708

1488


 アレクとジグハルトが奥に消えていき、俺は一人になってしまった。

 とりあえず隊員に指示を出しているオーギュストのもとに行って、どうしたらいいか聞こうかと思ったんだが。


「団長ー。俺はどうし……おわっ!?!?」


 アレクたちが走っていった先から強い光が走ったかと思うと、続けて爆発音が鳴り響いた。


 ジグハルトの魔法だろうが……森の中でアレだけデカい魔法を使うのはちょっと珍しいな。

 それだけのことなのかもしれないが、あの火力で大丈夫なんだろうか。


 音がした方向を不安そうに見ていると、「セラ副長」と声がした。


「あ、団長」


 振り向くと、先程まで隊員に指示を出していたオーギュストが、こちらにやって来ていた。


 あの爆発音は聞こえているはずなのに、随分と落ち着いている。

 彼だけじゃなくて、向こうに見える隊員たちも動揺しているようには見えない。

 隊列を整えて、出発の準備をしている。


 もしかしてさっきのアレは予定通りなのかな?


「我々もアレクシオ隊長たちと合流するつもりだ。君はどうする?」


「む、そりゃオレも行くけど……」


 わざわざ聞いてくるってことは、別に行かなくても構わないのかな?


 まぁ、もちろんついて行くつもりではある。


「どうやら、まだ聞いていなかったようだな。ともあれ、同行してくれるのならありがたい。説明はするが、移動しながらで構わないな? あまり時間をかけてしまっては、アレクシオ隊長がもたないかもしれない」


「ほぅ……?」


 アレクがもたないって……臭いでダウンするのかな?


 まぁ、話してくれるってのなら問題無い。


 俺は「わかった」と頷いた。


 ◇


「セラ副長が知りたいのは、アレクシオ隊長とジグハルト殿が何をしようとしているのか……だろう?」


「うん。ジグさんは普段から自分の魔法の影響を考えて、滅多に森に入らないくらいだからね。今回は緊急事態だとはいえ、森の中でアレだけ派手に魔法を使うのはちょっと意外だったね」


 森の中を進みながら、隣を歩くオーギュストが話しかけてきた。


 その間にも、何度か魔法が使われて、森の中に時折閃光や爆発音が響いている。

 ただ、威力を落としているのか狙いなのかはわからないが、森が炎上している様子はない。


 その辺も教えてくれるのかな……と、オーギュストに顔を向けたんだが。


「なんかさっきに比べて余裕そうだね。慣れたの?」


 臭いってなれるもんなんだろうかって気がしなくもないが、オーギュストだけじゃなく、他の隊員たちも先程に比べたら明らかに顔色がいい。

 俺の気の所為ってことは無いだろう。


 俺の言葉に、オーギュストは「ああ」と頷いた。


「正にそれが狙いだ。ジグハルト殿の風と炎の魔法で、臭気を散らしながら上空に巻き上げる。そうすることで、アレクシオ隊長が動きやすい環境を作るのだ」


「アレクが動きやすく……? あまりアンデッド相手にアレクが出来ることはないと思うけど……。そう言えば、何か濡れたマントを羽織ってたね。それが関係してる?」


 別れる前のアレクの様子を思い出しながらそう訊ねると、オーギュストはまたも「ああ」頷いた。


「この臭いの大本はアンデッドで間違いないだろう。だが、それが巨大な何かなのか、あるいは通常の魔物のアンデッドが大量に集まってのことなのかがわからない。アレクシオ隊長には、ジグハルト殿の魔法の援護を受けながら、アンデッドの捜索と戦える場所の選定を任せている。危険な役割だし、私が引き受けてもよかったんだが……隊の指揮があるからな」


