第73話

184


魔物が戻り始めているルトルの街周辺の森のほんの手前。


「ひぃぃぃ……」


その上空で相も変わらず寒さに震える俺。

1の山はもちろん北の方にも山があって、その影響もあってこの辺は特に風が強い。


絶対に戦わないと決め、下はタイツに毛糸の靴下、そしてブーツ。

上は手には手袋、厚手のジャケットにケープ。

止めにマフラーに腹巻も完備しているが、それでも寒い。


「なんもいねーなー……」


いや、厳密にはいる事はいる。

ただ、離れすぎていて小さい光点が微かに見える程度だ。

それだって、アカメの目が無ければ木々に遮られて見えないはず。


今日の依頼は、冒険者ギルドルトル支部・支部長直々からのものだ。

そう言うと大事に思えるが、雨から逃れていた魔物を追って、大物が街に近づいていないかの調査ってだけだ。


空振りに終わるかもしれないと事前に言われたが、もちろん気を抜く事は出来ないので、アレクも調査用の少数精鋭パーティーを組んだ。

それが、アレク、ジグハルト、そして俺の3人だ。


俺が上空からひたすら監視し、ジグハルトは、空を飛べる魔物が無防備な俺を襲わないかを地上から監視し、アレクは森の浅い所に入り、痕跡探し。


各々の役割を限定したシンプルなパーティーで、街を中心に北からスタートして、森の縁ギリギリを半円状に調査を行っている。

多分距離にして20キロ近く移動することになるが……。


「ぬぁっ⁉」


ぶっとい光線が10メートルほど離れた場所を通過していった。

そして何か消し炭の様な物が落ちて行く。

何かはわからないが、何かが俺を狙っていたんだろう。

どうしても下に集中しているから、横や、まして上になんて注意を割けないため、ちょこちょこ襲って来ている。

そして気づいた時にはさっきの様に消し炭になっている。


面白いもので、地上で戦闘を行っていると、何かヤバいものを感じるのか近づいて来ないのだが……。

今の様に何も起こっていない場所でただ浮いているだけだと、超高速でカッ飛んでくる。


流石魔境。

鳥型の魔物か普通の鳥かはわからんが、飛行速度も尋常じゃない。

ダンジョンと違って天井が無いから空中も安全とは言えない事がわかったのは収穫だな。


下を見るとジグハルトがこちらに向かって手を振っている。

問題無しと、俺も手を振り返し伝える。


しっかし……獣はちょこちょこ目にするが、魔物の姿は無い。

離れた所には居るのがわかるが、近寄って来ようともしないし、大物も全く目につかない。

まぁ、毎度毎度やってくるわけじゃ無いそうだし今年はやって来ないのかもしれないな。


「ん?」


森から出てきたアレクがジグハルトと合流しこちらに手招きしている。

何だろう?


「どしたの?」


「ちょうどキリのいいところまで来たし、一旦街に戻って食事にしよう。1の森はそれからだ」


「了解!」



「ただいまー」


毎度の事ではあるが、冒険者ギルドへの報告は2人に任せ、俺だけ一足先に帰還した。


もう随分日が傾いている。

合間合間に休憩を挟んだとはいえ、朝からずっとだったからくたびれた。

ダンジョンや森の探索だといつも1時間程度で帰還しているが、これだけ長時間出ずっぱりってのは滅多に無いからな……。


窓から入り部屋を見ると……。


「あれ?フィオさんは来てないの?」


部屋にはセリアーナとエレナの2人。

俺が外に出ているから念の為護衛として部屋に来ていたはずだけど、帰ったのかな?


「ええ。作りたい物があるとかで街の道具屋に買いに出ているわ。そのまま帰宅していいと伝えてあるから、体が冷えたのなら奥の方を使いなさい」


「はーい」


そのまま寝室に向かい【隠れ家】を発動し風呂場へ直行した。


セリアーナ用の風呂も広いし悪くは無いけれど、やはり使い慣れている【隠れ家】の方が落ち着くな。

洗濯も出来るし便利でもある。

あっちでは脱いだら屋敷の使用人が洗ってくれるが、まぁ、自分の分位はね?


