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「……ん?」


 スヤスヤと気持ちよく眠っていたが、何やらヘビたちが動いている気配を感じた。

 体を起こしながら隣を見ると、セリアーナの姿が無い。


 前も睡眠中にふと目を覚ましたことがあったが、その時はセリアーナは隣で座っていたんだよな。

 だが、いないな……と、辺りをキョロキョロしていると……。


「あ、いた」


 窓のすぐ脇で、外の様子を窺う様な立ち方をしているセリアーナを見つけた。

 木窓を閉めているし、照明も点けていないから部屋の中は真っ暗なんだが、頭の上のアレですぐにどこにいるのかが分かってしまう。


「あら、ごめんなさい。起こしたみたいね」


 彼女も俺が起きた事に気付いた様だ。

 窓から離れると、こちらに戻ってきた。


「……ぉぅ」


 いつでも発動する事が出来るからと、【妖精の瞳】をセリアーナに渡したままだったんだが……。

 真っ暗な中で、頭の上から赤い光で薄っすらと顔が照らされるってのは、結構な恐怖映像だよな。


 一気に目が覚めたわ。


「どうしたの?」


 そして、その事に自分は気付いていないようだ。

 鏡でもありゃ見せるんだけどな……。


「いや、ちょっと赤く光ってるからね……。それより、窓の外で何かあったの?」


「大したことじゃ……いえ、そうね。話しておきましょうか。明かりを点けるわよ」


 そう言うと、セリアーナは壁に付けられた照明の下へ歩いて行った。


 ◇


 照明が点けられて、ほのかに明るくなったベッドの上に俺とセリアーナは座り、先程までセリアーナが何をしていたのかを話すことにした。


「ほんで、なんかあったの?」


 向かいに座るセリアーナは、相変わらず目を閉じて【妖精の瞳】を発動したまま外の様子を窺っているが、そのまま話をしているあたり、結構余裕が見える。


「この宿を遠巻きに囲んでいる連中がいたのよ。私の加護でも敵かどうか見分けがつかないから、ただ単に雇われただけの者かもしれないわね。深夜にご苦労な事だわ」


「冒険者とかかな?」


 雇われて深夜に行動する……そんな奇特な者なんて、冒険者の中でも特に落ちぶれた連中くらいしかしそうにない気がするが……。


「いえ、違うはずよ。私も最初はそう思っていたのだけれど、コレを使ったらね……」


 と、セリアーナは頭上の目玉を指している。


「なるほど……冒険者って割には強くなかったんだね?」


「そういうことよ。ただ、この街の住民がこの宿の監視を行うとは思えないわ」


「うん」


 代官の屋敷の側にある、貴人向けのお高い宿だ。

 そんなところを、深夜に監視している事がバレでもしたら、この街で今後暮らしていく事が難しくなるだろう。

 セリアーナが言うように、とてもじゃないがこの街の住民がやるとは思えない。


 ってことは?


「今街に滞在している行商人の下働きや見習いでしょうね」


「お小遣い稼ぎか何かなのかな? でも、何のために監視させてるんだろう?」


 流石に深夜にお忍びで出発するとは考えないだろうし、どうにも、人を使ってまで監視する理由がわからないな。


 首を傾げながらセリアーナを見ると、肩を竦めている。

 この様子だと、実はたいした理由じゃなかったりするのかな?


「いくつか考えられるわ。私たち一行の加護や、もし気付いたとして、何か行動を起こすかどうか……。こちらの対応の仕方を探りたいのでしょうね」


 本格的に事を起こす前に、色々調べようとするのは分からなくも無いが、なんだってそんな事を……?


