第48話「ルー①」
みんなと別れ、家にたどり着いたのは午後も6時を過ぎた頃だった。
今日の我が家はカレーだろうか、香ばしいスパイスの香りが、家の外まで漂って来ている。
「お帰り花、プールどうだった?」
玄関を開けると、待ってましたとばかりにお母さんが寄って来た。
エプロンで手を拭きながら、ニヤニヤ、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……べ、別に。普通」
へどもどと答えながら靴を脱いだわたしの答えに、お母さんは不満そうな声を出した。
「ええー、別にってことないでしょー? あんた、珍しくあんな普通の格好してえー。みんなで遊ぶって、誰かその中に好きな男の子でもいたんでしょー?」
「ち、ちがっ、違うからっ。そんな人いないからっ」
なおも追及してくるお母さんから逃れると、わたしは自室に駆け込んだ。
後ろ手でドアを閉め、鍵をかけ、そのままその場に座り込んだ。
「ハアー……もう、お母さんたら……」
大きなため息が漏れた。
もう、なんてことを言うのだろう、お母さんなのに、子供で遊んで。
珍しいのはわかる。
遊びといえばひとり遊びばかりで、基本自室に閉じこもりがちなわたしが、突然『みんなとプールに行く』なんてことをすれば、勘ぐるのが普通だろう。
しかもそのために水着を新調して、格好もなるべく普通の女の子っぽいものを選んで。
好きな人ができたんじゃないか、そう思われてもしかたない。
しかたないんだけど……。
「好きな人とか……」
今しがた放たれたばかりのお母さんの言葉を思い出すと、我知らず、カッと頬が熱くなった。
「ぜ、全然そういうのじゃないし……っ」
一瞬グインの顔を脳裏をよぎったが、慌ててかぶりを振った。
「た、たしかにグインは今までいなかったタイプの人で、わたしのこともバカにしないで傍にいてくれる人で、わたしがバカにされてたら助けてくれて……。たしかに尊敬してるし、いい人だなと思う。でも、好きとかそういうのは別問題で……別問題のはずで……」
グインは友達、クラスメイトで、得難いソウルメイトで、それ以外の何者でもない。
なのに、なぜだろう。
グインの顔が頭から消えてくれない。
笑いながら話しかけてくれた言葉が、プールに落ちそうになったのを支えてくれた手の力強さが、今もまだ耳に、腰に残っている。
「そういうのじゃない……もん」
わたしはつぶやき続けた。
何度も、何度も。
やがて彼の声が、肌の熱さが消えた頃。
目に飛び込んできたのは壁に貼られたカレンダーだった。
8月の終わり、赤いマーカーで丸のされたその日付けは、再び彼と出会える日でもあった。
「……」
その日付けをわたしは、じっと静かに見つめていた。
ただただ、静かに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます