第180話

431


 とりあえずこっちの面子にも【祈り】をかけた。

 後はどのタイミングで戦闘に介入するかだ。


 ボスザルは先程からアレクばかりを攻撃している。

【赤の盾】の効果もあるだろうし、アレクが上手い事正面に立ち続けているからだ。

 それでも、時折俺とジグハルトにも視線を向けている。

 ジグハルトは単純に強いから、俺の場合は……変な生き物だとでも思っているのかな?

 この中ではオーギュストが一番警戒が薄い。

 止めは彼が刺すようだし、それ自体は歓迎するべき事か。


 しっかし……牙を剥いたゴリラってクッソ怖い顔してるな……。

 

 こちらもしっかりと照明の魔法が、ジグハルトの手によってあちらこちらにばらまかれていて、その怖い顔が良く見える。

 もっとも向こうは地面にまいているが、こちらは土柱にだ。

 まるで間接照明のようで、ちょっとお洒落じゃないか……。


 時折こちらを見てくるその顔から隠れるように、大きく回り込んでいく。

 アレクが正面でターゲットを取っているのもあるだろうが、照明の範囲から出ると俺への興味を無くすようだ。


 これなら、なんとかなるか?


 と考えてはいたが、ちと甘かったかもしれない。


 ボスザルの背後に回り込んだはいいが、どうしたものか……。

 今俺は高さ5メートル程の位置で止まっている。

 俺に攻撃が届く事は無いが、ボスザルの動きは激しい。


 離れて見ていた時はそこまで気付けなかったが、大分動き回っている。

 アレクが上手く正面で捉え続けているが、弓を当てるには厳しいだろう。

 となると、近接攻撃をする事になるが。


「さてどのタイミングで行くか……?」


 今俺は【妖精の瞳】もヘビ達の目も解除している。

 最初の一回以来咆哮を上げていないが、あれだけ距離があったにもかかわらず、俺は結構衝撃を受けてしまった。

 あの距離でああなったのだから、この距離だとどうなるかわからないからだ。

 両方発動していたからああなった可能性もあるが、違った場合は死にかねないし、目視で十分な距離だから、久々の自前の目のみで戦闘だ!


 ダンジョン自体が放つ光と、ジグハルトの照明で、決して明るくは無いが視界はそこまで悪くない。

 足元で繰り広げられているボスザルとの戦いも、その周囲もしっかりと見えている。


 だが……こえぇぇ。

 入手して以来、ずっと頼りっぱなしだったからな……。


「ぐぬぬ……っ!? 今のタイミングだったかな……?」


 つい今しがた、アレクがボスザルの右腕の振り下ろしを、盾で弾き返した。

 そして、オーギュストが左足を斬りつけているが、上から見ていると、アレクが盾で弾き返した際に、ボスザルの動きに一拍間がある事がわかる。

 わかるんだが……仕掛ける踏ん切りがつかない。

 物陰や背後に何かいても俺じゃ気づけないからな……。


「う……」


 アレクと目が合った。

 なにやら頷いているが……やれって事か?


 ……よし。

 いつまでもここでもたついていても仕方が無いし、次のタイミングだ。

 決めた!

 次で突貫だ!


 ◇


「はあっ!!」


 ラリアットの様に振り回してきたボスザルの左腕を、アレクは盾を両手で持ち、真下に叩きつけた。

 今までは上や内側に受け流していたが、今回は違う止め方だ。


 二足歩行の生物ならバランスを崩して前のめりになるだろうが、ボスザルは残念ながら違う。

 だが、それでも前に意識が向き、俺の不意打ちが決まる確率はさらに上がる。

 グッドだ、アレク!


「ふっ! たぁっ!」


 その隙を逃さずに予定通り仕掛けた。

 俺の位置からじゃ、ボスザルの体に隠れてオーギュストの姿は見えないが、彼もきっと合わせてくれるはず!


【足環】で肩甲骨あたりに掴まり、しっかりと狙い定めた蹴りを、後頭部に放つ……が。


「……あれ?」


【浮き玉】で加速しながらの、蹴りというより体当たりの様な方法を採れば別だが、【緋蜂の針】の蹴りは威力は基本的に変化がない。

 だから、少々窮屈な姿勢で放ったとはいえ、今の蹴りは威力が十分あったはずなのだが……全く効いた様子が無い。

 このターンでオーギュストが何かやって、後はボコるだけって考えていたのに……。


「……わっ!?」


 背中に回ってきた腕に驚き、蹴りを放ちながらその反動で一気に離脱をした。


 い……今のはビビった。

 骨格的に不可能なのか、俺がいた場所までは腕が届いていないが、視界の端にヌッと丸太のような腕が現れたんだ。

 我ながらよく反応できたもんだ。


 しかし……困ったな。

 ボスザルは短い首が分厚い筋肉に包まれていて、脳震盪とかは起こしにくいだろうとは思ったが……後頭部に蹴りを当てて全く意に介さないとは……。

 こちら側にはまだまだ余裕があるとはいえ、想定した勝ち方がちょっと難しいかもしれない。


 いっそ【影の剣】をと一瞬思ったが、この短い刃じゃ体に密着でもしないと大して傷を与えられないだろう。

 アレにくっつくのはちょっと怖すぎるし……。


 仕切り直しのためか、ジグハルトが威力を押さえた魔法をバラまいて牽制をしているが……一旦俺もそっちに戻ろうかな?

 指示を仰いだ方がいいかもしれない。


 ほんのわずかな時間だが、その場で留まりどうしたものかと考えていると、上から影が差したような気がした。

 明かりはあるから影が出来るのはおかしくないが、宙にいる俺に影ってなんだ?


 そう思い上を向くと……。


「ん? ……って……おわあああああああああっ!?」


432


 俺は前世からムカデが苦手だ。

 いや、苦手というよりかは嫌いだ。

 まぁ、好きな人はあんまいないかもしれないが……。


 困った事にこの世界にはクソデカいムカデの魔物が存在する。

 オオムカデという名で、初めて見た時は叫んだもんだ。


 ……そのクソデカいムカデが今土柱の上から俺を見下ろしている。

 2メートルくらいの距離で。


「ひぃぃいいいぃぃっ!?」


 駄目だ。

 もう完全にムカデに意識が行ってしまっている。

 どこか冷静な自分もいるが、悲鳴が止まらん。

 そして俺の攻撃手段じゃ、この距離はどうにもならな……ん?


「っ!?」


 そのムカデが一瞬で光に貫かれ消し炭になった。

 ジグハルトだ。

 流石頼れるおっさんだ。

 凄いぞピカピカ親父!


「うおおおおおっ!?」


「ほ?」


 心の中でジグハルトを讃える言葉を列挙していると、下から気合のこもった声が耳に飛び込んで来た。

 俺がムカデの脅威から脱し、喜びに打ち震えているのに、水を差すだなんて……無粋な!


「ん?」


 文句でも言ってやろうかと声のした方を見ると、オーギュストが、剣にさらに光る大きな刃を被せて振り抜いた姿があった。

 そして、ボスザルが崩れ落ちている。

 少し離れた場所に足らしきものが転がっているし、オーギュストのあの光る刃が斬り飛ばしたんだろう。


 ……そういやボスザルの相手をしていたんだった。


 パニックですっかり忘れていたが……戦闘を続けていたらしい。

 オーギュストのあの光る刃が、決めるための手段だったんだろう。

 恩恵品ってよりかは、何かの加護っぽいけど……結局俺は隙を作る事が出来なかった。


 どうやったんだろう?

 全く見ていなかった……。


 少々驚き眺めていると、アレクが近くに放り投げていた棍棒を拾い上げている。

 片足になったとはいえ、まだまだ動いているし油断はできないだろうが、ボスザルはそろそろボコられるかもしれないな。


 ◇


 ボスザルの背後に回り込んだ時と同じように、やや遠回りをしながらジグハルトの元へと戻ってきた。

 彼の警戒はもう奥からやってくる魔物達の方に移っている様で、ボスザルの方には時折小さい光弾をぶつけて牽制しているが、もう戦闘は2人に任せている。


「ジグさん」


「おう。大丈夫だったか?」


 ムカデの件だろうか?

 こちらを気遣うような事を言ってきたが……顔は笑っている。


「いい囮だったぜ? お前の悲鳴に釣られた隙を上手く決めていたな」


「くっ……!?」


 実に楽しそうだ。

 だが、どうやって隙をついたのか気になっていたが、答えがわかった。


 俺の蹴りは全く効かなかったのに、悲鳴には反応したのか。

 ロリザルめ……。


「んっんっ……まぁ、いいや。んで、あっちはもう2人に任せて大丈夫なのかな? オレはどうしよう?」


 気を取り直して、気になることを聞く。


 両足が揃っていた時と違って、今のボスザルは移動をほとんどせずに腕を振り回している。

 それを正面から掻い潜って攻撃できるアレク達なら、足を止めている状況の今こそ攻め時だろうが、俺はちょっときつい。

 不規則で読めない攻撃なんて最も相性が悪いものだしな。


 もっとも、動きが無い分【ダンレムの糸】でゆっくり狙いをつける事は出来そうだが……。


「ああ。一応警戒は続けるが……流石にここからひっくり返す事は出来ないだろうよ。俺がやってもいいが、素材にするなら魔法で焼き切るよりは、あっちの方がより多く使える部分が残るだろうしな」


「なるほど……」


 もう勝ちは決まった様なものなのか。

 俺の弓もジグハルトの魔法も、素材を結構消し飛ばしちゃうからな……。


 チラリとボスザルの方を見ると、またもオーギュストが光る刃を振り下ろし、今度は右腕を斬り飛ばしている。

 核はどうやら胸元にあるようだが、仮に違ったとしても、あの方法ならそうそう潰してしまうことは無いだろう。


「セラ、こちらはもう大丈夫だと向こうに伝えて来てくれ。合流して一気に向こうも決めちまおう」


「りょうかい!」


 向こうを見ると、まだまだ余裕はありそうだが、それでも核を潰せていないのか魔物の死体が大分溜まって来ている。

 どれくらい倒したのかはわからないが、休憩も必要だろう。


 ◇


「ただいま!」


 戦闘が一段落してからだし気付いてはいるだろうが、それでも一応3人に声をかける。


「お帰りなさい。貴方の悲鳴が聞こえていたけれど……大丈夫?」


 他の2人が魔物の核を潰している中、少々手持ち無沙汰にしているフィオーラが答えた。

 が……アレはこちらにまで届いていたのか。


「うん……なんでもないよ。……それよりも、向こうはもう片が付きそうなんだ。だから、皆もあっちに合流して欲しいって。いける?」


「死体の処理は済ませたいな。セラ、君のヘビ達も使って手伝ってくれないか?」


 死体の頭部や胸部を剣で突いたり、魔法で撃ったりして核を潰しているルバンが、俺にも参加するように言ってきた。

 だが……。


「む? 了解……でも、いいの?」


 聖貨は核を潰した者がってわけじゃ無いだろうけれど、単純にウチの子のパワーアップに繋がる。

 その事はこの面子にはちょっと話したことがある。

 労せず利益を得てしまうが……。


「ええ。私達には意味はありませんし、何より死体を放置する方が問題ですしね。それに今は丁度増援が途切れている様です。今のうちに終わらせてしまいましょう」


 今度はテレサもだ。


「そか……わかった。んじゃ、奥のからやってくね」


 何となく美味しい所を頂いてしまう様で申し訳ないが、確かに死体の放置の方が問題だ。

 ここは有難く手伝わせてもらおう。

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