第25話「花と手紙と」

 渚ちゃんの機嫌が悪い。超悪い。

 話しかけても無視、ラインを送っても読んですらくれない。


 どうやら俺とルーの仲が良すぎて浮気をしていると誤解されているようなのだが、説明を聞いてくれようともしないときてる。


「なあ、どうすればいいと思う?」


「それ、あたしに聞く?」


 居間のソファに寝そべっていたちひろは、ポッキーをぴこぴこさせながら心底めんどくさそうな顔で言った。

 

「なあ、頼むよちひろ。おまえだけが頼りなんだ」


 俺と渚ちゃんの関係を知ってるのはちひろだけだし、おつき合いは秘密にするのが約束だし。

 他に聞ける相手なんかいないのだ。

 それに、ちひろはこれでも年頃の女の子だし、自分自身はともかく、他人の恋バナとかを聞いたりはしてるだろうし。


「俺には(頼める人が)おまえしかいないんだよおー……。な、この通り。頼むわ」


「……ふ、ふうーん? そーなんだ。あたしだけなんだ?」  


 土下座が効いたのだろうか、それまで興味なさげだったちひろの目の色が変わった。

 がばり身を起こすと、すごい勢いでポッキーを食べきった。


「ふっふっふー、そっかそっかー。そうゆーことじゃしかたないなー。たしかにあたしは頼れる女のちひろちゃんだからなー」


 ちひろはいきなり上機嫌になると、にししと男の子みたいなやんちゃな笑みを浮かべた。




 □ □ □




「さて、そんじゃ対策を練るとしましょーか。あ、兄貴はそこに正座ね」


 俺の部屋の俺のベッドに我が物顔で座ると、ちひろは偉そうに腕組みした。


「なんだこの構図……? なんで俺は妹に正座させられてるんだ……?」


 なんかムカつくけど、俺が相談に乗ってもらう側であるのは事実だ。

 大人しく正座すると、ちひろに教えを請うことにした。


「んーで、どうしたらいいと思う? 話しかけても無視、ラインも読んですらくれないんだけど」


「別れる」


「うおおおおおいっ!?」


「ウソよウソ。ま、あたし的にはそっちのほうが都合がいいんだけど……」


 ちひろはぶつぶつ不穏なことをつぶやいた後。


「ともかく続けることね。話しかけること、ラインを送ること。絶対途中でやめちゃダメ」


「……それだけでなんとかなるのか?」


「ホントに兄貴のことが嫌いになったんだったらそれで終わりよ。でもそうじゃないなら、少しでも未練があるんだったら、きっと聞いてくれる瞬間はある。そこで一気に攻勢をかけるの。ガシッとハートを掴むわけよ」


「なるほど、ハートキャッチ渚ちゃんか……ううむ、しかしなあー……」


 未練。

 そんなものが渚ちゃんにあるんだろうか。

 ドがつくほど真面目で、堅物で。

 恋人に対しても1メートル以内に近寄ることすら許さない、そんな彼女は……そもそもの問題として俺を必要としてくれているんだろうか?

 単純に興味本位でつき合ってくれているだけなんじゃないのか? 面倒になったら即捨てられて終わりなのでは?


「ああー……ヤバい。今まで考えないようにしてたのに……。うう、胸がキリキリ痛む……」


「ああもう、めんどくさいわね。うじうじすんなっ」


 胸を押さえる俺を叱り飛ばすと、ちひろは言った。

 

「男ならどーんと構えてなさいっ! 黙って俺について来いぐらい言えないのっ!?」


「そんな柄じゃねえよぉー……」 

 

「あああああもうめんどくさいっ!」


 べったり床に倒れ伏す俺を、ちひろはビシリと指差すと。

 

「なんとしてでも仲直りしたいなら、頑張ってプレゼントでも用意しなさい!」


「それならこの前したばっかりなんだが……。あんまり何度もすると、しつこく思われないかな?」」


「本当に大事に想ってる相手が心をこめて用意してくれたものなら絶対喜ぶ! 嫌がったりしない!」


「おおう……なるほど……っ!」


 ちひろの言葉の謎の説得力に、俺は思わず唸った。


「じゃあ花がいい! 俺、昔からつき合った彼女には花を贈りたいと思ってたんだ! 花言葉が『純愛』とか『一生愛します』みたいな熱烈なの!」


「それはさすがに気持ち悪いけど……まあまあいい線はいってるかな? ふうん……花かあー……」


 ちひろはなぜか身をくねらせ、うらやましそうな顔をすると。


「だったら……あたしだったらついでに手紙もつけて欲しいかなあー……。メッセージカードみたいな簡単なのでもいいからさ……手書きのが欲しい。いやもちろん、あたしが兄貴にもらいたいわけではなくてね?」

 

「まあそりゃそうだな。俺たち兄妹だし」


「う、うん……そうね」


 ちひろはなぜかしょんぼり顔をしたが、すぐに気を取り直したようにゴホンと咳払いすると。


「ともかく、花と手紙を用意しなさいっ! どちらも手間がかかってるぶん無視はしづらいし、捨てづらいはずよ! そいつを下駄箱インしてあとは神に祈るのみ!」


「うおおお! 下駄箱インというラブコメあるあるを体験することが出来るおまけつきってことか! ありがとうちひろありがとう! さすがは我が妹! ようううううっし! そうと決まれば善は急げだ!」


 俺は花屋と文房具屋をダッシュで巡ると、猛烈な勢いで渚ちゃんへの想いを便せんにしたためたのだった。

 







 ~~~現在~~~




「……しみじみ思うけど、あれは我ながら軽率だったわよね」


 ちひろはこめかみを押さえると、ゲッソリした声でつぶやいた。


「そんなことをしたら兄貴が手紙の内容をあたしに聞いてくるのは当たり前なわけで……それはつまり、兄貴の渚への想いをド直球で投げつけられることになるわけで……」


「お、おう。悪いなあん時は。迷惑かけたなあと、正直反省してる」


「たぶんそれぐらいの反省じゃ足りないんだけどね……あたしのダメージは……」


 え、そんなに?

 そんなに俺の手紙読まされるのきつかった?


 そういやどんなこと書いたっけなと、記憶を掘り起こしていると……。


「渚からグイン宛の書状……どのようなことが記されていたのかな?」


 興味津々で渚ちゃんの顔を窺うルー。


「ふふふふふ……ご覧になりたいですか?」


「え、まさか持って来てるの?」


「ええ、こんなこともあろうかと」


 渚ちゃんはハンドバッグを開けると、まさかの俺の手紙を取り出した。

 うわ、すげえ懐かしいっ。そしてちょっとどころでなく恥ずかしいっ。


「……いったいどんな事態を想定して持って来てるのよ」


 ちひろは実に嫌そうな顔をすると、枝豆をひょいぱくと口に放り込むと。


「あたしはいいわ。嫌ってほど聞かされたし、あんたたちだけで見なさいよ」


 そう言ってひらひら手を振ると、店員さんにハイボールのお代わりを頼み出した。


「店員さーん、度数思いっきり強めでねーっ」

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