206

483


「あら? まだ起きていたの?」


「あ、おかえりー」


 セリアーナのベッドでゴロゴロしていると、セリアーナが部屋に入ってきた。

 化粧を落とし、服や髪が正装から就寝前のものに切り替わっている。

 仕事はもう終わりなのかもしれない。

 風呂も入って来たのかな?


 彼女は部屋の中を見渡すと、フィオーラが既にいない事に気付いたようだ。


「フィオーラはもう戻ったの?」


「うん。ちょっと前までいたんだけどね」


 フィオーラは【隠れ家】でレポートか論文かはわからないが、何かをずっと書いていた。

 彼女の家はジグハルトと共用で、俺も以前数日世話になったことがある。

 魔道具に溢れて、この世界では相当快適に出来ているが……それでも【隠れ家】の方が使い心地は上だ。

 彼女が中で作業をするのは初めてだが、随分気に入っていた。


「そう……」


「……ぬ?」


 セリアーナはまず俺をベッドの脇にどけると、真ん中にうつ伏せになった。

 そして、そのまま腕を曲げて腰辺りを示している。


 ……【ミラの祝福】かな?


「よいしょ」


 彼女の腰に跨ると、そのまま後頭部に手を当てて発動した。

 とりあえず、これで上半身はカバーできるな。


「なに? お疲れ?」


「ええ……疲れたわね。ある程度形は出来て来たけれど……、それでもまだまだ人が足りないのよ。どうしても細かい所まで、私やリーゼルが判断する必要が出て来るわ。王家からも支援があるけれど……、全てに頼るわけにもいかないし……」


 そして、ふぅ……とため息をついている。

 うん……これはお疲れだね。


 騎士団は、1番隊と2番隊と分ける事で、冒険者からの転身でもなんとかなっている。

 求められる能力は腕っぷしだからな。

 元々この街で冒険者をやっているんだし、腕は十分だ。

 2番隊はそこをクリアして最低限の品格があれば、後はどうとでもなるって方針だ。


 ただ、文官はなー……。

 王都の貴族学院は別としても、各領地にも教育機関はある。

 領都を中心に領内の各街に分校のようなものがあって、それで領政を取り仕切る人材をピックアップしていくんだ。


 もちろんリアーナにもそれっぽいのがあるんだが……まだ領地が出来て2年程。

 教育プログラムも教師も生徒も何もかも足りていない。

 当分忙しいだろうね……テレサが重宝されるわけだ。


 ◇


「よいしょっよいしょっ……!」


【ミラの祝福】を発動したまま、首、肩と手を当てる場所を下げていく。

 そのついでに、指圧マッサージをする事にした。

 残念ながら前世の整体師の様に、指先でどこが凝っているかはわからないが、まぁ、マイナスにはならないだろう。


 セリアーナは背は160台半ばくらいで、この世界の女性でも平均的な身長だが、スタイルはいい。

 手足は長いし、具体的な3サイズは知らないが、バランスよく整っている。

 そして、一見細身に見えるが、やはりしっかり鍛錬を積んでいるからだろうか、筋肉もしっかりと付いている。


「ふぬっ! ふぬっ!」


 これはしっかり体重を乗せて押していかないと効きそうにないな。


「セラ」


 ぐいっぐいっ! っと、背骨に沿って押していっていると、セリアーナが俺の名を呼んだ。


「ん? あ、いたかっ……」


 力を入れすぎたかな?


「もっと力を入れていいわ」


「あ、うん……」


 結構全力のつもりだったんだけどな……おかしいな。

【祈り】も使うか……?

 いや、力加減が上手くわからないし、痛めるかもしれないか。

 しゃーない、もうちょっと気合いを入れるぞ!


 背中を終えると腰、太腿、ふくらはぎ、足裏……と進めていき、そして終了だ。

 足ツボを押す棒みたいのがあったよな……。

 あれ作って貰おうかな……?


「……終わったよ……あれ?」


 セリアーナに終了を告げるも返事がない。

 どうしたのかな? と顔を近づけると、小さな寝息の音が聞こえた。

 いつの間にか静かになっていたとは思ったが、眠っていたのか……。

 お疲れなんだね。

 いい時間だし、俺もそろそろ寝るかな。


「……あ」


 起こすのも可哀そうだし、このまま眠って貰おうと思ったのだが……セリアーナは掛布団の上に横になっている。

 ……これどうしようか。

 抱き上げるのは無理だし……。

 空調は付いているけど、そこまで冷えていないし、このままでも大丈夫かな?


 そんな事を考えながら、部屋の照明を落とし、俺も布団に潜り込んだ。


 ◇


「……んっ……ん~……!」


 起きたぞ!

 今は……朝と昼どっちかな?

 昨日までは記念祭の喧騒が部屋にも聞こえていたが、今日は静かなもんだ。

 ぐっすり眠れた……!

 隣にセリアーナの姿は既に無く、今日も奥様として仕事をしているんだろう。


「……あれ?」


 何故かセリアーナが寝ていた場所に掛け布団がまとめられている。

 そういえば俺が起きた時、布団を除けた覚えが無いな……。

 昨日寝た時は確かに布団に入ったし、俺は寝相だけはいいはずなんだけど……セリアーナか?


484


「おはよーございまーす」


 とりあえず朝食でも食べようと、厨房へやって来た。

 一応まだお客は来るから、この季節いつも着ている甚平ではなく、メイド服だ。

 うむ。

 最近ドレスを着せられる機会が多かったから、この楽な感じは悪く無いね。


「おう、セラか。メシでも食いに来たか?」


「そうそう。なんか軽めのものが良いな」


「すぐ作ってやるから、控え室でちょっと待ってろ」


 奥から顔を出した料理長と軽い言葉のやり取りをすると、彼はすぐに用意に取りかかった。


 厨房内では調理が行われているが、昨日までの忙しさは感じられない。

 昼餐、晩餐と忙しかったが、今日からはもう平常通りなのかな?