 そう考える事数秒。

 一つ思い当たることがあった。


「あぁ……。街の手前でオレが囮っぽい動きをしたから警戒してるんだね」


 明らかに距離があるにもかかわらず、わざわざ光りながら目立つように宙に浮き、尚且つしっかり防御も固めていたんだ。

 アレは囮に見えても仕方が無いだろう。

 実際そうだしな。


「ええ。向こうも私たちの事はあまり情報を持っていないようね」


 そう言うと、セリアーナはニヤリと笑いながらベッドから立ち上がり、照明を消してしまった。

 これで部屋はまたも真っ暗だ。


「旦那様とか団長には何も言わなくていいの?」


「これで何か動きを見せたら、私たちがその能力を持っていることがわかるでしょう? わざわざ相手に情報を与えてやる必要は無いわ」


「そういうもんかー」


「そういうものよ。余計な心配はしていないで、お前もさっさと寝てしまいなさい」


 それもそうだな。


「はーい」


 ベッドに横になるセリアーナに返事をすると、俺も再び布団に潜り込んだ。


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 さて。


 昨日……なのか今日なのかはわからないが、深夜にちょっと目が覚めてセリアーナと話をしたりもしたが、その後は何事も無く朝までぐっすり眠る事が出来た。


 そして、朝食を取り終えると、出発の準備に取り掛かることになった。

 今日の出発は、昨日と同じく昼を回ってすぐだ。


 もう俺たちが王都を発っていることは知られているだろうし、賊連中も、俺たちが気付いている事だってわかっているはずだ。

 だから、こういった小細工は必要ないんだが……。

 今日は戦闘があるだろうし、時間に余裕を持っておきたいもんな。


 ってことで、リーゼルたちと共に食堂を出て部屋に戻ることになった。


 俺たちは、使用人を伴いつつ取り留めのない話をしながら廊下を歩いていたのだが、前を歩くリーゼルが足を止めて振り向いた。


「そういえばセリア。君のところに人をやらなくてもいいのかい? この宿にだって貴族相手の世話ができる使用人は揃っているし、あの護衛の彼女たちだって、それくらいは出来るだろう?」


 王都の屋敷には普通に女性の使用人がいたし、リアーナに向かう船には使用人も一緒に乗っていて、その中には女性も含まれているんだが、今はセリアーナには俺しかついていない。

 準備の手伝いに誰か人を……って考えるのは当然だな。


 だが。


「セラで十分よ」


 リーゼルはセリアーナのそのシンプルな返事に苦笑しながら「そうか……」と一言呟くと。


「わかった。それじゃあ、また後で」


 そう言って、使用人を引き連れて自分の部屋へと向かって行った。

 リーゼルもそこであっさり引き下がる辺り、予測していたのかもな。


「良かったの?」


 念のためセリアーナに訊ねてみるが、彼女は「フッ」と小さく笑うと、「行くわよ」と告げて進み始めた。


 ◇


 さてさて。


 部屋に戻り、俺たちも出発の準備を開始した。

 ……といっても、リーゼルと違って俺たちのやる事なんて、精々着替えくらいなんだけどな。

 着替えの入った荷は馬車に積んでいるし、それらの手配はリーゼルが全部やってくれている。

 気楽なもんだ。


 馬車に荷物を積んでの移動の場合は、破損に気を付けたりと、梱包にはベテランの手が必要だったりもする。

 だからこそ、リーゼルも人手がいらないかと訊ねてきたんだが、俺たちの場合は、必要な物は【隠れ家】に突っ込んでいるからな。


 ってことで、着替えも兼ねて、俺たちは【隠れ家】に入っている。


 俺はもちろんだが、セリアーナも生粋のお貴族様にもかかわらず、一人での着替えには慣れているから、着替えもサクッと完了して、何の問題も無いんだが……。


「……それなに?」


 着替え終えたセリアーナが、隠れ家の中に設置している、色々な防具を詰め込んだ棚から何かを引っ張り出してきた。

 防具って感じはしないが……なんだあれ?


「コルセットよ。コレは流石に一人では無理だから、お前も手伝ってちょうだい」


 そう言って、セリアーナは手にしたソレをこちらに向かって突き出した。


「ぉぅ……。りょーかい」


 着替えに俺を手伝わせるのは珍しいが、コルセットか……。

 俺も数回着けたことがあるが、確かにギュッと締めるし、一人で身に着けるのは難しいよな。

 コルセットを着ける手伝いはした事は無いが、どうやったらいいのかはセリアーナが指示出ししてくれるだろう。


「なるほど」と納得した俺は、返事をして受け取ったが……なんか思ってたのと違うな?


 セリアーナが、コルセットと言って俺に渡したものは、一見黒い革製のコルセットなんだが、手触りというか中に入っている芯というか、服飾品というには何かが違う気がする。


 なんだこれ……と、手にしたコルセットをジロジロ見ていると、その様子に気付いたらしい。

 コレの説明を始めた。


「腹部全体を守るための防具替わりよ。直接当てられたら流石に防ぎきれるかわからないけれど、瓦礫くらいなら防げるだけの防御力があるわ。素材は魔物ね」


「……なるほど」


 魔物の皮に骨とか腱なんかも使っているのかな?

 紐は……この手触りは魔糸を編んだ物か。


 コルセットとしての機能も十分果たせているし、それでいて見た目も悪くない。

 たかがコルセットにするには随分豪華な代物だが、貴族のご婦人が見た目の印象を悪くせずに、守りを固める事が出来る。

 俺も傘とかマントとか色々持っているが、それと同じ様なコンセプトだな。


「セラ」


 ふむふむ……と、コルセットを手にして眺めていると、セリアーナから早くしろとばかりに、声が飛んできた。

 そちらを見ると、既にセリアーナは背中を向けて、両腕を広げていた。

 準備万端だな。


 それじゃー、さっさとやっちゃいますか!

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