるー。ムチメガネさんっていつ呼び名戻るんだろうね」

「今年いっぱいとか?」

「あはは、やだぁ」


 茉里奈ちゃんと結奈ちゃんは、またYouTuberの話で盛り上がっている。

 私は今上履きをしまうのに忙しいですよってふりをしながら、二人を見ないようにする。

 そういえば木本ってなんの部活してたっけ? 

 部活終わりって何時だろう? 私が行かなかったら木本は待っているのかな?

 いや、関係ない。私は約束してないし。

 関係ない。絶対に、関係ない。


「ごめんね、愛ちゃん分からないよね」


 結奈ちゃんが声をかけてくれてはっとする。

 あぶないあぶない。また無視しちゃうところだった。

 えーと、そうだ。パパの好きなYouTuberは……。


「ごめん、さっきはとっさに名前が出てこなくて。ね、ねぇ、私水溜りポンドが好きだよ」

『あー、愛ちゃんっぽーい』


 二人のご機嫌な声が重なった。





 午後五時、駅前のマックで並んでいると「よう」と言って木本に声をかけられた。


「あっちのが空いてるぜ」


 木本が隣のレジを指差す。店員は眼鏡をかけた大学生くらいのお兄さんだ。

 視線が合いそうになって、慌てて顔を逸らす。


「いいの、こっちで。木本があっち並べば?」

「おう、悪いな」


 木本は私の言葉をポジティブに解釈したようで、隣のレジに並びに行った。


「こっちこっち」


 会計を終えると、木本が奥のソファー席で手を上げた。なんかさっきから、木本がいつも通りでむかつく。私はすっごく悩んで、待たせたら悪いと思ったから一応来たのに。

 アイスティーが乗ったトレーを向かいに置いて腰掛ける。


「なんの用? 忙しいんだから、手短に話してよね」


 声が自然ととげとげしくなる。でもそんな自分に本当はどきどきしている。かっこ悪いなぁ、私。


「まぁまぁ、ポテト食う?」


 木本のトレーにはLサイズのポテトとドリンクが乗っている。


「……うん」


 食べ物に罪はないのでありがたくいただくことにする。


「話っていうのはさ……俺の母ちゃん、ヤクルトレディーやってんだよ」

「ふーん」


 木本のお母さんがヤクルトレディーをやっていることが、私になんの関係があるのだろう。

 話が長くなりそうなので、とりあえずポテトをつまむ。出来立てのポテトがカリカリで美味しい。

 あぁ、そういえば、うちもヤクルト取っているなぁ。


「で、お前の家にも届けてるんだけど、玄関に銀の盾があったってマジ?」


 いきなり本題に入ったので、ポテトを変な飲み込み方をしてしまってむせる。そうだ、私の部屋にあった銀の盾をママが玄関に移動していたときがあった。誰かに見られたらどうするのってすぐに戻したのに……。それを木本のお母さんが見ていたんだ。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


「うわー、マジかよ。すげぇな。斉藤がやってんの? なに系のチャンネル?」

「えっ、いや、本当たいしたことないよ! ただの商品紹介とかだから、その……」


 沈黙を肯定と受け取った木本が興奮して捲し立てるので、思わず私も認めてしまった。


「登録者何人?」

「……四十二万人くらいかな」

「すげぇ! 才能あるんだな」

「全然! うちはパパが編集してくれてるから。そのおかげだと思う」

「え? 斉藤のお父さんが? 理解あるんだな。もしかして家族チャンネル?」

「ううん。出てるのは私だけ。木本のお母さんだって、盾知っているくらいだから、理解あるんじゃないの?」

「違う違う。恥ずかしいから辞めろって、そればっか。俺が盾を貰うまで絶対に辞めないって画像見せたら、これなら斉藤さんの家にあったわよって言うからさ。マジでびっくりしたよ。すげぇ、本当だったんだな。いや、すげぇわ」


 木本はさっきからすごいばかり繰り返している。声も大きいし、なんだか恥ずかしい。


「なぁ、登録するからチャンネル教えてよ」

「え、やだ」

「なんでだよ。斉藤は俺のチャンネル知ってるのに俺は知らないなんてフェアじゃないだろ」

「知らないよ。木本が勝手に教えてきたんじゃん」

「頼む! お願い! 一生のお願い!」

「えー……」

「お願い! 教えてくれなかったら土下座するぞ。いいのか、ここで俺に土下座されても」


 なにそれ。そんな脅し文句、聞いたことがない。でも確かに、ここで土下座されたらすごく困るのも事実だ。


「もう、仕方ないなぁ。でも、笑わないでね」

「おう、もちろん」


 木本に教えるとその場で視聴し始めた。なにこの羞恥プレイ。

 でも見ている木本の表情は真剣だ。

 へぇ、木本ってこんな顔もするんだ。


「専門チャンネル?」

「うん、プニキュア専門」

「幼児向けは需要あるから強いよなぁ」


 うんうんと言ってうなずいている。


「いいなぁ、斉藤は将来安泰じゃん」

「え、なんで?」

「なんでって、このまま続けていくだろ? 親の理解もあるし、最強じゃん。このままいけば、百万人も夢じゃないんじゃない?」


 百万人。そう、いつの間にか登録者百万人が私の家族の目標にもなっている。

 登録者数をどうやって増やすか、視聴回数をどうやって伸ばすか。最近の企画会議はそればっかりだ。

 でもディスプレイに表示された四十二万の数字を見ても、私はちっとも実感が湧かない。百万人なんて想像も出来ない。数字の先にいる人たちのことを考えるのは、怖い。


「今は辞めるつもりはないけど、将来のことはまだ分からないよ」

「しっかりしてるんだな」


 木本はまた私の言葉をポジティブに解釈したみたいだ。


「俺なんて全然ダメだもんなぁ」

「木本のチャンネル、発想はけっこう良いと思うよ。この間の漫画のシーンのパロディ、面白かった」

「えっ、見てくれてんの?」

「まぁ、うん」

「マジで! ありがとう! なぁ、俺のチャンネルってなにが足りないかな?」

「んー、やっぱり編集かな。間延びしちゃってる気がする」

「あー、やっぱり。だよなぁ」

「字幕入れるだけでも結構見やすくなるよ。あとサムネイルにも文字を入れた方が視聴者は選びやすいよ」

「おー、すげぇタメになる」


 同級生と作り手側からYouTubeの話をするのは初めてで、なんだか新鮮だった。





「それでは企画会議を始めます」


 夕食後、ママの合図で企画会議が始まった。テーブルにはママが淹れてくれた紅茶が載っている。


「三時にアップした新作は再生順調だな。愛は次に撮りたいのあるか」

「今期はわりと前作とチャームが似ているからどこかで比較動画は撮りたい。とりあえず新作のおもちゃがどんどん出るから、購入しにくい高額なものから紹介していきたいな」

「そうだな。土日はおもちゃ屋に行こう」

「うん。文具系とか毎年似てるしスルーしてたけど、セット物もあるから中身の紹介とか面白いかも」


 考えていた企画をどんどん出していく。


「おぉ、新しいな」

「ぬりえとか愛が塗ってみたらどうかしら」

「おぉ、いいな」

「えー、私下手だよ」

「下手でいいのよ。そういうところが視聴者さんは見たいのよ」

「そうだな。もっとチャンネルを大きくしていくには、愛自身の個性を前面に出していっていいよな」

「そうなのよ! メイン動画で抵抗があるならもうひとつチャンネルを作って、そこではもっと普段っぽい愛を見せていくとか。事務所も決まったし、お母さんはそろそろ顔を出してもいいんじゃないかしらって思うのよね」

「愛は可愛いしな、もっと人気が出るぞ」

「……やだよ」

「まぁ、まだ早いわよね。高校生になったら考えればいいわ」


 最近、いつもこの流れになる。実際、顔を見てみたいというコメントはすごく多い。でも、そのほとんどが男の人のコメントだ。最近、パパとママが話す〝視聴者〟が誰のことを指しているのか疑問に思うことがある。

 YouTubeを始めたころは顔を隠していたことを褒めてくれたのにな。

 そういえば中学二年生になったけれど、誰も辞めるかどうかの議論すらしない。私だって辞めたい訳ではないけれど、この違和感はなんだろう?


「サブチャンネルを作るのはパパに負担が大きいよ。メインチャンネルだけでも大変そうだもん。ゆくゆくは私が編集出来るようになって、もっとのんびり続けていけたらって思っているよ」

「例えばだけどな、愛が本腰を入れてやっていくつもりなら、俺は仕事を辞めてもいいと思っているよ。愛にはそれだけの実力があるとパパとママは思っているんだ」


 二人が頷き合う。

 ……。

 え、なにそれ。私がパパとママを養っていくっていうこと?

 無理無理! そんなの絶対に無理!


