第38話「いったいどうしてこうなった」

 ルーを最寄りの駅で降ろし、手を振って別れてすぐに、渚ちゃんとちひろが競歩みたいな物凄い勢いで接近して来た。

 ちひろが俺の肩をポンポン叩き、渚ちゃんが見たこともないようなニコニコ笑顔を浮かべながら、首をくいと動かした。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれないかふたりとも。これには山より高く海より深い理由があってだな……」 


「お話はあとで聞いて差し上げます。とりあえずは場所を変えましょうか」


 ニコニコ、ニコニコ。

 背筋まで凍り付きそうな恐ろしい微笑を浮かべながら渚ちゃん。

 私服めっちゃ可愛いのに、怖すぎて感動してる余裕が無い。


 ドナドナされる牛、もしくは処刑台に運ばれる罪人のような気持ちになりながら、俺は人けのない公園へと連行された。


「さて、兄貴。まずはそこに座りなさい」


「えっとここ、めっちゃ砂利なんですが……。ベンチとかじゃダメなんすかね……」


「座ってください、先輩」


「はい、座ります」


 大人しく従うと、俺は砂利の上に正座した。

 大き目な砂利が脛にちくちくするので、けっこう痛い。

 江戸時代の拷問でこんなんあったっけなあ、なんだっけ? などと思っていると……。


「さーて兄貴、どうしてこんな状況になってるか、わかる?」


 腕組みしながら、ジト目で見下ろして来るちひろ。


「言いたいことはわかるよ、ルーと遊んでたことだろ? だけどさ、理由はちゃんとあるんだよ。ルーがコミケに行ったことがないって言うからさあ、んで、ひとりで行くのは心細いから、俺について来てくれって言われて……」


「どうして、わたしに相談してくださらなかったのですか?」


「う……っ?」


 渚ちゃんの的確な質問に、俺は詰まった。


「どうして、わたしに内緒にする必要があったのですか?」


「そ、それは……」


「先輩の心のどこかに、やましい気持ちがあったからではないですか?」


「それはない! それはないよ!」


 俺は慌てた。


「ルーとの関係は、あくまで友達っ。だけど今回のは場所が場所だけに……。コミケなんて、渚ちゃんの嫌うものの代表だろうし……」

 

 18禁アイテムやら薄い本やらエッチなお姉さまがたのコスプレやら、とてもじゃないが見せられないものだらけだ。

 俺自身はそういったものを肯定も否定もしないのだが、渚ちゃんは明らかに後者というか、これをきっかけに嫌われたり不潔だと思われたりというのが怖くてだね……。


「言っておきますが、わたしはこみけ反対派ではありません」


「え」


「もちろん、年齢不相応な品物については許可しません。ですが、催しものそれ自体については周回するルートを精査した上で許可したいと思っています」


「ルートを精査というと、つまりはあの辞典なみに分厚いパンフレットを全部……?」


「ええ、もちろんです。完璧なチェックをさせていただきます」


 胸を張って渚ちゃん。


 たしかに、このコだったらマジでやりかねない。

 創作者さんたちの夢とか情熱とかリビドーとかが入り混じったあの闇鍋みたいなのを、隅々まで丁寧にチェックしかねない。

 その光景を想像してゾッとしていると……。


「それと、ですね」


 ゴホンと咳払いすると、渚ちゃんは続けた。


「根本的な問題として、たとえ友人とは言え、年頃の男女がふたりきりで一日過ごすというのはよろしくないと思います。恋人ならまだしも、山田花やまだはなさんは友人なのでしょう?」


「う、うんまあ……」


「ですので、次にまたこういう機会がある時は、わたしも一緒にお誘いください」

 

「え、渚ちゃんと俺とルーと3人でってこと? 制服で? コミケに行くの?」


 まあ制服に風紀委員の腕章つけてたら、逆にそういうコスプレに見えなくもないけども。


「いいえ、私服で」


「だってそれは、校則に……」


「校則において、友人と遊びに出かける時にまで制服を着ろとまではうたっておりません。わたしが普段制服でデートしているのは、先輩が男性だからです」


「え、ええー……そういうものなの?」


「そういうものです」


 ツンと澄まし顔で言う渚ちゃんだが、初期に比べてずいぶんと縛りが緩くなったような……ハッ、まさかまさかまさか、もしかしてひょっとするとこれはあれか? デレ期が来てるのか?

