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他の箇所も複数の魔物が通ったことで出来た跡が残っているが、足のサイズや歩幅が違うからか、へこみ方がまばらだった。
だが、ここは全部均等に踏み潰されているし、一体の生物が通った後で間違いないだろう。
さらに。
「すぐ側に斜面があって、そこは大分荒れている……と。これ走って通ったとかじゃなくて、そこで倒れた後に転がり落ちたとかなのかな?」
その可能性をふまえて、改めて茂みの状況を見てみると、足跡とか尻尾を引きずって出来た跡というよりは、大きい体で圧し潰した跡のようにも見えてくる。
というよりも、間違いなくそうだろう。
羽の毒が回った体でここまで逃げて来たけど、斜面でバランスを崩して転倒して、その後転がり落ちていった……ってところだな。
俺はそのまま跡を追跡しようかと思ったが、斜面の先を見て思いとどまった。
「また森が少し深くなっているね。浅瀬との境なのかな……? ココから見た限りだと襲って来そうな生き物は見当たらないけど……迷うね」
小動物を除けば、目立った生物は見当たらないんだが、当然俺が追っている魔物の姿も見当たらない。
俺が追っている相手の存在に気付いてから森に入るまでの時間と、毒が回っている体での足の速さを考えると、そこまで離れているとは思わないし、本気でこの周辺を探せば見つけられそうな気がしなくもないんだが……。
「この程度の斜面で転倒するような体で、ここまで寄り道せずに真っ直ぐ来ているんだよな。罠ってことは考えにくいけど……住処だったり身を隠せるような何かがあるのかもしれないね」
ただ単に身を隠しているだけならいいんだが、もしこの側に住処でもあろうものなら、まだ魔物が残っているかもしれない。
そうなると、ここでまた大量の魔物相手の戦闘に発展しかねないし……どうしたもんか。
辺りを何度も見まわして、行動の選択の役に立つような何かが無いかを探してみたが……何も無し。
「急造の群れみたいだったし、戦力を温存するなんて小細工をするとは思えないけど……仮にも仲間を俺にけしかけて自分が逃げる時間を稼ぐような魔物なんだよね。何かがあるかもしれないし……引き返すか?」
仮に戦力を温存していたとしても、今この状況でその気配が見えないのなら、その程度の強さでしかないわけだし、たとえ不意打ちを食らったとしてもどうとでもなるんだが……面倒だよな。
戦闘をこなして、この森のど真ん中で死体の処理をして、その間に魔物が寄ってこないかも気を付けて……少なくとも、今この状況でやることではない気がする。
俺は「……よしっ!」と考えを決めると、【緋蜂の針】を発動した。
「ほっ!」
そして、周囲の木を何本も蹴り倒していく。
俺がこのまま森に残って魔物を追うのは止めたが、だからと言って、仲間を囮に使って逃げようなんてことを考える魔物を放置してもいいってことにはならない。
雨季が明けてからになるが、この倒木を目印に周囲を本格的に捜索して、ちゃんと仕留めるつもりだ。
雨音だけだった森の中に突然鳴り響いた破壊音に驚いたのか、チラチラ見えていた小動物たちが慌ててこの場を離れていくが、それを無視して繰り返す。
「それにしても……」
何度も何度も木に向かって突撃を繰り返していたが、一旦停止すると周囲をグルリと見回した。
辺りは数メートル間隔で木が生えているが、俺の周囲十メートルほどに生えている木は、どれも幹の半ばでへし折られている。
やったのは自分だが、随分とスッキリした空間になってしまった。
街道の反対側にある北の森でもそうだったが、目印程度にしか使わないのに気軽に木を倒し過ぎだよな……。
「誰が見ても一目でわかるから気に入ってはいたんだけど、ちょっとこの癖も改めた方がいいかもしれないね……。んで……これだけ騒ぎを起こしても、何も出てこないか。いるとは思うんだけどなぁ……」
コレだけやっても何の反応も見せないだなんて、本当にいるのか自信が無くなってくるじゃないか。
