第72話
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雨季が明け数日が経った。
今俺は街の様子を調査している。
水路が溢れていないか、家屋が大きく損壊していないか、どっか崩れていないか……要は何か異変が起きていないか、だ。
とりあえずわかりやすい場所からと、街壁の内側に沿って張り廻らされている水路の確認からやっている。
この街は代官屋敷のある南西部が一番高く、対角線上に位置する北東部の教会地区が一番低くなっていて、もちろん水路には街の外へ繋がる排水溝があるが、最終的に低地にある教会地区に集まるようになっている。
そして、ゴミも一緒に集まる事で詰まり溢れてしまう。
まぁ、真面目に街を作るとどうしてもそんな風になるんだろう。
アレクの報告や俺自身の経験でもそうだった。
そしてこの2週間の雨量はほぼ例年通り。
しかし、今外壁に沿って上から街を一周したが、確かに水路の水量は普段より多いが、どこも溢れたりはしていない。
よく見ると真新しい排水溝があるし、リーゼルが改修工事をやったんだろう。
既存の水路にも柵が追加されているし、もしかしたら水路にも手を付けているかもしれない。
やりおる。
なにはともあれ、外壁や水路に問題は無かった。
次は街の中だな。
まずは西側から見ていこう。
◇
「うーむ……」
下にいる親子連れと目が合い、手を振りつつも唸り声が漏れ出る。
街の上空を地区順に見ているが、平和な物だ。
小さい問題ならば、例えば道がぬかるんだことで馬車が渋滞している所もあれば、連日の雨で傷んだのか、外に置かれている棚が崩れたりもしている。
少々けが人は出てはいるがどれも軽傷で、死者はおろか重傷者も出ていない。
……これは、リーゼルが偉いのか今までの代官が駄目過ぎるのか、判断に迷うな。
まぁ、今まで領主勢力の立場で揉め事を起こさないようバランスを取っていたからってのはあるかもしれないが、この街に住んでいた身としては複雑だ。
「おや?」
そのままフラフラと南東方面の冒険者地区に向かっていくと、冒険者ギルドに入っていくジグハルトの後ろ姿が見えた。
確か朝からアレクと一緒に、拠点候補地までの道の様子を確認に行っていたはずだが……終わったのかな?
せっかくだし俺も合流するか。
そう決め降下を開始した。
……壁の外だと一気に急降下するんだけれど、街中だとあまり速度を出すわけにもいかないからな。
エレベーター程度の速度で降りているが、何とも無防備が過ぎて落ち着かない。
「こんにちはー」
何事も無く降下を済ませギルド内に入ると、中にいた冒険者達がギロリと睨んでくる。
別に敵意とか持っているのではなく、習慣なんだろう。
入ってきたらとりあえずガンつける。
何処のチンピラかと。
ジグハルトが王都で寝泊まりしていた宿に居たおっさん達と近い雰囲気を感じる。
「セラか。どうかしたのか?」
入ってすぐの所で、おっさん達と話していたジグハルトが俺に気付いた。
随分馴染んでいるな……有名人。
「いんや、お嬢様の命令で雨の被害を調べていたんだけれど、ジグさんがギルドに入っていくのが見えたから合流しようと思ってね」
そう言い【浮き玉】を抱え込みジグハルトの肩に乗った。
屋内だとこの方が話しやすいのだ。
「そうか。アレクは商業ギルドに顔を出してからこっちに来るから、少し待つ事になるぞ?」
「いいよー。俺もこっちで少し話とか聞いておきたいし」
今ある冒険者ギルドはこの街が出来た頃からある物だ。
普通に使う分ならそれで問題無いが、いずれはこの街もダンジョンを拓くことになる。
そうなって来ると地下が無い事はもちろん広さも不足する。
この街はまだまだ土地が余っている事もあり、目下増改築中だ。
ギルドや工事関係者はもちろん、冒険者や出入りする業者からもあれこれ話を聞いて、何かあれば直接リーゼルないしセリアーナに話を持って行くのが俺の仕事でもある。
とは言え、この冒険者ギルド内の人間に教会と関わっている者がいないとは言えない。
1人で長居することは避けていたので、ジグハルトが側にいる今がいい機会だ。
あれこれ聞き出そう!