 何かと一緒に理由をつけて俺と一緒にいたいという意思の表れか?


 そういうつもりで見てみると、どことなく渚ちゃんがムキになっているような気がする。

 落ち着かなげに服の裾を握り、もじもじしているような気がするってゆーか改めて思ったけどなんだこの私服めちゃめちゃ可愛いっ!?


「ということでいかがでしょうか? 先輩」


「お、おう。もちろん構わないよ。次からは必ず渚ちゃんも誘う。むしろ早く次の予定を組みたいくらい」


 内心の興奮を押し殺しつつ、俺は答えた。


 俺たちの関係をルーにバレないようにとの気遣いはいるし、そもそもふたりのキャラがかみ合うかという問題もあるが、渚ちゃんと私服で遊びに行けるのは超デカい。

 さっそく色々考えよう。時期的に海はもう無理だろうし、となるとプールか? 水着でプール? ひゃっほおおおおおいっ!


「ちょっと、誰かひとり忘れてない?」


 腕を組んで足をタシタシさせていたちひろが、いかにも不満そうに口を開いた。


「え、誰を? 他に誰かいる?」


「あたしよあたし! この流れであたしを忘れるとかありえなくない!? あたしも連れてけって行ってるの! 4人で遊んだほうが賑やかで楽しいでしょ!?」


「え、ええー……」


「何その嫌そうな顔! 失礼にもほどがあるんですけど!」


「だっておまえうるさいし……」


「兄貴ほどじゃないわよ! ともかく! あたしも一緒に遊びに行くから! あとでグループライン送るからね!」


 ボスンと俺の胸を殴ると、ちひろは一方的に仲間に加わることを宣言した。


「なんだよ急に……ったく」


 ぶたれた胸を撫でていると、ふと、渚ちゃんが息を漏らしたのが聞こえた。

 胸の奥から絞り出すように、ほうーっと。

 それはどこか、張り詰めていた気が抜けていく音にも聞こえた。








 ~~~現在~~~




「なんと、我と別れた後にグインがそのような目に遭っていたとは……っ」


 戦慄、みたいな表情をするルー。


「そうなんだよ。いやあ、あん時はホントに死んだかと思ったね。やましい気持ちはまるで無いのに、ふたりの剣幕がまあすごいから、針のむしろに座ってる気分だったもん」


「おおう……」


 想像して唸るルー。


「そりゃー兄貴が悪いわよ。恋人を差し置いて他の女にうつつを抜かすから」


「抜かしてないっつーの。ただ言いづらかったから言わなかっただけ」


「ほーう? 何が言いづらかったのかしらー? やっぱりデート気分だったんじゃないのー?」


「それは違う。ただその……。あそこにはやっぱりその、色々なものが売ってるわけで……ね? ほら、わかるよね?」


「あ、エッチなの買ったんだ? やーらしーい」


 俺の頭をポンポン叩いてバカにしてくるちひろ。

 

「ぐぬぬ……」


 買いはしなかったけど、『風紀委員っ娘』ゾーンに魅了されたのはたしかだ。

 まさかこの世に存在するとは思わなかった同士たちの存在に驚き、共感を覚えていたのも。


「そ、そうゆーおまえはどうなんだよ。尾行とはいえコミケに行って、何か買ったりしたんじゃないの?」


「は、はあーっ!? あたしがエッチな本を買ったってゆーの!? そ、そ、そんなことあり得ないでしょ!? とゆーか女の子に何言ってんのセクハラよ!?」


「別にエッチな本とは言ってないんだが?」


「ぐぬぬぬ……っ!?」


 悔し気にうなるちひろを、なぜだろう渚ちゃんが、物凄い冷たい目で睨んでいた。

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