第161話

391


【本文】

しばしセリアーナの部屋で施療を行っていたが、日が落ちてきた。


赤ん坊にとってはあまり時間は関係無いだろうが、夜になって眠ってしまう前にと、リーゼルの部屋に様子を見せに行く事になったのだが、セリアーナを先頭に、乳母はもちろん使用人に女性兵までも一緒にぞろぞろとついて来ていて、さながら大名行列の様だ。

俺はセリアーナのすぐ後ろにいるのだが、正直落ち着かない。

一方子供達は大人しく抱かれている。


まだ目がよく見えていないだけかもしれないが、この子達……将来大物になりそうだな。


乳母に抱かれている、セリアーナとリーゼルの子供。

長男はレオニスで長女はリオネス。

レオ君とリオちゃんだ。


髪はどちらも金髪で、瞳の色は青らしいが……俺が見た事あるのは寝ているか泣いている姿だけなので、瞳の色はまだ確認できていない。

まぁ、あの2人の子供だし、きっと美形になるだろう。

ルカ君も、アレクの様にデカくなるかはわからないが、こっちも多分シュッとした美形になりそうな気配があるし……。


ヤベェな……将来俺は上も下も美形で固められてしまう訳か。

俺も顔は悪く無いはずだが……浮いてしまう。


「何を唸っているの?」


「あら? 聞こえた?」


前を歩くセリアーナが、足を止めて振り向いた。

心の声が漏れていたかな?


「ええ。どうせくだらない事でしょうけれどね」


フッと笑うと、唸っていた内容について聞くことは無く、再び歩き始めた。

確かにくだらない事だし聞く必要は無いけれど、自分で聞いておきながら、何とも自由な……。


まぁ……機嫌が良い様で何よりだ。



リーゼルの部屋に着くと、中には俺達だけが入った。

使用人や兵士達は廊下で待機だ。


セリアーナとリーゼルは子を抱きながら、話をしている。

内容は、聖貨をいつ使うかだ。


生まれた際の聖貨は8歳時のそれと同様当たりで、本人ならそれ1枚でガチャを引けるようだが、両親にとっても縁起物である為、貴族の場合は両親が使用する場合が多いそうだ。

セリアーナ達も、その例に倣って使用する事になっている。

2人はそういうゲン担ぎのような事はしないと思ったのだが、まぁ、新領地、新領主の初の子供で、さらに双子と色々重なっているからな……。


敷地の一角に建てられた礼拝所で行うそうだが、2人だけで、他の者は立ち入れないらしい。

どんなポーズでやるのかちょっと興味あったんだけど……残念だ。


ぼんやりと、そんな事を考えながら子供を抱く2人を眺めていると、リーゼルが何かを思い出したような顔をしてこちらを見た。


「ああ……そうだ、セラ君。明日の昼過ぎに、来客の予定があるんだが、君も同席すると良い」


「ほ?」


「ああ、やっと出来たの?」


何が?


「時期も丁度忙しいタイミングだったし、さらに色々重なってしまっていたからね……。だが、その分丁寧に仕事をしたと言っていたよ」


「そう……なら良いわ」


仕事……あっ!?


「オオカミの毛皮の事?」


フィオーラ達に加工を任せた骨と違って、毛皮は俺が預かっていた。

使い道も無いのに……。


それをセリアーナにお任せで渡していたのだが、当時のセリアーナは妊娠中で人に会う事が出来ず、さらにリーゼルを経由して職人に渡ったとは聞いていた。

それから何ヶ月も経っていて、すっかり忘れていた……。

そうかー……ついに出来たのかー……何が出来たんだろう?


「ああ。預かっていたのに待たせてしまって悪かったね。セリア、明日は君と子供達も一緒にどうだい? 制作した職人だけじゃなくて、商業ギルドの会長達も、出産祝いを持って一緒にやって来るそうだよ」


「子供達は良いけれど、私はどうしようかしら……まだ人前に出られる姿じゃないのよね」


髪を弄りながら出席を渋るセリアーナ。


ここに来るまでも、部屋で軽めの施療は行っていたが、彼女の中ではまだ完璧じゃ無いようだ。

ちょっと筋肉が落ちてるかな? ってくらいで、見た目の変化は俺にはわからないが……まぁ、何かあるんだろう。

リーゼルもそれをわかっている様で、無理強いはしていないが、他の面々は出席して欲しそうだ。


「……ん?」


その面々はセリアーナの説得をさせたいのか、俺の方を見ているが、何故かセリアーナまで俺に視線を向けている。


……どうしろと?

アンタの奥さんだよ? とリーゼルを見ると、困った顔をしている。


392


【本文】

リーゼルは抱いていた子を乳母に渡し、身を乗り出した。

交渉モードかな?