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「セラのお嬢さんじゃないか」
適当にジグハルト達の会話に混ざりながら辺りを眺めていると、奥から俺に向かってくるおっさんの姿が目に入った。
「ザックさんだったっけ?お久しぶりー。元気してた?」
「何だ?ザック、お前の知り合いか?」
「ああ。王都にいた頃にウチの若いのがダンジョンで魔物と間違えて攻撃をしてしまってな……」
近くにいた別のおっさんが訊ねると、笑いながら笑えない事を説明している。
おっさんだらけだな……。
どうしても実績あるベテランが稼ぎに集まっているわけだし、そうなるか。
ザック。
セリアーナが王都のギルドからクラン毎引っこ抜いた、クラン「ラギュオラの牙」の団長だ。
こっちで開拓村の防衛とかをやっているって聞いてはいたけれど……。
「改めて……久しぶり、だな。皆元気にやっているよ。最近までルトル南部の開拓村を中心に周っていたんだが、冬前に装備を整えておきたくてな。武具の補修も兼ねて半数を率いて休暇がてら雨季明けに街に戻って来たんだ。アレクはいないのか?」
彼等は一応セリアーナの私兵に近い扱いだから、武具の補修や補給もある程度優先的に受けられる。
こういう風にローテーションを組んで休暇や待機が出来る。
「商業ギルドに報告してからこっちに来るらしいよ?」
「そうか……アレクの顔も見ておきたかったが、宿に仲間を待たせてあるからな……。あいつやお嬢様によろしくと伝えておいてくれ」
そう言うと、周りに挨拶をしながらギルドから出て行った。
心なしか足取りが弾んでいるが、やっぱ開拓村は娯楽が少ないのかな?
しかし……そうか……元気にやっているのか。
出会いの迂闊さから、てっきり何人か逝っていると思っていた。
誤射して土下座していたイメージしかなかったけれど、認識を改めないといけないな。
「アレクが来たな」
「ん?……お?」
ジグハルトの言うように、にわかに外が騒がしくなって来た。
おまけに微かにだがアレクの名前も聞こえてくる。
ここでも二つ名持ちは人気らしい。
「……何だ?」
「いや?」
どうもジグハルトは有名ではあるけれど、あまり大衆受けは良くないようだ。
まぁ、強いけれど強すぎて何やっているのかよくわからないからな……。
ゆっくりやってもらっても、一瞬で終わっているし……イメージできる強さのアレクの方が目標にしやすいんだろうな。
◇
ギルドに入ってきたアレクがジグハルトと奥へ行ってから数十分。
ホールに残った俺はおっさん達とそれなりに話を弾ませていた。
丸テーブルと椅子があちらこちらに置かれて、銘々勝手に持って来た酒を飲んだりしている。
地下にダンジョンが拓かれるとこういった事は出来なくなるそうだが、今は割と自由だ。
「何年か前にいなくなった子供で赤毛がいたな……」
「北の方の食堂で働いていたよな。孤児院のガキだろ?」
孤児院にまだいた頃に働いていた酒場で見た事のある顔がいくつかあり、それとなく話を聞くと俺の事は知っているようだったが、俺=孤児院の赤毛の子供とは結び付かなかったようだ。
多少身ぎれいにしていたけれど、栄養状態も良くなかったし、貧相な見た目だったからな……。
「いなくなったの?」
「ああ。そうだ……確か泥棒が出た頃だったから、2年前か?その頃いなくなったな。何日かはそいつに攫われたんじゃ無いかとか話していたが……」
「ほうほう」
そうか……脱走よりも攫われたって考えられていたのか。
「ガキの中では仕事が出来たからな。店主達も残念がっていたもんだ」
「貧相なガキだったが顔は良かったし、そのうち娼館にでも送られていただろうしな」
げらげら笑いながら話すおっさん達。
……だんだん話がアダルトになって来ているぞ?
「セラ」
その場に留まるか離れるかで迷っていると、アレクがやって来た。
ジグハルトやここの偉い人も一緒なのを見ると話は終わったんだろう。
離脱するにはいいタイミングだ。
「こっちは終わったぞ」
近寄り肩に乗る。
ギルド内の大多数を占めるおっさん達は気にしていないが、隅っこに固まっている新人達が睨んで来ているな。
敵意というよりは……嫉妬かな?
