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セリアーナに次いで、フィオーラも一つ大きく息を吐くと立ち上がった。
……俺も立った方がいいのかな?
ってか、戦闘は終わったんじゃ?
「貴女たちも準備を始めて頂戴」
「はい。それでは失礼します」
セリアーナの言葉にテレサたちはそう答えると、足早に部屋から出て行った。
そして、事態の進展について行けずオロオロしている間にセリアーナも自分の寝室へ……。
これは、まだもうひと騒動あるって事だよな?
「……フィオさん、何か起きるの?」
「街中にまだアンデッドがいるって事よ。そして、それは今街で捜索をしている騎士団でも見つけられない場所。リックが指揮している以上手抜きは無いでしょう? それなら奥様が直接出る必要があるのよ」
「なるほど……」
フィオーラの言葉に頷いた。
地下がどうのとかも言っていたし、彼等が見つけられないって事はそういう事なんだろう。
反抗勢力は捕らえきったようだが、だからといってアンデッドは放置していい問題じゃ無い。
そして、こちらを知恵を使って狙ってくるのは魔物じゃなくて人間だし、そいつらがもういない以上はセリアーナが街に出てもいいって事だな。
もちろん、まだ危険が無いって決まったわけじゃ無いし油断は出来ない。
以前から備えていたにもかかわらず、結局セリアーナが外に出なければいけない状況を作られたわけだしな。
だが、俺やテレサたちが一緒にいれば滅多な事は起きないだろう。
これが備えること無く不意打ちでって考えると、おっかない話だが……まぁ、ウチの人間の方が一枚上手だったな!
そうと来たら……!
「オレも何か用意した方がいいかな? 奥に色々入れてるよ?」
俺自身の装備は完了しているが、【隠れ家】に色々道具やポーション類を置いている。
どれか取り出した方がいいかな?
俺たちが戦闘をするかはともかく、現場の兵たちへの支援用のアイテムはあった方がいいかもしれない。
「そうね……。ちょっと待って頂戴」
フィオーラはそう言うと、セリアーナの執務机からメモを取り何かを書き始めた。
そして、こちらに戻って来ると俺に渡す。
書かれている物は……いくつかのポーションと燃焼液を始めとした外で使えるアイテムだ。
「それをお願い」
「りょーかい!」
俺は【隠れ家】を発動するために、急いで自分の部屋に向かった。
◇
「持って来たよー!」
【隠れ家】から指示された物をリュックに詰めて持ち出してきた俺は、そう声を上げて自室からセリアーナの部屋へと入った。
「ご苦労様。セラ、預かるよ」
「うん」
用意にそれぞれの部屋に向かっていた3人は既に集まっていた。
そして、エレナに渡したリュックの中身を確認しているが、3人とも鎧ではなくて厚い生地のジャケットやベストの動きやすい軽装姿だ。
てっきり現場で捜索の指揮を執るだけだと思っていたが……これはやる気っぽいな。
しかし、俺は魔王種のコートを着てその上からさらに帯を巻きつけているし、防御力は十分過ぎるくらいだが……戦闘に参加するかもしれないのに、皆はあの装備で大丈夫なのかな?
いつもは盾として前に立ってくれるアレクはいないんだぞ?
まぁ、俺の【祈り】とか風とかもあるしちょっとやそっとの攻撃は防げるだろうが、それでも不安だ。
「ねぇ……皆そんな軽装で大丈夫なの?」
道具を分配している皆に向かってそう言うと、セリアーナは手を止めてこちらを向いた。
「問題無いわ。どのみち私たちでは、お前の【祈り】抜きでは攻撃を受け止めるのは向いていないもの。それにこれから向かう場所は地下よ」
「そうですね。ダンジョンや自然に出来た空洞ではなく、人の手で造られた地下施設です。そして、現れる敵も大型の魔物では無くてアンデッドですからね。守りを固めるよりも、いざという時に走れる恰好の方がいいんですよ」
人が造った空間で、現れる魔物はアンデッドのみ。
確かにそれなら、大型の魔物がたまにみせる壁や木々をなぎ倒す様な派手な攻撃は無いだろう。
その余波を受ける心配も無いし、機動力重視なのも納得だ。
だが、それよりも一つ気になることがあった。
「【祈り】はあるよ?」
セリアーナが口にした【祈り】抜きってのはなんなんだ?
なにか加護を無効化するような謎技術でもある……とか?
いかん!
俺の大半が無力化されてしまう……!
「なにを言っているの……お前はここに残るでしょう? どれだけ時間がかかるかわからないし、あてには出来ないわ」
だが、セリアーナは狼狽える俺に向かって、呆れた顔で大きく溜息を吐きながらそう言った。
「……セリア様こそ何言ってるの?」
戦闘が起こるかもしれない場所にセリアーナが行くのに、何で別行動をするんだ?
一緒に行くに決まってるじゃないか。
そしてまたセリアーナは、大きく息を吐く。
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今教会エリアがどんな状況にあるのかはわからないが、少なくともピクニックに行けるような安全な場所じゃないのは間違いない。
そして、セリアーナたちは自身が戦闘を行う事も想定している。
俺は別に好んで危ない場所に行きたいわけじゃ無いが、だからといって、そんな場に何故連れて行かないのかと。
我ながら俺は相当な便利キャラなのに。
抗議の意も兼ねてセリアーナを睨むと、またしても彼女は大きく溜息を吐いた。
「お前がここを離れたら子供たちはどうするの?」
「うぬ? ……むぅ」
隣室にいる3人の子供たち……いざって時には、セリアーナとエレナがそれぞれを抱いて脱出する事になっていたが、その2人が屋敷を離れることになる。
そうなると、避難方法は乳母が抱いて逃げるしかないが……無理そうなら【隠れ家】だ。
わかる。
わかるけれど……。
「いや……でも、でもさ……」
子供たちを蔑ろにするつもりは無いが、事を起こす人間はもう捕らえたはずだ。
それよりも、セリアーナが危険かもしれない場所に行くんなら、俺も一緒だろう……。
「セリア様」
ここに残らせたいセリアーナと、ついて行きたい俺。
しばし無言での睨み合いが続いたが、エレナがそれに割って入ってきた。
そして、手にしていた道具を置いてこちらに歩いて来る。
隣の部屋には彼女の子供であるルカ君も一緒にいる。
彼女もセリアーナと一緒に向かうだろうし、俺にここを守れって言ってくるのかな……?
どうにか言い負かされないように頑張らないと。
そう気合いを入れていたのだが、俺の肩に手を置くとセリアーナを向いた。
「私がここに残ります。私とモニカがいれば、万が一の事態になっても子を抱いて脱出は可能ですからね。それよりも、今はアレクがいませんし、セリア様の盾は必要です」
そして、今度は振り向き俺の目を見て話しを続けた。
「セラ、セリア様を任せられるね?」
その言葉に、俺はコクコクと頷く。
「……仕方が無いわね。ここで議論を交わす時間も無いし。いいわ。セラ、お前が来なさい」
一刻を争う事態……ってわけじゃ無いが、のんびりしていいわけでも無い。
なんだかんだで、今のこのやり取りで5分くらいは時間を使ってしまっている。
セリアーナは俺の説得を諦めて、エレナの案を呑む事にしたようだ。
「エレナ、子供たちは貴女に任せるけれど、ルカも守るのよ?」
「はい。もちろんです」
伝えたいことは伝えたのか、それだけ確認すると踵を返してテレサたちの下へ向かった。
俺もその後をついて行こうかと思ったが、その前に一つエレナに確認をしておく。
「【小玉】使う?」
流石に機動力ではモニカの方がエレナより上だし、【小玉】があった方が合わせられるんじゃないかな?
そう思ったのだが、エレナは首を横に振った。
「いや、大丈夫だよ。無防備には出来ないけれど、そもそもここを狙って来るような者はもういないからね。それは、セリア様たちに使って頂戴」
「そか……。了解!」
うん……まぁ、屋敷自体は他にも警備の兵がいるし、セリアーナが俺を残そうとしたのも念の為って感じだったもんな。
まぁ……それは外だってそうかもしれないが、それでもあっちの方が気をつけた方がいい。
役割を代わってくれたエレナの分もしっかり努めないとな!
「セラ、行くわよ!」
向こうの準備は完了したようで、セリアーナが出発を伝えてきた。
「んじゃ、行ってくる!」
「うん。もちろん君も気をつけて」
「ほい!」
俺はエレナに挨拶をすると、もう部屋を出ようとしているセリアーナたちに慌てて合流をした。
◇
出発の際に、セリアーナ自ら出る事に使用人たちには驚かれたが、カロスは事前にその可能性を協議していたのか、慌てること無く彼の下に集まっていた情報から、必要になりそうなものを手短にセリアーナに伝えた。
現状、何らかの行動を起こした者たちは既に捕らえきったようだが、それでもまだ注意がいる人物たちは残っていて、その連中の監視なんかにも人手を割いているらしい。
そのためこちらから街中での護衛に人数を割くのは厳しく、安全のために移動は地下通路を利用して欲しいそうだ。
まだ夜だし何より外は雨が降っているしで、俺たちは元からそのつもりなのだが、カロスからしたら領主代行がコソコソ地下から移動するってのは、あまり好ましくないのだろう。
セリアーナの前だけに態度には出さなかったが、どこか悔しげな様子だ。
「些細な事よ。それよりも、エレナを残しているけれど彼女は子供たちから離れられないわ。屋敷の事は貴方に任せるわね」
「お任せください。一つ……ロゼを子供部屋に送ってもよろしいでしょうか?」
セリアーナが簡単な指示を出すと、カロスがこの場にはいないがロゼを子供部屋に送ることを提案してきた。
ロゼかぁ……戦っている姿は見たことは無いけれど、あの人も戦える人だもんな。
彼女も一緒ならエレナも心強いかもしれない。
「そうね……許可するわ」
セリアーナもそう考えたのか、それを許可した。
そう言えば、今日は伝令として足を運んでいたけれど、あの人普段は南館に全く踏み入らないよな。
なんでだろ?
「ありがとうございます。それではどうぞお気をつけて……。セラ、奥様を頼むぞ」
「お? うん。大丈夫」
考え事中断して、カロスに返事をした。
屋敷の事は彼等に任せて問題無さそうだし、彼が言うように俺はセリアーナの守りに専念しよう。
「行くわよ」
「うん」
改めて気合が入ったところで、俺たちは地下通路から教会地区を目指す事にした。
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