第162話
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【本文】
「…………ふぎゅっ」
へ……変な声が出た気がする。
頭がガクッと行ったのかもしれないが……そんな変な寝方をしていたかな?
「うぐぐ…………ん?」
うつ伏せのまま大きく伸びをしてから、布団から出ようともぞもぞしていたのだが……どこだここ?
ベッドに寝ていたはずなのに、ソファーの上にいるようだが……。
「おはようございます。セラ様」
キョロキョロと周りを見ていると、少し離れた場所からテレサの声がした。
俺が目を覚ました事に気付いたようだ。
「あ……、おはようテレサ。ここは……? ぉぉっ!?」
体を起こし、声がした方を見てみると、なにやら人が沢山……おっさんおっさん、おばさんおばさんおばさん、またおっさん……あ、ロブもいる。
「ようやく起きたの……?」
そして、そのおっさん達の向かいに座るセリアーナが呆れた様な顔をしている。
テレサの俺の呼び方や、部屋の調度品から察するに、本館にあるリーゼルの応接室か。
だんだん頭がはっきりしてきたが、そう言えば昼頃に来客があるから、その席に俺も……とか言っていたな。
「……起こしてよ」
それにしても、寝ている状態の俺をそのまま運んで来るってのはどうなんだ?
「私達は何度も起こしたわ……お前が起きなかったのよ。昨晩私のベッドに入った途端眠っていたのに……よくそんなに眠れるわね?」
「止めてよ……その言い方」
セリアーナのベッド、の辺りでなんか部屋がざわついたぞ?
本人は面白がって言っているんだろうけれど、そんなんだから妙な誤解が広まるんだ。
まぁ、リーゼルも笑っているから良いみたいだけれど……。
「寝相は良かったわよ?」
ご機嫌だな……。
「テレサ、隣の部屋を使っていいから、とりあえずセラ君の身だしなみを整えておいで」
「はい。セラ様、こちらへ」
リーゼルの言葉に従い、セリアーナの後ろに控えていたテレサが、【浮き玉】を手にしてこちらにやって来る。
「あ、うん……」
なんだろう?
俺そんなにひどい恰好なんだろうか?
寝間着から、エプロンだけ外したいつものメイド服姿になっているけど……これ俺が寝ている間に着替えさせたのかな?
◇
別室で髪を梳いたり顔を洗ったりしてから部屋に戻って来ると、テーブルの上に、部屋を出る前には無かった大きな箱が2つ置かれていた。
スーツケースのような物と、1辺50センチくらいの、大きな箱だ。
オオカミの毛皮を使った何かが完成したから、今日俺もこの場にいるんだけれど、あれに入っているのかな?
でもなんで2つあるんだろう……大きなオオカミだったけれど、それでも2種類も作れるほどとは思わないが……。
セリアーナの隣に空けられたスペースに座り、箱を見ながら首を傾げていると、一際偉そうなおっさんがゴホンと一つ咳をしてから、片方の箱の蓋に手をかけた。
名前は知らないが、この街の仕立ての顔役で、セリアーナやリーゼル達の服を手掛けている人だ。
彼が中から取り出した物は、ジャケット……と言うよりは、ハーフコートか?
黒い毛皮をしっかりなめした、やや細身のシルエットだ。
何となく毛皮を生かしたモコモコのを想像していたから、少々驚いた。
ボタンじゃなくてベルトで前を留めるタイプのデザインで、シュッとしていて中々カッコいいじゃないか。
「セラ、着て御覧なさいよ」
「うん」
セリアーナの言葉を受けて、着てみようかと手を伸ばしたが、先におっさん達側の後ろに控えていた女性の手に渡った。
「セラ様、どうぞこちらに」
彼女は席から少し離れたスペースに移ると、俺を呼んだ。
どうやら着せてくれるようだ。
「ほい」
お言葉に甘えて……と、そちらに行き、コートに袖を通した。
暖房が効いているから、温かいかどうかはわからないが、軽く、何より随分と柔らかい。
質感はしっかりとした革なのに、布のような柔らかさだ。
これは防寒着では無くて、防具だから防御能力はもちろん必要だ。
だが、俺が装備する以上は、【浮き玉】の重量制限も踏まえて、より軽くて動きやすい物が望ましい。
俺の戦い方は、【緋蜂の針】で突っ込んで【影の剣】を振り回すのが基本だし、これならマッチしている。
だが……。
「…………手抜き?」
丈はしょうがないにしても、肩幅も袖の長さも俺には合っていないよ?
