第42話「陽の者」

 K越水上公園は、K越市民の憩いの場であるK越公園内の一角にあるプール施設だ。

 各種スライダーや波のプールに流れるプール、飛び込み、多目的、幼児用と様々なタイプのプールがあって、夏休みともなるとともかく賑わう。


「うひゃあ、あの入ってくのが全部お客さん? どんだけ混んでるんだよおい……」


 入場ゲート前のベンチにちひろと並んで座りながら、俺は思わずつぶやいた。


「この時期、海はクラゲでいっぱいだからねー。しかたないよ」


 ソフトクリームを舐めながらちひろは肩を竦め。


「しかし意外ね。渚が時間に遅れるなんて……」

 

 スマホで時間をたしかめながらちひろ。

 たしかに。いつも時間に正確で、なんなら待ち合わせの1時間前には現地に着いて待っている渚ちゃんにしては珍しい。


「今日は妹さんが一緒だからさ。それが原因なんじゃないかな」


「妹さん? あー、以前言ってたあんずだっけ」


「そうそう、俺と渚ちゃんの関係を知ってるコでさ、これがけっこう……」


「ああー! いたいた! あれでしょ!? お姉ちゃん!」


「ちょっと杏! 走らないの! もう……! ホントに言うこと聞いて!」


 杏ちゃん情報をちひろに説明しようとした時だった。


 バタバタと、ふたりの女の子がこちらに向かってやって来た。

 ひとりは渚ちゃん、渚ちゃんの制止を振り切り走り寄って来るのがおそらくは杏ちゃんなのだろう。


 年はたしか12で、小学6年生。

 背中まで伸びたつやつやの黒髪や、神様が作ったんじゃないかという顔の造作の美しさ、キラキラと輝く瞳など、たしかに渚ちゃんと同じ血を引いている感じがするが、なんて言うんだろう、方向性が真逆?


「こんにちはーっ! 渚の妹の杏でーっす。今日は一日よろしくお願いしまあぁぁーすっ!」


 ブンッ(↓)ブンッ(↑)とお辞儀の勢いがものすごい。

 にこぱっと笑顔に漂う陽キャの気配、渚ちゃんとはまったく違うタイプの圧を感じる。


「やあ、君が杏ちゃんか。よろしくね、俺はヒロ。渚ちゃんとは……」


「知ってます! お姉ちゃんとつき合ってる『先輩さん』ですよね!? ほおー……ほおー……なるほどなるほど、こんな感じなんだあぁー……」


 杏ちゃんは俺の周りをぐるぐる回り出した。

 後ろで手を組んでほおほおと唸り、何やら観察されているようだが……。


「えっと……どうかしたのかな?」


「ううん、なんでもないでーっす! ただ単に、どんな人なのかなーと思っただけっ! うん! あんまりカッコよくはないけど優しそーな人で良かった!」


 杏ちゃんはやんちゃな男のみたいに笑いながら、俺の事をそう評した。


「一応年上だからさん付けかなーと思ってたけど、なんか頼りなさそーだし、『先輩さん』ってよりは『先輩くん』って感じだね! これからよろしく!」


「勢いすごいね君……っ!?」

 

 カッコよくない頼りないとさんざんな評価だが、勢いがすごすぎて凹んでいる暇すら与えてくれない。


「ちょっと杏っ。失礼なことを言わないのっ」


 慌てた様子で、渚ちゃんが杏ちゃんをたしなめた。


「先輩、すいません。このコ礼儀を知らないもので……」

 

 渚ちゃんは手を伸ばし、杏ちゃんを捕まえてきちんと謝らせようとするのだが、なかなかすばしっこくて捕まらない。


「いいよいいよ。元気で楽しいコじゃない」


 俺がフォローすると、杏ちゃんは嬉しそうな声を出した。


「そうそう、子供は元気が一番っ! 先輩くんわかってるうーっ!」


 杏ちゃんは俺の背後に回り込むと、そのまま腰に抱き着いてきた。

 俺の1メートル以内には近寄れないというおつき合いのルールを悪用した見事な立ち回りで、これには渚ちゃんも歯ぎしりせざるを得ない。

 しかも……。


「先輩くんいい人だから、いっそあたしがつき合ってあげよーか!? なんだったらお姉ちゃんよりいい彼女になる自信あるよ!?」


「なんてことをゆーんだ君はっ!?」


「ほら、お姉ちゃんと違って胸に関しても将来性あるし! きっといい女になるよーっ!」


「もうその辺にしておいたほうがいいよ!?」


 凄まじい爆弾発言の連続に、聞いてるこっちがハラハラする。

 渚ちゃんをいじるのが趣味と聞いてはいたけど、まさかこれほどまでとは……。


「あ・ん・ずぅぅぅ~……」


 さすがにキレたのだろう、渚ちゃんが地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声を出した。


「生きて明日を迎えたいなら……その辺にしておきなさい……」


「うわ……これガチのやつだっ!? ごめんね!? お姉ちゃんごめんね!?」


 渚ちゃんの変貌にマジビビりした杏ちゃんは、手を合わせて謝った。

 さすがに反省したのかと思いきや──


「絶対盗らないから大丈夫! ふたりを眺めてニヨニヨするだけだから! あのムッツリお姉ちゃんがメスの顔してるとこをスマホで隠し撮りするだけだから!」


 ダメだこいつ、まったく反省する気配がない。

 むしろかさに懸かって煽り立てていく。


「特別編集版を作ったりしないし! それをこっそりおかーさんに見せたりしないし! 『お姉ちゃんがなんでも言うことを聞く券』を発行したりしないし! だから大丈夫! 安心して……ってんぎゃああああああああーっ!?」


 さすがにブチっと切れた渚ちゃんが領海侵犯。

 1メートル圏内に踏み込むと、杏ちゃんの頭をガシリと掴むとそのまま持ち上げた。


「……それ以上言ったらこのまま潰すわよ?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もうしない! もうしないから許してえええええーっ! 先輩くんも見てないで助けて! 割れちゃう割れちゃう! 頭が粉々になっちゃう! あたしみたいな超絶美少女が死ぬなんて世界の損失だよお願い助けてヘルプミィィィー!」


 ジタバタもがく杏ちゃんと、闇の世界の殺し屋みたいな目をした渚ちゃん。

 姉妹の心温まる(?)やり取りはしばらく続いた。

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