「まぁね、愛の気持ちが一番大切だから。ゆっくり考えていけばいいわ」


 ママがそう言って、企画会議は終わった。

 冷え切った紅茶を無言で飲んだ。

 ウェッジウッドのカップはママが最近買ったもので、持ち手が繊細で青い花の模様が奇麗だ。カップだけじゃなくて、ママも最近小奇麗になった気がする。

 YouTubeに動画を上げると、再生数に応じて広告収入が得られる。

 パパとママは隠そうとしているけど、ラブチャンネルの広告収入が毎月百万円を超えていることを私は知っている。



 


 自分の意志とは関係ないところで物事が動いている気がして、気持ちが悪い。

 ベッドに横になっても寝付けなくて、ぐるぐると色んなことを考えてしまう。

 あーあぁ、私が木本みたいに、自分がYouTuberになりたい人だったら良かったのに。

 自分で始めたことなのに、私はおかしなことを考えている。

 茉里奈ちゃんと結奈ちゃんは私がYouTuberをやっていることを知ったらどんな風に思うのかな。プニキュアが好きなんて引いちゃうかな。でもちゃんと事務所に入っていて、それが二人の大好きなYouTuberがたくさん所属しているuuunだって知ったら少しは尊敬してくれたりするのかな。でも心の中では気持ち悪いって思ったりするのかな。

 でも、もしそう思われたとしても、それを責めたりは出来ない。だって、私は自分のチャンネルを観ている男の人が怖いし気持ち悪いもん。

 YouTubeを始めて登録者が増えだしたころ、『ヤリたい』と一言書いてあるコメントを見つけた。そのコメントにはいいねのボタンがたくさん押してあって、当時小学生だった私はその意味が分からなかった。パパに聞いたけど曖昧にはぐらかされて、そのコメントはすぐに削除された。


「いろんな人がいるけど気にするな。どんなことがあってもパパとママは愛の味方だからな」


 パパが安心させるために言ってくれた言葉は、かえって私を不安にさせた。

 不安になりながら携帯で検索してみると、エッチなページがたくさん出てきて私は理解した。

『ヤリたい』っていうのはつまり『セックスがしたい』って意味だった。

 混乱した。

 まさか自分が大人の人からそんな目で見られているなんて想像したこともなかった。パパに禁止されていたエゴサーチをしてみると、掲示板に私に対するスレッドが立っていて書き込みがたくさんしてあった。


『ふくらみかけの胸がたまらない』

『声だけで抜ける。めっちゃ出たのを見せてあげたい』

『顔隠してるってことはブスだろ』

『今日の動画の2:19注目。相槌が喘ぎ声に聞こえる』

『編集は絶対親だよな。ラブチャンネルって名前も、狙いすぎ』

『ラブちゃんとラブラブしたい……』


 気持ち悪い書き込みで溢れていて、眩暈がした。

 英語がかっこいいと思ってつけたチャンネル名も、エッチなものとして受け取られているみたいだった。検索のときに同じ名前の風俗店らしきホームページが出てきたことを思い出して後悔した。

 あれからずっと、大人の男の人に対しての嫌悪感が拭えない。

 自分が、大人の人からそういう対象になっているなんて信じられない。普段も大人の男の人が怖くて避けている自分が自意識過剰で嫌だ。YouTuberなんてしなければ、そんな世界も見ずに、たぶん平和に過ごしていけるのに、そこでしか自分の価値を見出せない自分も嫌だ。

 あと、私はちゃんと分かっている。プニキュアの関連動画は多いけれど、おもちゃのレビューをしている専門のチャンネルが今はないからラブチャンネルの独占状態なんだ。この人気がいつまでも続く訳がないし、期待されるのが辛い。

 プニキュアが好きで、ただ共有したかっただけなのに、最近は純粋に楽しめないのが辛い。プニキュアに興味が無くなったらどうしよう。どうしようって考えてしまう自分が辛い。そしたら辞めたらいいんだ。辞めたらいいんだって思うんだけど、でも、でも――。


「はぁ……」


 溜息と一緒に思考も流れてしまった。えーと、なんだっけ。なんだか上手く考えられないな。

 ピロン。

 通知音でスマホを見てみると、木本のチャンネルの生配信のお知らせが来ていた。

 タッチしてページを開く。


「ついに登録者三百人いきました! みんなありがとー! 今日はコメント欄に来た質問に答えまーす」


 あぁ、三百人いったんだ。

 同級生は元々怖くないけど、木本はとくに怖くないなぁ。まぁ、こんなあほ面、怖い訳ないか。


「『かめはめ波して欲しい』。オーケィ、カーメーハーメーハー! 出ねぇ! はい次!」

「『逆立ちして歩いて』。おう、いくぞ! おー、逆立ち出来た! 出来たぞー! え、ここからどうやって歩くの。やべぇ、分からん!」


 質問というよりは、無茶な要求に木本がどんどん応えていく。くだらなくて、ついつい笑ってしまう。


「ぐわぁ! 腰打ったぁーー!」


 ふふ、くだらないなぁ……。

 木本が、大人にならなかったらいいのになぁ……。

 騒がしい声が、遠くなっていく。

 スマホを持ったまま、私はいつの間にか眠ってしまった。          

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

らぶちゃんねる 真波のの @manaminono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