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魔物が潜んでいるかもしれない場所の見当をつけて、後からやって来てすぐに見つけられるように目印もしっかりと作ってと、とりあえず今出来ることはやり終えた。
そろそろ森に入ってから、【ダンレムの糸】のクールタイムである十分が経つ頃だし、捜索を切り上げる頃合いだろう。
「せー……のっ!」
最後の仕上げとして、辺りを尻尾で大きく薙ぎ払っていき、へし折った木が積み重ならないように地面に転がして回った。
「こんなもんかな? ……結局何も姿を見せないか。まぁ、いいさ。また今度だ!」
今まで森に響いていた破壊音が止んだのに、チラリとも姿を見せようとしないあたり、ここでどれだけ粘っても出てこないだろう。
もう少しこの辺りを見て回った方がいいかな……って思いは頭の隅にあったんだが、これですっかり消えてなくなった。
「じゃー……行くか」
俺は尻尾を解除すると、森の外に向かって飛び立った。
◇
森の外に出た俺は、残った死体の山を処理するために、先程弓を撃ったのと同じ場所で【ダンレムの糸】を発動して、発射の構えをとった。
「さっきので地面が大分荒れちゃったけど、撃った場所に穴が開いてるし、それを使えば上手く固定出来そうだね。……周囲に怪しい気配は無いし、街道の先にも何も無し。どっちの森にもこっちに向かって来そうな生き物はいないし……やれるね」
離れたのはたったの十分そこらだけれど、これだけ新鮮な死体の山があったら、それ目当てに何か寄ってくるんじゃないかって危惧していたんだが……何も来なかったな。
北の森の方では、こちらの様子を窺っているのか、小型の生物が何体か森の端まで来ているが、魔境側は全く気配を感じない。
俺がついさっきまで森をうろついていたのも影響しているのかな?
まぁ……理由は何であれ、ここでもう一戦繰り広げるなんて面倒なことはせずに済むのは何よりだ。
「それじゃー……さっさと片付けようか。……この辺かなー?」
地面に差すことで先程よりもしっかり弓を固定出来るし、ブレも抑えられるはずだ。
俺は死体の山をほぼ正面に捕らえると、尻尾と【緋蜂の針】を使って弓を引いていき……。
「ほっ!!」
死体の山目がけて、矢を放った。
「ぐぬっ!? ……結構……滑るなっ!?」
俺の体を固定出来る物が周囲に無いから仕方が無いとはいえ、地面が先程よりも荒れている影響なのか、左右へのブレは何とか抑えられてはいるが、その分前後にブレて、矢の軌道が上下に振られてしまっている。
無理に抑え込もうとするとさらにわけのわからない方向に向いてしまうため、このまま何とか真っ直ぐに安定するようにバランスをとっているが……なかなか難しい。
それでも何とかコントロールしていたんだが。
「……あらららら??」
いよいよ上下のブレが抑えられなくなって、最後は大きく上に逸れていってしまった。
何とかそれまでに、お目当ての死体の山は消滅させることは出来たんだが……。
「森の浅瀬だけれど……ちょっと上の方を消し飛ばしちゃったね。生きている状態と違ってもう死体になっているし、あんまり威力を殺し切れなかったのかもしれないね。森の方まで被害が出ちゃったな……」
さっきのは上手く地面に当てていたから、その分威力も殺せていたんだが、今度は上に逸れちゃったからな。
死体の山だけじゃ威力を殺し切れずに、威力を保ったまま森まで矢が届いてしまったようで、森の浅瀬に生えている木の先端を吹き飛ばしてしまった。
地面はさほど荒れていないのに、その分森の方への被害が中々大きい。
どうしようもないとはいえ、気軽に木を倒し過ぎている……とか反省した側からこんなことになってしまった。
「まぁ……目的はちゃんと果たせたね。今ので森の奥から魔物が来るかもしれないし、ここはさっさと離脱しようかね」
出来れば戦闘跡の土とかを採取したかったんだが、離脱を優先した方がいいだろう。
俺は死体の処理漏れがないかをサッと確認すると、急いでその場から飛び立った。
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