洗濯を終え暖かいものを飲んでいると湯が貯まったようで、【隠れ家】内にメロディーが響いた。


一応「祈り」で防げるような気はするが、手足の指先等がしもやけにならないように、しっかり湯に浸かって温まろう。


185


森の調査を終えた翌日。

アレクと共に買い物に来ている。


ただ、今いる場所はルトルの街の西側北部にある商業地区の裏通り。

倉庫らしき大きな建物が並び、人通りはほとんどない。


その倉庫の並ぶ通りに時たま建っている小さい建物がある。


「そこだな」


「ほほぅ……」


着いた場所は先日話の中に出た革細工の店。


俺としてはすぐにでも行ってみたかったんだが、西側とはいえ裏通りにある事から、1人で行くのはストップがかかり、アレクの予定が空く今日まで待つ事となった。


さてこの店、看板……と呼んでいいのかわからないが、店の壁に大きく「ロブの店」と書かれている。

それ以外は何も無し。


つまり、ロブさんのお店って事だ。


国家間をまたいで手広い商いをしている大商会は、大きな街だと大抵支部を構え、そこと提携している店に商品を卸している。

いわばフランチャイズだ。

多少割高だったりするが、その分質は保証されているだけに、初めての街だととりあえず提携している店で買うのが外れを引かないコツらしい。

そういったところは、軒先のどこか見やすい場所に店名の他に商会の看板も下げている。


この店にはそれが無い。

確かに面白そうだ。


「入るぞ」


そう言いアレクがドアを開き中に入って行き、俺もその後を追った。



「おう。どうした」


店の中に入るとすぐにカウンターがあり、そこに白髪に髭のじーさんが座っていた。

この人がロブさんかな?

カウンターは作業台も兼ねているのか、その上に道具を広げ作業をしていたが、俺達に気づき顔を上げた。

そしてこちらを見るや今の言葉。


頑固爺や偏屈爺って言葉が似あうな……。


「どんな物を置いてあるのか見せて欲しいんだ。いいかい?」


「…………待ってろ」


アレクの言葉を聞きしばらくこちらを見ていたと思ったらすぐ後ろのドアを開け奥へ引っ込んで行った。

倉庫でもあるのかな?


領都で傘を作ってもらった店とちょっと雰囲気が似ている。

あそこは店の中に商品を飾ってあったが、こっちは中に何も置いていないけれど……。


「ここって何があるの?」


「武具以外の革製品だな」


「……ん?」


武具以外ってむしろ普通な気がするけれど……どういうことだ?


「こういった物だ」


自分の腰に付けてあるポーチを指しながらそう言った。


「革製品はもっと生活に余裕のある街だと、住民の日用品としても使われるが、こんな辺境だとあまりそう言った使われ方はしないからな。自分じゃ直せないだろう?」


「あー……」


説明を聞いて何となくわかった。

確かに革の方が頑丈だろうけれど、街中で普段使いするにはそこまでの強度はいらない。

ちょっと破損したくらいなら皆、自分で直すし、それなら布製の方が都合がいい。


ちょっとした贅沢で良い物を持とうと思っても、服だったり装飾品だったりで、革製品は中々選ばないだろう。


うん……変な店だ。


「待たせたな」


しばらく待っていると、奥に行っていたじーさんが大きな箱を両手で抱えて戻って来た。

そして床に置き、箱の中身をカウンターに並べ始めた。


「ワシが作っているのはこんな物だな」


置かれた品は、リュックにバッグ。

手袋にベルトに……チョーカーかな?

他にもあれこれあるが、どれもスマートというかスタイリッシュというか……。


この街の誰が買うんだ?


「なあ、じーさん。ここ客は来るのかい?」


同じことを考えたのかアレクが中々踏み込んだことを聞いた。


「あ?滅多にこんな」


きっぱり言い切ったが……大丈夫なのか?