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【本文】
夏場着ている甚平を除くと、俺の服はどれもオーダーメイドだ。
まぁ……その割には俺の趣味は考慮されておらず、ほとんどの服は、セリアーナの趣味と茶目っ気でデザインされている。
だからこそ、仕立て代はセリアーナのお財布から出ているのだが……この屋敷で何気に一番服に金がかかっているのは俺かもしれない。
どれも採寸をしっかりしている為、俺の体にぴったりで、成長期のこの身では精々ワンシーズンくらいしか着れないだろう。
モード服みたいな物だな。
それはさておき……、今袖を通したこのコート。
肩幅は10センチ以上大きいし、袖も指を伸ばしても爪の先すら覗かない。
これを作った職人が俺の寸法を知らなかったのかもしれないし、ピッタリに……といかなくても無理は無いが、俺用に作っているんだし、何となくでも情報は聞いているはずだ。
それなのにこれは……ちょっと大きすぎる。
縫製はしっかりしているから、手抜きってわけじゃ無いんだろうけれど……。
「いっ……いえ! 決してそんな訳ではありません」
俺の言葉に、後ろに立つ女性は焦ったような口調で答えた。
商業ギルドの面々も慌てている。
そんなことは無いと言いたげな顔で、リーゼル達の方を見ていた。
一方、セリアーナとリーゼルは笑い声をあげている。
随分とご機嫌のようだが……。
「セラ君、それは僕が注文を出したんだよ」
「ぬ?」
笑いが収まったのか、リーゼルが口を開いた。
そりゃ、制作の注文はリーゼルが出したんだろうけれど、サイズも含めたデザインも彼の意向が反映されているのかな?
「魔王種の素材は貴重だからね。まだまだ背が伸びるだろうし、今の君の身体に合わせてしまうと、すぐに使えなくなってしまうだろう? バランスは考えてもらったが、あの素材から作れる一番大きいサイズにしてもらったんだ」
「なるほどー……」
倒すのこそ、そんなに苦労はしなかったが、遭遇自体はとてもレアだ。
確かに、この素材をワンシーズンの使い捨てにするのはもったいなさ過ぎる。
リーゼルはちゃんとそこを考慮してくれたらしい。
「大きくなるのかしらね?」
説明を聞いて頷く俺を茶化すように、セリアーナが不吉な事を口にする。
「なるよっ!」
何てこと言うんだ、このねーちゃんは……。
ゆっくりだけれど、それでも一応育っているんだぞ?
4年で10センチちょっとくらいだけれど……。
「まぁ……でも、大きめな理由はわかったよ。手抜きじゃなかったんだね」
ごめんねと付け加えると、それを聞いた商業ギルドの面々はホッとした顔をしている。
素材が素材だし、これじゃない、気に入らない、とか言われても作り直す事も出来ないし、一応俺は領主夫人のお気に入りで、結構な我儘を言える立場と思われている。
今日も領主がいるこの場で熟睡していたしな……。
ロブは例外として、直接職人や商人と俺がメインで接することは無いから、警戒させてしまったか。
手抜きでは無いと誤解が解けたのに、後ろに立つおばさんは変わらず緊張した様子を隠せないでいる。
今もコートの説明をしているが、声が硬いままだ。
セリアーナの相手をする時の方がリラックスしているくらいじゃないか?
緊張している彼女の事は置いておくとして、このコートだ。
軽くて柔軟で頑丈。
それはあくまで服としての評価であって、それでは、防具としてはどうか?
物理防御という点では、そこそこ程度で、魔境のオオカミの魔物より少し硬い程度らしい。
十分頑丈だが、強度だけで言うなら金属の方が上だ。
だが、魔力に対しての親和性が高く、身に着けた際に魔力を通す事で強度も上がり、また魔法に対しての抵抗力も上がるんだとか。
【影の剣】ですっぱりと簡単に切り裂けたのは、その性質のせいかもしれない。
【影の剣】は強度とかお構いなしに、魔力さえ通っていたら、その魔力に潜り込んで斬る武器だからな。
より強い魔力で押し返されると無理だが、オオカミはそこまでじゃ無かった。
まぁ、その魔力との親和性という気を付ける点はあるが、それでも防具としては一級品と言えるだろう。
所詮は俺だし直撃を耐える事は無理かもしれないが、それでも掠る程度なら防げるかもしれない。
俺の防御の柔らかさを補えそうだな。
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【本文】
「思ったより悪く無いわね」
「……ふむ」
コートの前を留めて、部屋の端にある姿見で自分の姿を見るが……何とも言い難いね。
やはりサイズがぶかぶかだからだろうか?
