スノウ・ドーム

おおきたつぐみ

第1話 スノウ・ドーム

「ねえ、キス動画撮ろうよ」と彼女が突然言い出したので、私は驚いた。

「恥ずかしいよ」

と言うと、三脚をセットした彼女は、

「いつか役に立つかもしれないよ? ほら、おいで」と言って、私を抱き寄せた。

お互いの家庭を置いて、二人で泊っている運河沿いのホテル。

次に会えるのはまた一年後と思うと、私は素直に彼女の腕に身を預けた。


                   *


昨夜、突然彼女が亡くなったと彼女の娘から連絡があった。

朝に突然倒れて、そのまま意識が戻ることはなかったという。

既読にならないままのメッセージ画面に、悪い予感はしていた。

でも、まさか。

まだ私たちは60代で、「いつか」という目標のために、毎年検診も欠かさなかったのに。

まさか、もう彼女に会えないなんて。


突然自室に籠った私の様子に、夫と息子は「いつもの低血圧だ」と思ったようで、家事を要求することもなくそっとしておいてくれた。

この部屋は、彼女との25年に渡る思い出が溢れている。何百となった手紙、彼女とお揃いで贈り合ったアクセサリー、服、そして毎年、各地を一緒に旅行した際に買った品々。

そのひとつひとつに触れていった。

スノウ・ドームは小樽運河近くで買ったものだった。夏だったから、今度は雪景色を見たいね、今はその代わりにと彼女が提案したのだ。

ひっくり返すと、ドームの中の小さな町に、ゆっくりと雪が降り積もった。


その時、突然あの旅行で撮影した動画のことを思い出した。

彼女との写真や動画はすべて今の端末に引き継がれている。アルバムを遡り、見つけ出した。

再生ボタンを押すと、そこにはまだ若かった私と彼女がいた。

微笑んで見つめ合いながら近づき、抱き合い、角度を変えながら何度も繰り返されるキス。

あの時、見返しながら彼女が言った。

「キスって二人で作りあげるものなんだね」


ねえ、私たちは、いつか一緒に暮らそうという目標を叶えることはできなかったね。

思うよりも自分たちを縛るしがらみは多かったね。

でも、「いつか」と思って励まし合いながら愛をつないで生きてきた日々は幸せだった。

あの日の私たちはまるでスノウ・ドームに閉じ込められたみたい。

二人だけの空間で、永遠に繰り返される幸せなキス。


お願い、必ず迎えに来て。

そして今度こそもう離さないで。

それまで私は、このスノウ・ドームの中で待っているから。

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