「セリア、僕にはいつも通りの美しい君にしか見えないが、違うのかい?」


すげぇ事言うな……リーゼル。


「ええ。全然駄目ね」


「そうか……君がそういうのならそうなのだろうね。あまり時間は無いが、セラ君の施療じゃ間に合わないのかな?」


リーゼルが俺を一瞥し、セリアーナに向き直る。


「その娘、夜は眠るのよ」


セリアーナの言葉に再び俺に視線が集まる。


「……夜は寝るものだよ?」


「お前は朝も昼も寝ているでしょう……。ただ、この娘、眠りながらでも【ミラの祝福】を使えるのよね。本人はやりたがらないけれど……」


思わず口に出た言葉に即座にカウンターを決められてしまった……。


「ごもっとも……」


【ミラの祝福】は発動しなくても、俺にくっ付いてさえいれば一応効果を発揮するらしい。

だが、流石に効果は落ちてしまう。

そして、発動するだけなら眠りながらでも可能だが、如何せんこの加護は俺自身どんな仕組みなのかよくわからない為、その使い方をする気が無かった。


セリアーナもそれを理解しているからか、たまに思い出したように言ってくることはあっても、俺が断るとすぐ話を引っ込めていたが、今回は……我儘って程じゃ無いけれど理由を作って、リーゼルにおねだりして解禁させるつもりなんだろう。


「どうだい? セラ君」


強要する気は無いようだが……どうにも断りにくい空気だね。

セリアーナの狙いは、これか!



あの後結局、寝ながらの施療を呑んだが……どうしたもんだか。


「~♪」


セリアーナは、鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌で髪を解いたりと、就寝の準備をしている。

寝ながらの施療がよほど嬉しいようだ。


リーゼルじゃ無いけど、見た目とか俺には全然違いが分からん。

機嫌も具合も悪くなさそうだけれど、本人的には譲れない何かがあるんだろうか……?


「セラ、君が不測の事態を警戒しているのはわかるけれど、その加護はそもそも危険なものでは無いでしょう? 今までも何も問題無かったし、仮に何か起きても、隣に私もいるし大丈夫だよ」


「いつまでもむくれていないで、さっさと寝てしまいなさい」


2人はベッドの上に座る俺に向かい、そう言ってきた。


「むぅ……」


確かに夕飯もしっかり食べたし夜も遅く、瞼が重い。

やると決めた以上、今更だな。

何かあってもセリアーナとエレナなら気付くし何とか出来るだろう。


そう言えばセリアーナと一緒の布団で寝るのは随分久しぶりな気がする。

俺は普段は【隠れ家】で寝ているが、たまに一緒に寝ていたが、妊娠して以降は俺がビビって断っていたからな。


「よいしょっと……」


【ミラの祝福】を発動して、もぞもぞ布団に入るが、セリアーナの布団は俺が使っているのと同じく天狼製だが、グレードはこちらの方が上だ。

ベッドもそうだし、そろそろ【隠れ家】の家具の買い替えも検討するかな……。


部屋とベッドのサイズを頭に浮かべながら目を閉じた。



「……明かりがついているのによく眠れるわね」


ベッドに潜り込むなり、すぐに寝息を立て始めたセラの寝つきの良さに、改めて驚いてしまう。


「どんな状況でも眠れるのは、冒険者に必要な才能ですよ……」


同じくセラを見下ろしているエレナは、笑いを噛み殺して思ってもいない事を口にする。


「……それは無いわね。下手な貴族なんかよりよっぽど寝具にこだわりがあるもの」


セラは確かに昼夜関係無く眠るが、ベッドやソファー……それも質の良い物じゃなければ、座ろうとすらしない。


「孤児院にいた頃は床で寝ていたと言っていたから、その反動かもしれませんね。それよりも、セリア様。体調に問題はありませんか? ただでさえ双子で負担が大きかったのに……もう少し乳母達と共に居た方が良かったのではありませんか?」


「確かに万全とは言えないけれど、問題無いわ。それよりも、睡眠を妨げられる方が疲れるもの。……世の母親は大変ね」


ここ数日の事を思い出すと、ため息が漏れてしまう。

領地の事を考えたら、子供は出来れば後2人か3人欲しいが、自分が産むのはもう御免だ。

……第二、いっそ第三夫人辺りもそろそろ選別にかかるべきか?


口元に手をやり、そう考え込んでいたが……。


「セリア様? 何を考えこまれているかわかりませんが、私達も休みましょう」


その声に顔を上げると、エレナが顔を覗き込んでいる。


「そうね……。久しぶりにゆっくり眠れそうだわ」


いずれは必要になるだろうが、今はまだ急ぐ事では無いか……。

それよりも、身体も楽になった事だし、久しぶりに気分よく眠れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る