「あぁ……指揮より走り回る方がよかったんだね……。それにしても、随分力技だね」


「仕方がない。普段から兵の目が行き届いている場所ならば、こちらもある程度見当を付けられるのだが、ここでは無理だ」


 そう言って溜め息を吐くと、首を横に振った。


「見当ね……。そう言えば、アンデッドの馬を2頭倒したし、川から馬車か何かの瓦礫を拾い上げたよ。何か関係あったのかな?」


「む……? なるほど。先程の狼煙はそのためか。さて……関係があるかはわからないが、片付いたら調べてみるべきだな……追いついたか?」


 オーギュストは話を切り上げて前を向くと、生えている木は燃え尽きたのか、ポッカリと開けた空間が広がっていた。

 既にここを離れたのかジグハルトの姿は見えないが、まだそう遠くには行っていないだろう。


1489


「ジグハルト殿は……」


 オーギュストはそう呟きながら、ジグハルトを探して辺りを探っていた。


 通常の森の中なら木に紛れてわからなくなってしまうが、コレだけそこら辺に開けた空間が出来ているんだ。

 俺なら、ジグハルトの魔力は少し探せばすぐに見つけられる。


 一度高度を上げて森を見下ろしてみると、一目で見つけることが出来た。


「あっち! 見えたよ!」


 俺は見つけた方向を指しながら、オーギュストたちに向かって大声で伝えると、彼等はすぐにそちらに向かって走り出した。

 とてもじゃないが試す気にはならないが、この分だと、あの臭いはもうほとんど消し飛んでいるんだろう。


 いやはや、思いもよらない力技で解決出来るもんなんだな……。


「……おっと、オレも行かないとね」


 俺の声に従って前進していく彼等を、感心しながら上から眺めていたが、距離が離れていくことに気付いて、慌てて後を追って行った。


 ◇


 初めは遅れて合流に向かったが、すぐにオーギュストたちを追い抜いて、皆より一足先にジグハルトのもとにやって来た。


 んで、当のジグハルトは、魔法の残り火と、燃やした草や木の枝なんかの灰。

 そして、地面の水溜まりが蒸発した水蒸気……それらが風の魔法で上空に巻き上がっているのを、距離をとって眺めていた。


 アレクは……もう少し先にいるみたいだな。


「ジグさん」


「セラか。アレクの居場所はわかるな? 合流して、アイツの支援を頼む」


「む? あぁ……そうだね」


 臭いは消し飛んだのかもしれないが、こんな地獄のような中を移動し続けていたんじゃ、いくらアレクでも消耗が激しすぎるだろう。

 俺が一緒に行動したら【風の衣】の範囲に入れられるし、大分マシになるだろう。


「巻き込まれかねないし、しばらく上空には出るなよ」


 その言葉に、俺はチラッと上を見た。


 上空の方が広く見渡せるし何かと便利ではあるが、流石にこの状態で上に上がる気はしない。

【風の衣】で直接の被害を防ぐことは出来ても、視界の鬱陶しさとかまでは無理だし、俺が上にいたらジグハルトも気が散ってしまうだろう。


「了解! もうすぐ団長たちも来るから!」


 俺は返事をすると、アレクのもとに向かうことにした。


 ◇


「アレク!」


「セラか。お前も来たんだな」


 時折背後から鳴り響く爆発音にビビりつつ、アレクと合流を果たした。

 別れた時と同様に布を体に巻き付けているが、あの時に比べたら随分と乾いている。


 さっきは動きにくくなるだろうに、何のためにそんなことをしているんだろう……と思ったんだが、ジグハルトの話を聞いてその理由はわかった。

 防火と防熱対策だったんだな。


 だが、それも少々危うくなっているようだ。


「オレも手伝うけど……大丈夫?」


「そろそろ危なかったな。雨で水は補充されていても、あの熱波を受け続けているとすぐに乾いちまう」


 アレクはそう言って、布をこちらに見せてきた。


 さっき見た時は水が滴るくらいだったのに、今はもうカラカラに乾いている。

 これじゃー、もうほとんど意味を持たないだろう。


 やっぱり俺もこっちに加わって正解だったな。


 そんなことを考えながら、俺はアレクのすぐ真後ろに着いた。


「はい。これで大丈夫かな?」


「ああ。もう必要ないな……」


 アレクは布を解いて、そのまま地面に投げ捨てた。

 そして、こちらに振り向いて口を開く。


「何を探しているのかはわかっているな? このまま奥に向かって移動を開始する。ジグさんの魔法に巻き込まれて砕け散ってしまったが、奥から小物のアンデッドが数体こちら側にも姿を見せていた。向こうにまだ本隊が残っているのか、もしくは大物がいるか……調べに行く必要がある」


「そのまま向こうで戦うことになるのかな?」


「どうかな? ここも広がって戦えるし、引っ張り出せるんならここも悪くないしな……。なんにせよ、見つけてからだ。お前は後ろのオーギュストたちの位置の把握も頼む」


 アレクはそう言うと、森のさらに奥に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る