でも物はいい気がするし……。


「あ……!これがいいな」


目についたのは小さな袋とベルト付きの小振りなバッグ。

財布と小物を入れるウエストポーチに良さそうだ。


「ふん……安物だな……まあいい。何か模様を入れるか?」


「模様?」


「ああ。自家の紋章だったり、商会の看板だったりな。まあ他家のは駄目だがな。サービスだ」


「なるほど……」


模様……何入れよう。


「お前のイメージだと、蜂、玉、目玉、蛇……か?」


アレクの列挙した中からだと……。


「蛇……うん。蛇がいいな」


しかし俺のイメージっていったい……。


186


「わかった蛇だな。代金は金貨2枚だ」


……いいお値段じゃないか。


とは言え前世でも職人お手製の革製品とか高かったしな。

ブランド品なんてさらに桁が1つ増えてもおかしくなかった。

質はいいし、そう思えば悪くは無いか。


「はい。そういえば、これは何の皮で出来てるんです?」


財布から金貨を出しつつ、ついでに素材を聞いてみた。

前世だと牛や馬が一般的だったが、こっちだとまた違うからな。


「シカの魔物だな。ダンジョン産の魔物は柔らかいがこいつは野生だからな。多少乱暴に扱っても簡単に穴が開いたりはしないぞ」


シカか……前世で使っていた手袋が確か鹿革だったな。


「へー……」


魔物の強さもだけれど素材としてもダンジョンと外じゃ違いが出るのか。


地上まで運ぶ手間はあるけれど、ダンジョンだとある程度まとまって量を確保できるから、武具に使われるのはダンジョン産が多いと聞いた。

でも、今聞いた通りなら外の魔物を素材に使った武具の方が性能は上なのかもしれない。


「さて……完成まで2日貰おうか。それで引き渡しはどうする?取りに来るかこちらから届けるか……。お前さん達はお嬢様の所の者だろう?」


「そうだな、届けてもらおう。セラの名前を出せば入れるようにしておくよ」


「そうか。なら取り掛かるとしよう。用が済んだのなら出て行ってくれ」


そう言うとこちらに用は無いとばかりに、返事を待たずに奥に引っ込んで行った。

道具でも取って来るのかな?


「……帰るか」


「うん」


少々呆気に取られてしまったが、うん……まぁ、職人ってこんなもんかな?

ある意味期待を裏切らない感じだ。


素材の事とかもう少し聞きたいこともあったが、後は自分で調べてみるかな。



「あの人がロブさんだよね?作ってる物はどれも良さそうだったけれど、客はいないって言ってたし、あの人何なん?」


帰り道、アレクに気になった事を聞いてみた。

繁盛している気配は無いけれど、金に困っているって感じもしなかった。

かと言って何か後ろ暗い事をしている風でも無いし。


「俺も詳しくは無いが、元は若い頃から冒険者ギルドで魔物の処理をしていたんだ。この街も今と違って職人の数も少なかったから、解体から皮を鞣したりと、何でもやっていたらしい。ある程度街が落ちついて来ると、ギルドで働きながら若手の指導に回っていたそうだ」


「ほうほう」


「その過程で革細工の技術も身に付けたとかで、武具の制作や修復を請け負ったりもしていたんだが、数年前にギルドを辞めあの店を開いたんだ。今でも定期的にギルドで指導を行っているがな。教官みたいなもんだ。その伝手で素材を安く回してもらったりもしているんだとさ」


……充分詳しいな。

どこでこんなネタを拾ってくるんだろう?


「あのじーさん、細工の方が得意らしいが武具職人としても腕は悪くないからな。今でも大量に依頼が入った時には駆り出される事もあるらしい。特に最近は冒険者も増えたしな」


「なるほど……」


クランやパーティーで武具のメンテナンスをするなら一気にやった方が効率がいい。

「ラギュオラの牙」がそうだった。

下請けみたいなものかな?


腕のいい職人はギルド関連の仕事は報酬がしっかりしているからな。

娯楽の少ないこの街じゃお金を使う事はそんなに無いだろうし、指導者と下請けの報酬があればあの店を維持できるかもしれない。


……道楽か。


「冒険者ギルドや商業ギルドでそういった浮いた職人の事は聞いていたから、機会があれば見ておきたかったんだ。何かあった時に仕事を依頼する事もあり得るしな」


大きい工房はこの街にもいくつかあるが、個人の方が小回りは効く。

今ならともかく、今後領主になった時に何か内密に済ませたいことがある時は、そう言った個人の方が都合がいい。

今回はそれの下見に丁度良かったんだろう。


何かダシに使われたような気がするが……。


「何か食っていくか?俺が一緒ならどこでも行けるぞ?」


「くっ……!」


蹴りをかまそうとしたタイミングでの申し出……。

仕方が無い。

ここは折れよう!


「あっちの酒場に行ってみたい!」


「⁉」


まぁでも、ちょっとは困らせてやろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る