背伸びして大人の服を着た子供にしか見えない。
だが、セリアーナの言うように、意外と様になっているのが不思議だ。
生地が柔らかい上に芯地とかが入っていないから、型が崩れてもそんなに違和感が出ないからかな?
コートと言うよりは、ガウンとかそんな感じがしてきたな……。
「セラ様、次はこちらを」
この一着ですっかり終わったつもりになって、姿見の前で腕を回したりクルクル回ったりと色々な姿勢でポーズを取っていたが、そう言えば箱はもう一つあった。
だが、他に何かあったっけ?
これの追加パーツとかかな?
「……なにそれ?」
もう一つの箱から取り出された物を見た、最初の感想はそれだ。
くすんだグレーで幅が30センチくらいの、帯のような物が折りたたまれているが……いや、本当に何だろう?
広げたら結構な長さになりそうだけれど……コートを着た時は着付けは1人だったが、今度は待機していた女性2人も加わり、3人で広げている。
「…………なにそれ?」
1枚の帯のようだと思ったが、広げられたそれを見て違う事がわかった。
端から40センチほどのところまでは1枚のままだが、そこから先は真ん中で切り分けられている。
「構わないから始めて頂戴」
「はい。セラ様、失礼します」
セリアーナの一声によって、残念ながら俺の疑問に答える事無く、着付けが始まった。
俺の後ろに回ると、着たままのコートの上から、切り分けられていない部分を俺の腰から背中に当てて、切り分けられた部分を肩越しに前に持ってきて、胸元で交差。
それを腰の辺りから後ろに持って行き、背中側で交差し再び前面に。
そして、今度は胸元からクルクルと巻き付けていく。
今着ているコートも軽かったが、これはもっと軽く柔らかい。
もう5‐6メートル分くらい巻いているのに、全く重さを感じない。
「これで、完了です」
「まだユルユルだけど……?」
胸元からお腹まで巻き付けられているが、どこも締めたりしておらず、ちょっとでも引っ張ればすぐに解けてしまいそうだ。
それに端がまだ1メートルくらい余っているが、これで終わりなんだろうか?
「恐れ入りますが、そのまま魔力を通して下さい」
「ぬ? ……おわっ!?」
言われた通りに魔力を通してみると、ユルユルだったこの帯だか何だかわからないものが一気に締まった。
かと言ってきついわけでも無いし、ちょうどいい塩梅だ。
これは防具でもあるけれど、魔道具でもあるわけか……。
◇
巨獣リアーナ。
後付けだが、俺達が倒したサイモドキの名称だ。
元々名前は付いていなかったが、それに足る存在という事でリアーナ領と同じ名前が付いた。
この領都や主要都市の結界に使われることになるし、箔付けだ。
それに、今代では無理でも、何代か後で何かしら都合の良い伝説が生まれるかもしれないと、ちょっとセコイ思惑もあったりする。
実際、混合種の強敵で、ジグハルトが一撃で決めたとは言え、リアーナの最大戦力で挑み、それでも所々きわどいシーンもあったし、誇張とは言えないだろう。
この防具は、その時に俺が切り落とした尻尾の皮を使っている。
出来れば鎧のようにしたかったそうだが、とにかく硬く、細かいパーツに加工する事が出来なかった。
俺に使う分を除き、尻尾の皮は領地の騎士団の装備に使われるが、当初は隊のエース格の防具にする予定だったそうだが、加工がかなわず、結局既存の鎧の裏地に張り付けるだけに終わったらしい。
そして、これまた俺の分は、リーゼルが注文を出したそうだが、鎧を着けないしで悩みに悩んだ結果、そのまま巻きつける案に行きついた。
1人での着脱が可能なように魔道具化し、後から追加で入ったオオカミの毛皮と合わせる事で、ロブを始め職人達も満足いく仕上がりになったと言っていた。
「どうだいセラ君? 気に入って貰えたかな?」
「うん……凄いねこれ」
姿見の前で、魔力を通して着脱を繰り返しながらリーゼルに答える。
振り返ると既に話が終わったようで、商業ギルドの面々たちは帰り支度を始めている。
ついつい楽しくなって、巻きつけ方のアレンジに夢中になっていた。
コートの丈の調整にも使えそうだな……!
「それは良かった。無理を言った甲斐があったよ」
そうか無理をさせたのか……。
だが、それくらいの性能があると思う。
形状記憶とでも言うんだろうか?
いやー……面白い。
これは前世の技術を超えているな!
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