第165話

401


【本文】

ペチンペチンという、何かを叩くような音と、頬の軽い痛みで目が覚めた。

あまり爽やかな目覚めとは言えないな。


やり直そう……。


「ぐぅ……」


「起きなさいっ!」


爽やかな目覚めをするべく、もう一度布団に潜り込んだのだが、業を煮やしたセリアーナによって引っぺがされてしまった。

貴重な冬の微睡みタイムに何てことを……。


とは言え、布団をはがされた以上は仕方が無いし、ベッドから起き上がったのだが、時刻はまだ早い。

と言うか、朝だ。


「なに……こんなはやくに……?」


昨夜もそうだったが、【ミラの祝福】の寝ながらの発動に慣れる為に就寝時は毎回発動している。

眠気は筋トレ後の筋肉痛みたいなもので、大分慣れてはきたが、翌日は自然に目が覚めるまで眠る事にしている。

その場合、目が覚めるのは大体昼前後で、その事はセリアーナも知っている。

にも拘らず、起こしてくるなんて……。


「早くって……お前、今日は仕事に出るのでしょう? さっさと起きて支度なさい」


「もうすぐテレサが朝食を持って来るからね。今日は外に行くんだし、いつもみたいに朝食を抜いちゃ駄目だよ?」


「あ、うん」


寝起きのぼんやりした状態で、2人の言葉が微妙に理解できないが、なにやら急かされている事はわかった。

何だったかな……?



領都の南には川で魔境から切り離されてはいるが、魔物や獣が多数生息する森が広がっている。


ここはどちらかと言うと猟師の縄張りで、冒険者が近づくことはあまり無かったりする。

まぁ……すぐ側にもっと稼げる場所があるし、わざわざ揉めるかもしれない場所で狩りをしようとはしないだろう。

アレクは色々調査や護衛なんかで入る事は多いそうだが、俺は遠目に見た事はあっても踏み入るのは初めてで、新鮮な景色が広がっている。


「うはー……」


一の山から流れる川が、森の切れ間に見えている。

あの川がルバンが代官を務める村の側を流れる川と途中で合流しているそうだ。


一見穏やかな浅い川だが、ワニっぽい水棲の魔物がいて中々デンジャラスらしい。

幸い住み分けは出来ていて魔境側からは出てこない為、川を越えるなら下流から、とか言われている。

ちょっと、そのワニを見てみたい気持ちもあるが、俺とは相性が悪そうな為近付いたりはしなかった。


あれがその川か……話には聞いていたが、呑気に高度を上げていると、鳥型の魔物に襲われたりするからな……見るのは初めてだ。


「お?」


南側に数キロ程離れた場所から一筋の煙が上がった。

先行した隊による狼煙だ。


「おーい! 狼煙が上がったよー!」


「!? わかったー! 教えた通りに頼む!」


下で待機している兵士達に向かって報告をすると、すぐに返事があった。

言われた通り、預かっているコンパスのような物で狼煙の位置を記す。


この世界でも方位磁石は有効で、方角を調べる時に使用される。

ただ、しっかりファンタジーなテクノロジーも組み込まれていて、俺が預かっているコンパスと連動した装置が下にあって、俺が動かした通りに下の装置も動くようになっている。


「……よし! 副長ー! 向こうに合図を送ってくれー!」


「はいよー! ……ほっ!」


狼煙を上げた側にも見える様に、一旦高度を上げてから照明を打ち上げた。



まだ名前は無いがルバンが治める南の村は、順当にいけば今後リアーナ領の水運を支える場所になる予定だ。

既に王都を始めとした国中の品が、ライゼルク領経由でそこに入って来ている。

そして、この森を迂回してアリオスの街にその荷を運んでいるが、中には領都宛の荷も含まれているし、その流通の輪に加わりたいらしい。

その為に、領都と村との直通の道を建設中だ。

利権とかどーなんかなって気もするが、結局アリオスの街に集めることになるし、あまり気にしないでいいそうだ。

もっとも森の中を通す為、沼地等の足場の悪い場所を避けたりすると一直線にとはいかず、迂回したりひと手間かける必要がある。

それが今日の作業だ。


「副長。これであっていると思うが、上に上がって一応確かめてくれ」


「はいよ」


そう言って渡されたのは、森の中の沼地や傾斜地帯を記した地図で、先程の狼煙が上がった方向に向けて線が引かれている。

領都からスタートして既に何本も引かれていて、ルバンの村側からも同様の作業を行っているらしい。

そのうち合流して、完成したそれを基に今後の作業を進めていくそうだ。


まぁ……同じ作業とは言ったが、俺のいるこちら側の方が楽そうではあるな。


402


【本文】

ルバン村(仮)までの道作りの下準備は、あの後も何度か行い、向こう側から出発した部隊と合流した時点で完了となった。


道の細かい整備等は後回しにして、道幅の確保と、合流した付近を切り開いて拠点を作り、村との中継点にする予定らしい。


領都とルバン村(仮)は直線での距離なら30キロ程度だが、足場の悪い箇所を避けたりとアレコレ迂回しているから、さらに10キロ程プラスになる。

その距離を、魔境でないとは言え魔物や獣に気を配る必要があるのに、休憩無しでとなると、大分利用する者を選んでしまう。


そこまで強くない魔物は、人数が多いと近寄って来ない事もあるが、こちらは大人数にも拘らず作業中に何度か戦闘が起きた。

残念ながら、この森の魔物は積極的なタイプもいる様で、集中が途切れると最悪の事態も起こり得る。


あくまでその事態を避けるための休憩用の拠点で、積極的に発展させる予定はないらしい。


領都の近くに作った拠点と言えば東の拠点があるが、あそこは元から領都の外郭都市にする予定だったから、拠点を作ってから2年足らずで村にまで発展させたが、こっちは違うって事だろう。

中継拠点として利用する者が増えていき、もっと本格的に設備を整えていかないと、魔物の狩場にされてしまう……そうなってから考えるらしい。


片方の……それも端っこ程度とは言え、それでも関わった身としては発展してくれると嬉しいが、これ以上は俺が考える事じゃ無いし、他の誰かに頑張って貰おう。

俺としては、オオカミのコートの防寒具としての性能の高さを確認出来ただけで十分だ。

【浮き玉】の上で胡坐をかいていたら足先まで覆えるし、戦闘は経験できなかったが、寒い季節の移動には今後も欠かせなくなりそうだ。



冬の3月の半ばにさしかかった頃。

セリアーナとテレサも一緒に、リーゼルの私室に呼ばれた。


春の1月に王都に向かう予定だったが、それに関して何か話があるらしい。

他の2人は予め聞いていたようだが……なんじゃろな?


「ご苦労様。貴方達はここで待っていなさい。さあ、行くわよ」


セリアーナは部屋の前に着くと、相も変わらずの大名行列の面々にこの場で待つよう指示を出した。

そして、ノックもせずさっさと中に消えていった。


「……オレ達も入ろっか」


「はい。どうぞ」


「うん。ありがと」


テレサがドアを開け、俺も部屋の中に入った。


セリアーナは既にソファーに座り、テーブルを挟んで向かいにはリーゼルが座っている。

何度かこの部屋に入った事はあるが……どこも変化は無いな。


「セラ、よそ見していないで早く座りなさい」


「はーい」



「それでは、私達も失礼します」


リーゼルの執事であるカロスと侍女のロゼはお茶だけ用意すると、そう言って部屋を出て行った。

屋根裏で警備をしている者達も下がらせたし、これで部屋の中には、俺達とリーゼルにオーギュストの5人だけだ。

それだけ警備に自信があるんだろうけれど、夫婦そろって側に人を置きたがらない性分なのかな?


「さて……セラ君」


リーゼルは、しばしの間セリアーナと取り留めのない話をしていたが、それはあくまで前置きで、ここからが本題に入るようだ。

セリアーナの隣に座る俺に顔を向けた。


「セラ君、君は何か物を持ち運ぶ恩恵品か加護を持っているね? 恐らく加護だろうが……その事について聞きたいことがあるんだ」


表情こそいつもと変わらぬ笑顔だが、そこはかとなく緊張感が漂っている。

彼の後ろに控えているオーギュストも一緒だ。


「……ぉぅ」


今までも何となく気付いているような節はあったが、俺はセリアーナの直属という事もあって、このことについて問い質されることは無かった。

しかし、どうしよう……。

別にリーゼル達の事を信用していないなんてことは無いし、言ってもいい様な気もするが……。


「セラ、【物置】の事ならおじい様も知っているし、話しても構わないわよ」


【隠れ家】じゃなくて【物置】ね……あの時は何か適当に言ったからな……、どんな設定にしたっけ?

攫われた時に逃げるのに役立ったって説明したけれど……。


思い出そうと髪の毛をクルクル弄っていると、リーゼルは俺の返事を待たずにさらに言葉を続けてきた。


「詳細は語らなくていいよ。そうだね……このテーブルくらいの大きさの荷物を、王都から持ち運ぶ事は出来るかい?」


示されたテーブルは、高さが50センチ程でシングルベッドくらいのサイズだ。

これなら【物置】でも余裕だったはず。


「うん。これくらいなら問題無く入るけれど……何を運んで来るの? 一応言っておくけど、生物は無理だよ?」


リーゼルはそれを聞き、小さく笑ったかと思うとすぐに真面目な顔に戻った。


「大丈夫……生物じゃ無いよ。だが、運べるか……。セリア、やはりセラ君に頼もうと思うよ。君はどうだい?」


「問題無いわ。勝手に使ったりもしないし、テレサもいるから道中の安全も確保できるでしょうしね。いいわね? テレサ」


「はい。お任せください」


なにやらセリアーナから命じられ、受諾するテレサ。


「セラ、お前もいいわね?」


「……よくわからんけど……わかった」


こういう言い方をする時のセリアーナは、聞いても答えてくれないからな。

たまに変な事もあるが、不可能な事を頼まれた事は無いし……とりあえず俺も了承しておこう。


そういや、子供が生まれたし、出産祝いで足の早いものでもあるのかな?

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