 厨房を後にして、すぐ側の控室に行くと、こちらには誰の姿も無かった。


「ふーむ……皆忙しいんかね?」


 今が何時かわからないが、まだ昼前だろう。

 普段だとこの屋敷はあまり客は来ないから、早朝から仕事を進めて、リーゼル達の公務が始まると一旦こちらに戻って来ることが多い。

 そして、また午後から働き始めるのだが、ここ最近はお客も多くそのリズムが崩れていた。

 厨房は平常運転だったが、こちらはまだそうじゃないみたいだな。


 そんな事を考えていると、料理長が朝食を運んできた。


「あ、ありがとーございます」


「おう」


 と、彼は一言だけ言うと再び厨房へと戻ろうとした。

 が、それに待ったをかけて、他の皆はどうしているのかを聞くことにした。


「あ? あぁ……屋敷に宿泊されているお客様方は、ほとんどが今日お帰りになるからな。つーか、もう出発されたぞ。で、使用人達はそこの片付けだな」


「あぁ……。なるほど……。ありがとー」


「おう」


 そう言うと、今度こそ部屋を出て行った。

 そうか……そういえば外だけじゃなくて、この屋敷に宿泊している客もいたな。

 セリアーナもいるだろうから、リーゼルんトコにでも行こうかと思っていたけど……午後にした方が良かったかな?


「……とりあえず食べるか」


 朝食のメニューは、パンにベーコンエッグにスープ。そして果物。

 シンプルで実によろしい。

 それでは、いただきます。


 ◇


「おぉ、セラ殿か」


 とりあえずリーゼルの執務室に顔を出そうとやって来たが、部屋の前の警備兵がすぐに俺に気付いた。

 毎度のことながら足音のしない俺によく気付けるな……。

 部屋の警備……とはいえ、領主様のだし、彼等も凄腕なのかな?


「おはよー。中にセリア様いる?」


「ああ、いらっしゃるぞ。……セラ殿がお越しだ」


 中に声をかけると、すぐにドアが開いた。

 セリアーナがいる事は確かだろうけれど……これって入って良いんだよな?


「おじゃましまーす……」


 小さい声で挨拶しながら入室した。

 中には、この屋敷で働くいつもの文官達に加えて、見た事の無い者達も何やら協議をしている。

 他領の人達かな?


「む」


 さらに、離れた席ではセリアーナがエレナやテレサに加えて、これまた見た事の無い女性達と一緒にいる。

 そして、セリアーナは俺に向かって手招きをしているな……。

 来いってことか。


「おはよー。セリア様」


「ええ、おはよう。珍しく早く起きたわね?」


「む? そういえば今は……10時ちょっとか……。早起きだ……」


 部屋に置かれた時計を見ると、10時を少し回ったところだった。

 食事も済ませて来たし、起きたのは9時半くらいかな?


「布団を剥いでも全く起きなかったから、てっきり昼まで起きてこないと思ったのだけれどね……」


 膝の上を指しながら、フッとセリアーナは笑っている。

 やはりセリアーナの仕業だったか……まぁ、わかってはいたさ……!


 とりあえず彼女の膝の上に座り【ミラの祝福】を発動する。

 そういや、昨晩マッサージを結構本気でやったけど、平気そうだし揉み返しとかは無さそうだな。


「あ、おはようございます……」


 見知らぬ女性達に頭を下げる。

 エレナやテレサにとってはおなじみの光景かもしれないが、誰かは知らないが彼女達にとっては、珍しいのかもしれない。

 なにやら固まっている。

 ってか、この人達誰なんだろう?

 そもそも今何をしているんだろうか……?

 なんもわからん。


「彼女達は領地の各街で文官として働いているのよ。男性の方が多いけれど、少数だけれど女性もいるわね。代官夫人との繋ぎ役は大抵彼女達が任されるわ。ウチで言えば、エレナとテレサがその枠ね」


「ほー……」


 そういえば俺も他の街でそこの代官夫人と会う時には、女性が間に入る事が多かった。

 まぁ、確かに女性なら女性に任せた方がいいか。


 ◇


 午前の執務が終わり、皆で昼食となった。

 場所は第1食堂。

 一番デカい食堂だ。


 円卓ではなく2つの長机があり、男女に分かれている。

 上座は領主夫人で、俺はセリアーナのすぐ手前……向かいはエレナで、俺の隣がテレサだ。

 他の女性達は、そこからさらに1列空けて座っている。

 男性たちの席を見ると、あちらも同じ様にしている。


 何というか……差を目に見える様に露骨に付けるんだな……。


 ちなみに昼のメニューは、ラビオリのような物にスープ、サラダ、果物だ。

 どこの国、どこの世界でも、練った小麦粉に何かを包んだ料理ってのはあるもんなんだな……。

 ともあれ、俺は軽めにしてもらったが、中々美味であった。


 そして、食事が終わりしばし談笑となったのだが、そこで話題となったのは、やはりダンジョンだ。

 どうやら今この屋敷にいる客は全員領地の者で、ダンジョンの協議の為に残っていたらしい。


 資源的な意味だけじゃ無くて、他領からもそれ目当てで訪れるだろうし、当然領都までの間にある各街にも滞在する。

 色々決めておくべきことがあるんだろうね。


 しかし、休憩時間にもそんな話をしているだなんて……仕事熱心な事だ。

 昨晩のセリアーナの姿を思い出すが……これを毎日するのなら、そりゃ疲れるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る