「そか。オレはおっさん達と話してたよ。人は増えたけど魔物は減らないねーって」
一応真面目な話もしている。
「ああ……、人里近くに来ているのは奥から逃げてきたのが多いからな。俺達が狩ってスペースが出来ればまた逃げ込んで来るんだろうよ」
「なるほどねー」
「じゃ、帰るか。ジグさんもいいですか?」
「ああ。俺も今日は上がりだ。支部長も仕事の話はまたにしてくれ」
偉い人は苦虫かみつぶしたような顔をしているが、何か振ろうとしていたのかな?
ドンマイドンマイ。
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さて例によって夜の報告会。
セリアーナ、エレナは、雨で滞っていた領都からの流通の一日も早い再開をと陳情を受けたとか。
再開は街中と違って舗装されているわけじゃ無いし、街道の点検を終えてからになる。
領都からも点検の人間を出しているので道程は半分程度で済むが、それでも合流まで1週間ほどかかり、どこかに異常があれば補修作業を行うので、時間は更にかかる。
かと言って、無視して無理やり再開しても事故が起こる可能性もある。
セリアーナに話を持って来たのは、領主の娘であるからだが、こればかりはどうしようも無いし、リーゼルに丸投げしたとか。
明日以降の予定を見ても多分数日は同じようなのが続くだろうと、若干憂鬱そうだ。
んで、拠点候補地までの道の点検に向かっていたアレクは、特に問題無しと。
魔物も雨から逃れるべく移動していたのかまだ戻って来ておらず、冒険者ギルドの方でもしばらくは魔物は少ないはずらしい。
ただ、もうしばらくするとその戻って来る魔物達を追って強力なのが近くまで来るかもしれないから、その調査に向かうとか。
多分帰り際に支部長が何か言おうとしていたのはそれの事じゃないのかな?
しかし、もう冬なのに森に行かないといけないとは……ご愁傷様だ。
そして俺だ。
「街は何も問題無かったね。水路の水は多かったけれど、どこも溢れたりしていないし、街中でも大きく壊れたりした場所は無かったよ。ちょっと地面の状態が悪くて馬車が詰まったりはしていたけど、それくらいかな?」
「外の水路はどうだったの?」
「街の方と同じく溢れたりはしていなかったね。濁っていたし壁の外には出なかったから最後の方まではわからないけど……」
壁の外にも水路が掘られていて、少し離れた小川に流れる様になっている。
環境を考えるとどうなのかわからないが、その小川は街では使われない様になっているし、大丈夫なのかな?
「結構。浄化施設は街の拡張工事と合わせて造られるから、それまでは外の水路を使うことになるわ。冬は凍結もあるしお前にも何度か監視を頼むことになると思うから」
「はーい」
浄化施設か……。
大きい街には大抵あって、当然王都や領都にもあったが、外から見たことはあるが中に入ったことは無い。
外の水路をもっと広げて、それを曲げて貯水池の様な物を造りそこに建造するそうだ。
フィルターみたいなのを張って、それを一気に超高温で焼き切るらしい。
ちょっとパワフルだけれど、方法は間違ってはいないかな?
「あ、そーだ。今日冒険者ギルドで少し前の事をそれとなく聞いてみたんだけど、俺が会ったことある人でも気づかれなかったよ。街から居なくなったのは知られていたけど、謎の泥棒さんが攫ったって事になってるみたい」
西側はある程度自由に動けているが、教会のある東側にはまだ冒険者ギルド以外には近づかない様に言われている。
別に行きたい所があるわけでは無いが、昔いた時もあまり出歩いたりはしなかったから、どんな物があるのか少し興味があるんだよな。
辺境の街のそのまた裏町。
なんか変なのが置いてそう。
「そう……でも孤児院の人間というわけじゃ無いんでしょう?来なさい」
「ぐっ⁉」
座っているセリアーナのすぐ側まで寄ると、グイっと俺の顎を掴み顔を自分の方へ向けた。
そしてそのままジッと顔を見てくる。
「まだ面影があるからダメね」
「むぅ……」
駄目だったか。
「何か見たいものでもあったのか?」
「なんか変なのがあるかな?って……」
アレクにそう答えると、顎に手をやり何か考えている。
……あるのか?
「変なのか……ある事はあるが……お前向きじゃ無いな。商業地区の裏通りに革細工の店なんかがあったな。変わった物を探しているならそこなんてどうだ?」
「行った事無いね。今度行ってみるよ」
革細工か。
ちょっと面白そうだ。
しかし、東側の変な店……俺向きじゃ無いって事は酒場か娼館とかかな?
孤児院の出身者が居そうだし、そっちに近づくのは止めておこうかな。
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